第3話
「お待たせしました、ご注文のホットケーキとホットコーヒー、ミックスジュースです。」
マスターは、三、四人分はありそうな大きな大きなホットケーキをテーブルの真ん中に置いて横にとり皿を置き、ミックスジュースを嘉根さんの方に、ブラックコーヒーを僕の方に置いて満足そうに微笑み、伝票を立て
「ごゆっくり、どうぞ」と後ろ姿でもわかる位、上機嫌で去っていった。
「うわぁ~、大きなホットケーキ!食べきれるかしら、芽島君も食べるの手伝ってね。」
そう言いながら彼女は早速、ホットケーキをケーキナイフとフォークで分け始めた。きれいに四等分に切り分け、二つを斜めに美しく重ねてお皿に取り、フォークと共に僕の方に差し出した。
まるで元から切って提供されたかのように美しく盛り付けられている。彼女にお礼を言い、別添えの半分に分けられたバターをホットケーキに乗せ、熱でバターとケーキの境目がわからなくなっていくところに、テーブル席に置いてあるメープルシロップを、ホットケーキの表面が全面濡れるくらいかける。そして、一口サイズよりも一回りくらいに大きいサイズに切り分け、口いっぱいにバターとメープルの味を味わう。
彼女は、残りの半分を自分のお皿に乗せ、バターをほんの少しつけて、一口サイズの半分くらいに小さくケーキナイフで分けて、口へ運ぶ。静かに咀嚼しながら微笑み、飲み込んで、こちらを見る。話の続きをしてくれるのだろうか。
「勘違いだったら申し訳ないんだけど、芽島君ブラックコーヒー苦手だよね?」
あまりに予想外な発言に、思わず食べていたホットケーキが飛び出て咽せてしまいそうになるが、グッと口を固くし堪える。驚いた。別に隠すつもりは全くなかったけれど、マスターが淹れてくれた以上、飲む覚悟はしていた。ソーサーに添えられた砂糖とミルクを追加しても、僕には苦すぎて美味しく頂けない。
「飲めないよ。実を言うと、マスターが変な気を遣って用意してくれたみたいだけれど、僕がいつも飲むのは、君がマスターに勧められて注文した甘いミックスジュースだよ。用意してもらったからには、飲もうとは思っていたけどね。」
マスターには悪いが隠さず打ち明ける。飲めないものは仕方ない。
すると、彼女はミックスジュースを手に、こちらへ身を乗り出し
「よかったら交換しよう。私まだ口つけてないし、今はコーヒーの気分なの。」
ありがたい申し出だが、ブラックコーヒーを好んで飲む人が周りに居ないため、無理をしていないか心配になる。
「もちろんだよ。ありがたいけど、気を遣ってたりはしていないか」
そういうと、彼女は手に持っていたミックスジュースと僕のそばにあったコーヒーを取り替えた。
「気なんて遣ってないわ、芽島くんが良いなら交渉成立ね。」
僕からすれば、最高にラッキーである。
我慢して飲むつもりだったコーヒーは飲む必要がなく、飲みたかったミックスジュースが飲める。
彼女は、砂糖もミルクも入れずに、ブラックコーヒーに口をつける。もしかして、嘉根さん、甘い物が苦手だったのか。ホットケーキにもメイプルシロップなどを追加していない。
しかし、いつも放課後になると友人たちとアイス屋さんやケーキ屋さんに行く話をしていたから、甘いものが好きなんだと思っていた。彼女は半分ほど飲んだコーヒーを置き、先ほどの話の続きを始める。
「さて、冤罪は全部で三つあるわ。
一つは、芽島くんも知っている、井戸の蓋をサッカー部の
二つ目は、理科室の人体模型の腕を左右入れ替えるイタズラをしたのに謝らない、とサイエンス部の
最後は、前期の内の数ヶ月だけ担任をもってくれた山本先生を、陰湿なイジメで休職に男子グループと女子グループの共同で追いやったと疑われている件ね。」
井戸の件以外はクラス全体に対して注意がなかったため、知らなかった。今、休職中の先生に関しても、鬱でお休みだと聞いていたが、その理由にクラスメイトが関わっているなんて思いもよらなかった。
それにしても、生徒の問題行為で夏休みが補習に変えられるものなのだろうか。
「これ、クラス全体を巻き込んだ夏休み没収という罰は釣り合っていないよね」
僕が思わずそう呟くと彼女は微かに微笑んで
「そう。同じ考えでよかった。どう考えても処分が重すぎるよね。それに、これだけ学内で問題を起こしているとしたら、きっと通学電車内や近隣の方やお店からも苦情が来ていると思うの。でもそんな話は聞かないし、川中くんや有馬くんがそんな事するとは思えないのよね。」
そういうと彼女は黙って考え込んでしまった。考えていても仕方ない、やっていないならやっていないと言うだろう。
「聞いてみようよ。当事者たちに。」
そう言うと、彼女には予想外の言葉だったようで数秒固まった後、微笑んで
「芽島くんに声をかけて正解だった、私だったらそんな勇気ないからさ。本当に話が早くて助かる。それで、夏休みが始まるまでに解決しなきゃいけないから、行動は早ければ早いほどいいんだけど、芽島くんって忙しいよね。部活も入ってないし、いつも塾の課題やってるし。」
夏休みが始まるまでということは、今日が月曜日で夏休みは来週の火曜日からなので、およそ一週間か。
「塾があるのは月曜と水曜だけだよ。他の日はいつも自習室に行っていただけだから、夏休みが無くなるよりは、その時間を解決に向けて費やした方がいい。ただ、家の用事があるから、七時には家に帰りたいな。」
そう僕が言うと、彼女は軽く頷いて
「決まりね」と呟き、残りのホットケーキを切り分けながら優雅に食べた。
当事者に話を聞けるのは明日からだろうから、今日中に終わらせられる用事は終わらせておこう。今日の塾の授業が終わったら課題もその場で終わらせてしまおうか。
僕は今日の予定を再度立てながら、ミックスジュースでホットケーキを流し込んだ。
「本当に美味しかった!良いお店を知れて良かったわ。それから、今日はいろいろとごめんね。ややこしいことに協力してもらうことになっちゃったし。今日は予定があるだろうから、明日からどうやって解決するかを話し合おう。」
僕は頷いて同意する。ふと今は何時なのか気になり店内の時計を見ると、思ったより喋っていたようで、時計の針は五時四十五分を指していた。今日は六時から塾が始まってしまうので急がなければならない。丁度話もまとまったところなので、そろそろ出ようと提案する。
「そうね、そろそろ出ましょう。」
そう言いながら彼女は伝票を手に持ち、立ち上がってレジがあるカウンターへ向かう。僕も急いで追いかける様に向かう。マスターが会計金額を提示し、財布を出そうとすると彼女は
「私が払うよ。」
と言い慣れたように会計を始めようとする。それは困る。巻き込まれた側なので奢る気はないが、奢られる気もない。
「いや、僕もバイトはしているから割り勘にしよう。変に貸しを作りたくない。」
そう言って会計の半分を彼女に渡そうとするが、押し返される。彼女は予想外のことが起きたような顔をしている。僕は何も変なことをしていないのに。
「で、でも、それじゃあ、私が今日、無理にお願いしただけになってしまうわ。この件にかかるお金は、全て私が負担する予定にしていたんだけれど。」
彼女は断られると思っていなかったようで、少し狼狽しながら僕に言う。そう言われても、お金で解決されるのは少し違う。
「僕はそんなことをされなくとも、君に協力したよ。申し訳ないと思う必要はないけど、気になるなら他のことで頼むよ。」
そういうと、彼女は納得はしていなさそうだが、喫茶代の半分を受け取ってくれた。
無事に会計を済ませて喫茶店を後にする。定時上がりの会社員や部活終わりの学生が駅から大量に出てくるのが見える。
「じゃあ、明日からよろしくね。学校でも声かけると思うけど、よろしく。」
そういうと彼女は、振り返って手を振りながら、駅へと吸い込まれていった。僕は急がなければならないのに、何故か、彼女が人で見えなくなるまで見つめていた。
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