第15話

僕が先生の車に守られて見る夜の町は、賑やかで健康的な昼とは打って変わって、怪しげな黒の服に身を包んだ男性や仕事終わりの疲れた顔の男を取り囲む女性たちなどで溢れかえっていた。

確かに、放課後に呼び出しをした大人としてはこの町に僕みたいな歳の子どもを送り出すわけにはいかないのかもしれない。

街の中心である駅から離れていけば、街灯だけが道を照らす閑静な住宅街へと入っていた。僕の家はこの辺りだな、と思っていると佐々木先生が口を開いた。


「アイツからまた話を聞いて、俺の勘が当たっていればお前の振る舞いが今後を左右する。」

「……よく分からないですが。」

「まぁ、俺の思い込みって可能性もあるから話聞いてからにする。……ここ、左だよな」

「あ、はい。左に入ってその後三番目の角を右です。すみませんわざわざ。」

「いや、こっちこそ悪い。俺は挨拶せずに帰るが親御さんになんか聞かれたら、たまたま会ったって言っとけ。」

「はい。……あの、差し支えなければ、喫茶店のマスターさんとどういうご関係なのかお聞きしてもいいですか」

「……ただの腐れ縁だよ、って言いたいけどちゃんと答えてやる。昔馴染みなんだよ、同じバンドのメンバーだったし、よくつるんでた。アイツは都会に就職してもう会わねぇと思ってたけど早々に脱サラしてあの喫茶店やりに帰ってきたらしい。……それより、お前があの喫茶店の常連な事に驚いた。」

「あそこのミックスジュース、好きなんです。マスターさんが気を利かせてくれて勉強してても見逃していただけるのも心地よくて、下校後から塾までの間よくお邪魔しているんです」

「あぁ、なるほどね。……これからも通うなら、イヤホンとか耳栓とかするといい。集中力上がるぞ」

「わかりました。試してみます」


現役教職の人が言うなら、心地よく感じていた話し声などのノイズも耳に入れない方が集中出来るのだろう、と素直に助言を受け入れる。


あっという間に自宅前に辿り着きご近所にも悪いので、ありがとうございました、と言いサッサと車から降りる。

家の駐車スペースを見ると、まだ両親はどちらも帰ってきていないことがわかる。

家の鍵を鍵穴に差し込み、開く方へ回すが既に鍵は開いていた。僕は間違いなく外出する際に鍵を閉めた。まさか空き巣に入られたのだろうか。先生はもう既に去ってしまったので、頼れるのは自分しかいない。ゆっくりと音を立てないように自宅の扉を開き、玄関の靴を確認する。すると、妹の靴を発見した。なんだ、鍵が開いていたのは妹が先に帰宅していたからだったのか。

僕は鍵を内側からしっかりとかけて、靴を脱ぎ食卓へ向かえば妹が窓に張り付いて外を見ていた。


「……なにしてるんだ」

「えっ、うわぁ!兄ちゃん!今日は早いね!びっくりしたー!」


胸の辺りに両手を添えて、こちらをバケモノを見るかのように見つめてくる。僕は呆れて冷蔵庫から晩御飯を取り出して、電子レンジで温めボタンを押して妹に尋ねる。


「窓に張り付いて何見てたんだ。近所から不審者として通報されたらどうすんだよ」

「不審者なんて……あっ、違う違う!兄ちゃん車で帰ってきたでしょ!?誰!?あれ誰!?」


面倒な人間に見られてしまっていたようだ。この妹は自身に関しても他人に関してもとにかく好奇心に溢れている。興味がないのに他校の人間が他校の人間と付き合ったらしい、という情報をどこからともなく仕入れてくる。

そんな人間の兄が塾に行ったと思っていれば、車で大人に送られて帰って来たんだから目が光るのは当然なのかもしれない。佐々木先生には悪いが、妹に見られた時点でもう興味の対象である。僕は努めて冷静に答える。


「お前の考えを裏切るようで悪いけど、学校の先生だよ。帰りにたまたま会って送ってくれたんだ。」

「なぁんだ、そんなんか。いいなー私立って割と緩いんだねそういうの」


ピーピーと電子レンジが仕事を終えた合図が部屋に鳴り響く。妹の分の食事も温め、テーブルに箸などを置きながら妹のボヤキに口を挟む。


「私立でも先生と生徒の倫理観はきちんとあるからな。その辺は公立と変わらないよ。大体お前は誰と誰が付き合ったとか、一緒に帰ってたとかそんな事を気にするよりも、勉強は大丈夫なのか?この前の期末テスト、数学が悪かったって母から聞いたぞ」

「あーもう、うるさいうるさい。大体兄ちゃんだって成績ばっかで恋してないんじゃない。恋は学生の特権だよ?」


小言合戦に恋愛を持ち込む馬鹿さに呆れながら、温かくなった食事をテーブルの上に置いてテレビの電源を点ける。

夕方のニュースが流れており、それを聞き流しながら小言を一時中断して、二人で手を合わせて食事に手をつける。

恋をしろ、と言い続ける妹の言葉を流してサラダを咀嚼していれば、ニュース映像にうちの学校が映った。

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