第13話

「まず改めて、ここで俺が言う事は学校教師の佐々木からではなく、喫茶店でたまたま出会った佐々木だ。そしてお前は偶然居合わせた生徒、ではなく客の一人。俺がお前に言ったのではなく、たまたまお前が聞いてしまった。いいな?」


僕はコクリと頷き、契約を交わす。僕だって弱みを握って騒ぎたいわけではない。これ以上担任が代わっては本当に推薦を貰えなくなる。

佐々木先生はシート状の机に広げたホワイトボードに箇条書きでA組の冤罪三つを書き出す。井戸破壊、川中。人体模型にイタズラ、有馬。担任いじめて休職へ、男女複数グループ。

僕がまだ詳しい内容を知り得ないのは、前担任、今となっては前々担任の山本美憂先生が休職に至るまで精神的に追い詰められたという件だ。

佐々木先生はホワイトボードに書き込みながら、言葉を続ける。


「井戸と人体模型の件は嘉根の息がかかっていると見ている。俺はな。」


思わずムッとした僕を思ってか、俺はという言葉を付け足す。僕も証拠があれば、頭ごなしに否定することはない。そのことを先生に話してもらいたいのに、注文の品が来たことで仕切りなおされてしまったため、聞けずにいるのだ。この話が終わるまでは、僕は嘉根さんが関わっているとは思えない。

先生は僕の顔を確認した後、気にする様子もなく話を続ける。


「それで、問題の山本先生の件だが。もしこれが本当なら、この二件など霞むくらいに大ごとだ。俺が夏休みに補習をねじ込むならこの件だけで十分だ。ここも不自然。……まぁ、これに関してはお前らよりも俺の方がよく知っている。結論から言うと山本先生がお休みになられたのに、お前らは関係ないよ。」

「え、そうなんですか?」

「流石に男女グループで担任に意地悪をしていれば、お前も気がつくだろう。お前も気づかずにお休みになったのは生徒からの意地悪ではなかったという事だ。」

「それって、つまり」

「あぁ。信じがたいだろうが、大人の先生同士のいじめだ。」


生徒同士のいじめ問題ですら把握しきれていないのに、まさか先生同士でもそういったことがあるとは。

佐々木先生はホワイトボードに書かれた山本先生の名前をマジックペンで囲み、何も書かれていないスペースへと矢印を伸ばす。


「俺が把握できているのは、乙訓先生と前学年主任の長田先生が頻繁に怒号を飛ばしていた事かな。初めて担任を持つ若い先生だったのに、書類ミスが多いだけで毎回怒鳴っていたな。年功序列をやたらと気にする人たちだったから、二人に文句を言えるのは数名だった。」

「止める人は、いなかったんですか」

「お前もきっとそのうちわかるだろうがな、いくら可哀想でも、皆自分が可愛いんだよ。他人を庇って自分の評価に響くなんて、やるせないだろう」


僕が知っている大人というのは、皆そうだ。問題に気付いていても気付かないふりを続けていれば、それはいずれ問題ではなくなる。ズルい生き方だが、同時に合理的であるとも理解できる。僕も正義のために生きているわけではない。しかし、なんとも言えないモヤモヤとした感情が心を支配している事には気が付いていた。


「……話を戻そう。つまりだな、山本先生の休職の理由にA組生徒の素行の悪さは関係ないんだ。」


ここで僕に疑問が生じる。先生は乙訓先生から共有を受けて、補習の件を知っているならばここまで話し合ってきた問題が冤罪だと分かった今、補習を取り消す選択肢をなぜ提示しないのか。


「あの、つまりA組の問題はなかったという事ですよね?では、補習の件は無かった事になるのではないでしょうか」

「俺だって、乙訓先生が発案なら普段耐えてた分嫌味を込めてこの補習をチャラにしてやりたいさ。ここに来る前に確認してきたが、発案がなぜか外部の人間からなんだ。熱心に探偵ごっこしてきたお前には残念だが、これは権力者の鶴の一声でもない限り覆らないな。」


佐々木先生は内ポケットから電子タバコを取り出して、喫茶店内だが躊躇う事なく吸い始める。

僕はミックスジュースで喉を潤しながら頭の中で情報を整理して、嘉根さんから聞いた話と違う事に気がつく。嘉根さんは乙訓先生が補習を組んで上にお願いして通した案だと言っていた。


「あの、僕がこれから言う内容も他言無用でお願いしたいんですが」


佐々木先生は無言で頷いて、タバコを手に感情のない目で続きを求めてくる。


「僕が初めに嘉根さんから聞いた話と少し、違います。僕は嘉根さんから乙訓先生が上にお願いをして、夏休みを利用して補習をしたいと願ったと聞いています。そのため、その責任は乙訓先生にあるので原因となる素行不良が冤罪である事を証明すれば補習が無くなるはずだ、と。」


僕が捲し立てるようにそういうと、佐々木先生はタバコを肺いっぱいに吸い込み、細く息を吐いて満足げに笑って言った。


「だから言っただろ。これはお前の為に嘉根が仕組んだ茶番劇なんだよ。」

「それってどういう……」


訳がわからず詳しく教えてもらおうとすれば、奥からマスターが歩いてくる。先生も僕も追加のオーダーはしていない。もしかすると、今日は早めにお店を閉めるのかもしれない。

ツカツカと歩いてきて隣に立ったかと思えば、少し間を溜めて僕らに向かってこう言った。


「その話、混ぜてちょうだい」

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