第14話

そういって佐々木先生の隣に座った喫茶店のマスターは、ポケットから取り出したスマートフォンを弄り始めた。


「おい…お前の力を借りるような話じゃない。場所を貸してくれるだけでいいんだよ」

「これみて。アンタが知りたい関係性が書いてある。」


机に置かれたマスターのスマートフォンの画面にに表示されていたのは、ネット掲示板のスレッド一覧だった。見出しは〇〇グループ代表取締役社長の秘密と書かれたものや、嘉根社長の流出トーク画面募集!と書かれたものなど、タイトルは様々だが、嘉根さんのお父様についてのネット掲示板であることが伺える。


「お前、消されたサイトなのにどうやって……」

「簡単だけど、アンタには教えない。見ながらでいいから聞いて欲しいんだけど、嘉根社長と仲のいい政治家の人間がよくウチに来る。その男はしょっちゅう、嘉根さんには頭が上がらないとボヤいてるの。商品提供時に、たまたま耳にすることがあった。」


マスターがそう言うと、佐々木先生の眉がぴくりと動いた。

嘉根さんのお父様に弱みを握られた教育委員会の人間。僕らの夏休みを冤罪を利用して補習に当てようと提案した権力を持った人間。もしも、このくだりが全て、佐々木先生の言うように嘉根さんが仕組んだことなのだとしたら。

辻褄が合ってしまう。

僕は目を見開いて佐々木先生の顔を見ると、佐々木先生も同じ事を思っていたようで、顔色悪くしたまま呆れたような顔をしていた。


「公立なら、教育委員会が抑止になってこんな事はないんだけど…」


マスターは同情的な表情をして、こちらの様子を伺っている。

やはり客商売の人間は感情の変化に鋭く気づくというのは本当なんだな。

僕も佐々木先生と同じ疑いを持ってしまった為、先生の意見を改めて聞くことにする。証拠がないなら論を聞くしかない。


「先生は嘉根さんが仕組んだ茶番劇だと仰ってましたが……。その、嘉根さんがこの騒動を企てたとして、その目的はなんなのでしょうか」

「正直、わからない。」


こめかみを抑えながら先生はそう言いすっかり冷めたコーヒーを呷る。飲み干したところで、また口を開く。


「分からんが、しょうもない事に違いないだろう」


その後無言が続き、店内にラストオーダーを知らせる曲が場違いにも鳴り響く。

これ以上話し合っても仕方がないので、明日それぞれ学校で情報を集めて、放課後理科準備室に集まる事になった。


「でもお前、嘉根と話し合いがあるんじゃないのか」

「大丈夫です。本人を目の前に言うのも悪いですが、嘉根さんは佐々木先生のことが苦手らしいので、佐々木先生と話すと知れば別の事をしてくれます」

「……そうかよ」


複雑そうな佐々木先生の表情を見ながら、気を利かせたマスターがテーブルで会計をしてくれる。ありがたくご馳走になって、荷物を整理しているところにマスターが話しかけてくる。

  

「俺にも手伝えることがあるかもしれない。その嘉根という生徒の顔がわかるものを見せてくれないか。もちろん秘密は守ろう。」


見せていいものか悩み佐々木先生の顔を見れば、コイツは嘘はつかない、と言うのでメッセージアプリのアイコンの自撮りを見せる。

すると、マスターは驚いたように声を漏らす。


「あら、なんだ君の彼女じゃないか」

「あぁ!違うんです!あれは誤解で、」


僕がマスターの誤解を解こうとゴモゴモと発言を続けていれば、ふと何かを思いついたように佐々木先生が、突き合わせた僕とマスターの間に顔を突っ込んでくる。


「おい、お前が男女二人で飯食ってるの見ただけでそう思うわけないよな。後で電話で教えてくれ。俺はもう遅いからコイツ送ってくる」


と指を刺すのは僕のことだった。気になる事だけぶっこんで、僕には教えてくれないのだろうか。

僕の不満に気がついたであろう先生は、ため息を吐いてそのまま退店してしまった。

手を振るマスターにお礼を言い、急いで後を追いかけると店のすぐ外で待っていてくれたようだ。


「助手席は荷物あるから、後ろに乗ってくれ」

「わざわざすみません。ありがとうございます」


それほど遠くないが、塾生と帰りが被ってしまって怪しまれても困るので、先生からの提案は本当にありがたいものだった。


車のエンジンがかけられて、僕はシートベルトをして慣れない匂いと状況に緊張しながら先生に命を預ける事にした。

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