第4話 木っ端みじん
帰宅してお母様にさっそく側妃の仕事を問うてみた。
「私の仕事は綺麗に装って夫を癒すことよ。血統をつなぐ仕事は、あなたたちを産んだことでこなしたわ。あとは、夜会やお茶会で人脈作りかしらね」
嫣然と微笑むお母様に、背筋がぞわぞわとした。
わずらわしい公務は王妃の仕事。側妃は夫を癒すことが仕事と言い切るお母様。
なら、私は? 王女の私は公務らしいことを何もしていない。学生だからと免除されていたのもあるけれど、時々見かける病弱な第一王子でさえ王妃を手伝って公務をこなしている。私の年齢の時にはすでに公務に携わっていたという。
どうして私はなにもしていないの? まだ幼いとはいえ、いずれ王位を継ぐ弟は?
エミリア嬢との会話で様々なことに気づく。そんなことが何度もあった。
もう私の中で王妃の印象は最初のころと変わってきていた。嫌がらせの件は王妃の仕業ではないだろうと。よしんば王妃が関わっていたとして、それは王妃派閥の誰かが勝手にやったことなのだろうと。
そう結論付けようとした時、それは起こった。
弟の食事に毒が盛られたのだ。
幸いにも毒見役がすぐに気づいて弟の口に入ることはなかったけれど、毒などという明確な殺意に触れて弟はショックを受けていた。
私もショックで冷静ではいられなかった。
これまでも弟の周りでは、不運で片付けられていたけれど小さな事故が続いていた。
今回は不運では済ませられない。
頭に血が上ったままの私は、またしてもエミリア嬢のもとに向かった。
子爵令嬢に扮した私をエミリア嬢はいつものように快く迎え入れてくれた。
そしていつものようにあたりさわりのない軽い話題から入る。
それから、いつもはしない話題に移る。
今まではエミリア嬢の立場を慮って王妃の嫌がらせのことには触れてこなかった。
しかし今日は、王妃がやった証言と証拠が欲しい。糸口でもつかめれば、との思いで確信に触れていくように質問を進める。
おかしい。こんなの私が望んだ答えじゃない。
王妃は国王を愛していなかった? 王妃も第一王子も王位を望んでいない?
嫌がらせだと思っていた仕事のことや予算のことも、そうではなかった。
それにお父様の浮気。
エミリア嬢があくまで推察だと念を押して話してくれた内容は筋が通っていて、そんな馬鹿な話と一笑に付せない説得力があった。
思考の海でしばし泳ぎ考えをまとめる。お茶菓子を冷めたお茶で流し込んで脳に栄養を送る。急ぎ確かめなければならないことがある。
私はエミリア嬢の邸を辞去した。
◇◇◇
「ただいま、お母様。
ねえ、お母様の宝飾品のコレクションを見せていただきたいですわ」
「どうしたの急に。
いいわよ、いらっしゃい」
突然の私のおねだりにもお母様は機嫌よく応えてくれた。
お母様に宝飾品を保管している部屋へ案内される。
厳重な管理のもと綺麗に飾られている宝飾品たち。そのどれもお母様が身に着けているのは1度しか見たことがなかった。
「ここにあるの1度しか身に着けているのを見たことがないわ。せっかく素敵なんだからもっと活用すればいいのに」
「いやよ、同じものを何度も身に着けるのは恥ずかしいじゃない」
「なら、これらを売れば新しいドレスが作れるのじゃなくて」
「ふふ、これはね、将来あなたに譲るためにとっておいているのよ。
お気に入りの宝飾品を娘が受け継いで大事にしてくれる。ね? 素敵でしょ」
うっとりと微笑むお母様とは裏腹に、私は背筋に悪寒が走った。
私の趣味じゃない宝飾品をお母様の代わりに大事にするなんて、いやだわ。そのまま拒絶すればお母様の性格上ケンカになるので、やんわりとお母様のためを思ってを強調して断りをいれる。
「私よりお母様が有効活用してくれたほうが嬉しいわ。
ほら、これを売ったら新しい宝飾品が買えるでしょ?」
「ふふ、いやよ。どれも気に入って手に入れたものだもの。手放せないわ。
だからあなたが受け継いで大事にしてね」
お母様の中では、私がお母様の宝飾品を受け継いでお母様の宝石箱として生きていくことが確定している。
こみあげてくるもので堪らなくなって、断りをいれて先に部屋を出た。
お母様はまだ宝飾品を見ていくと、キラキラした瞳で宝飾品たちを眺めていた。
夕食の時間前には人を使って調べてもらったリンダ・デイヴィス男爵令嬢とお父様が、エミリア嬢の教えてくれたように王家所有の別荘で睦まじく暮らしていると報告があった。
7歳の弟ピーターがお父様が帰ってこないことで寂しそうにしているのを見て、もっと幼かった病弱な第一王子から父親を奪ったことの罪深さを改めて実感する。
私はわかったつもりでいて、何もわかっていなかったのだと。
夕食の後、お母様にリンダ・デイヴィス男爵令嬢のことを知っているかと問うと、お母様はすべてご存じだった。そのうえで現実逃避をしていらした。お父様の寵愛が愛妾に移っていたことを認めたくなかったのだろう。
私の信じていた家族はなんだったのだろう。
仲が良かった。笑顔に溢れていた。かわいがってもらっていた。
はずだった。今はもう何も信じられない。足元がグラグラしている。
翌日には、弟の食事に毒を入れたのはリンダ・デイヴィス男爵令嬢の手の者だと判明した。判明したのはいいが、私には対処するすべがなかった。お父様もお母様も信用できない。
恥を忍んで王妃を頼った。時間を作ってもらい初めて対面した王妃は、覗き見てきた時のようにほがらかで優しかった。
リンダ・デイヴィス男爵令嬢の件もすぐにあちこちに指示を出して対処してくださった。
「私ね、国民みんなのお母さんなのよ。縁あって親しくしているエミリア・ホッジ伯爵令嬢が言ってくれた言葉なの。エミリア嬢はね、本当のお母さんを早くに亡くしているけれど、王妃様は国母だから国民みんなのお母さんで、私のお母さんでもあります、って」
慈愛に満ちた微笑で両手を広げてくれた王妃様の胸に飛び込んで、王女らしくなく声をあげて泣いてしまった。
王妃様は私の背中はさすりながら「えらかったね」「がんばったね」と声をかけてくれるから、ますます泣いてしまった。
泣いて泣いてスッキリして、それから私は弟を連れて王妃様のもとに通うようになった。
私と弟の教育の遅れは王妃様も気になっていたけれど、権限が実親にしかないのでどうにもできなかったと謝罪されてしまった。王妃様のせいではないのに恐縮する。
私と弟に、血のつながりはないけれど本当に心配して慈しんでくれるお母さんがいることをうれしく思う。
王妃様は優しい言葉だけをかけてくれるわけではない。王族としての心構えも説いてくれる。いずれ意に染まなくても政略結婚の可能性があること。そうならないように努力はするけれど覚悟は持っていて、と。
王族に生まれたからにはごく当たり前のことなのに、私はお父様とお母様からこんな言葉すらかけてもらったことがなかった。
「どんな場所でもあなたらしく輝けるように、今は知識を得て見分を広め経験を積みましょうね」
王妃様のもとで勉強させてもらう毎日。
兄である第一王子もなにくれと弟の世話を焼いてくれます。
突如できた(と弟は思っている)兄に大喜びで懐いて、いろいろと学んでいるようです。
私と弟はようやく王族として歩き出しました。
私にたくさんの気づきをくれたエミリア嬢とはあれからも、ヘイゼル・シェード子爵令嬢として友情をはぐくんでいます。
いつか本当の自分で会いに行きたい気持ちと、このまま身分を気にせず付き合っていきたい気持ちが半々で、目下悩み中です。
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