猶予う祭りの前に
要想健琉夫
蝉時雨たちは眠っていた。本来ならば誰彼もが一日の疲弊を受け流す時分、S寺には祭りを楽しむ人々が溢れ返っていた。人々のガヤガヤとした複数の声に祭囃子が共鳴していた。白昼を鳴く蝉時雨たちとは相反して黄昏には人々の昂る声だけが大地を包んでいた。祭りでしか生むことの出来ない心地の良い轟音が境内を包む、
家作健がS寺の夏祭りのボランティアに志願したのは単なる好奇心からだった。健は参加者としての視点を愉しみながらも運営者としての視点にも興味を抱いていた。祭りの見え方を別の見方で見てみたかったみたいだった。
健は学生としての本分に休止という項目を入れていた。健の学生としての本分はつい数日前に休止していた。――夏休みが始まって七月は下旬にへと入っていた。健は
そのような体たらくの健には夏祭りのことが思い起こされた。健は壁に掛けられたカレンダーを見合わせて、明日二十三日はS寺で行われる夏祭りの打ち合わせと云うことを思い起こした。健はその結末を見通してその日は床に就いた。
肌を刺し熱するような陽光が肌を照らす、未だに目覚めたような意識も無い健とは
バス停まで続く横断歩道の辺りには祭りの開催を知らせる旗があがっていた。健はこの地元の祭りを知らせる旗が揚がる度に、夏と郷愁と目新しさを並列して数えた。健は夏がやって来たことによる祝福と、懐古厨として懐古することが出来る幸福と、今までとは違った視点で祭りの全貌を仰ぎ見ることに期待していた。
人気の無いバス停を健は見て確認して横断歩道を渡った。バス停の看板に付いたカーブミラーには見慣れない健の姿が映っていた。健はこのバス停で制服以外の服を着た自分の姿に違和感を抱いた。そうしてそこから眼を逸らした。
バスと電車を乗り換えて改札を抜けるといつもの場所に出た。健は駅の階段を下りて人々が交差する横断歩道に紛れ込んだ。皆が平等に無差別に太陽に肌を焼かれていた、皆の顔色には焦燥が宿っていた。それは健も例外では無かった。
健は密かに夏休みだというのに何で学校に脚を向けないといけないのだろうとこう彼を導き出した世の無常に問いただしたくなっていた。
他の人々と動きを共にして横断歩道を渡ると健は懐からカードを取り出した。ビルの自動ドアを潜り、エレベーターのボタンを押した。一瞬の隙も与えずエレベーターは健の眼の前にへとやって来た。健はエレベーターの室内に入って四階へのボタンを押した。眼前に閉まるエレベーターを眺めてエレベーターは上にへと上がった。健は胸騒ぎを鎮める為に左側の鏡に自分を見比べた。何の異常も無い健全な自分と胸騒ぎを抱く胸の内の自分とのギャップを健は嘲笑した。
目的を果たした無機質なエレベーターのドアは健に静かに出て行けと諭した。健はそれに従ってエレベーターの室内から脚を踏み出した。右側を見てみるといつもと変わらない学校の様子が広がっていた。健はそんな雰囲気に圧迫されながら絞り出した声色で言葉を投げた。
「……こんにちは」
「こんにちはー!」
健とは相対した飾り気の無い返事が応答された。健は応答を耳に入れて受付を横切って何の気兼ねも無しに端の席に居着いた。健の隣の席には荷物が置かれていた。健は気にしなかった。
見知らぬ顔触れが並んで揃う辺りを見渡していると、荷物の持ち主が健の隣の席に駆け寄ってきた。持ち主はバツの悪そうな軽蔑の念を込めた顔色を作って荷物を冷淡に取り上げた。彼は健の上級生らしかった、健はそんな上級生の態度に辟易しながら疎外感に敵意を抱いた。健の隣には不自然な空きが出来て健は密かに誰彼に隣に座ってくれと叶わない願いを願っていた。しかし健の願いも虚しく健とスペースを空け、健の一つ空いた隣には上級生の少女が席に居着いた。(少女は一人ではなく、有ろうことか複数人だった)
付き纏ってくる疎外感に辟易しながら、そんな健の気も知らずに打ち合わせは幕を開けていった。健は隣のスペースに物寂しさを寄せて忽ち少女に一声を掛け隣に居着いた。
健が上級生の隣に居着くと司会者は皆に端末を開くことを言い渡した。司会者の指示を飲み込んで端末を開くと画面上にはS寺の夏祭りのチラシと伴に当日の流れが付け加えられていた。司会者が書かれた項目を読み上げていく。
――八月上旬の祭りの当日は十五時二十分には学校からの最寄り駅の中央改札口前に集合して点呼を取る。点呼を取り終えたらS寺まで徒歩での移動。S寺に着いてからは本部とされるテントに赴いて各自担当する店舗に分かれる。そうして全ての事象が終わりを迎えた時分に焼きそば店の前に集合して点呼を取り、解散する。以下のことが当日の流れであった。
祭りに関する情報が次々と開示されていきその度に彼らは端末に手を添えた。端末に映る情報が次々と流れていく、健は開示されていく情報に振り回されていた。情報が淀むことなく
祭りに対する補足の話は次第に終わりを迎えた。司会者は話の流れを補足から出店にへと移した。健は自分が担当する出店が発表されるのに耳を立てていた。そうして健が志願した通りの射的屋で健の名前が挙げられた。健は期待通りの展開に拍子抜けしながらも射的店に充てられたことに祝福を寄せた。席の移動が命じられ席を離れていった。
皆が一斉に席から立ち上がり、健は立ち上がる人々の間から自分が何処に居着けば良いのかを眼にした。真ん中のテーブルに射的屋の面々が集まることが課せられて健は人の間を通り抜けていって、隣失礼しますと小声で声を上げて上級生の隣に居着いた。隣の好青年風の上級生の周りには同じく上級生達が集まって来て、健は集まりの中で唯一の下級生となった。
下級生と云うレッテルと伴に発生する、形容しがたい疎外感と圧迫感に悶々としながら健は大人しく司会者の指示を仰いでいた。異物を見るような視線を浴びながら司会者の自己紹介をする旨の指令に耳を傾けていた健は吐き出せない心細さを
全員の自己紹介が終わるとそれと同時に打ち合わせの会も終わりを迎えようとしていた。顔合わせも兼ねた説明会は司会者の最後の挨拶で終わりを迎えた。
当日集合場所となる駅に舞い戻ると健の端末が震えた。健は端末の電源を付けてみると端末に映し出された画面には今日取り付けていた曖昧であった約束が舞い込んでいた。健は端末でやり取りを行うアプリを開いて、暫くその画面を凝視していた。今日健は曖昧な形であったにせよ友人達とバーベキューをする約束を交わしていた。しかし今の健にはその場所に出向く程の体力が残っていなかった。何よりも何処からか付き纏ってきていた健に対する自分に向けた不信感、遣る瀬無さの余念はより健を圧迫していた。健はそんな納得のいかない遣る瀬無さに絶望して友人にこうメッセージを送った。
「うーん、帰ろうかな」
「皆で楽しんでな」
電車からバスにへと乗り換えて健はバスの中を揺られていた。心地良い揺れとは相対して付き纏う余念は数を増やして健の胸の内に蠢いていた。馴染みのある車窓からの景色は終焉を漂わせていて健はそれに気付いたが早いか降車ボタンに手を伸ばした。降車ボタンを押すと乱れた揺れと伴に景色は健の終点にへと近付いていた。
終点を諭す目的地へのアナウンスと伴にドアが開け放たれた。健は淀んだ語調で運転手に感謝を口にして僅かな段差からバスを降り立った。脚を動かして往来を歩き出した。横断歩道への信号は赤かった。容赦の無い熱気を受けても健は無機質だった。しかし蝉時雨たちの鳴き声には
八月の上旬のS寺祭りの当日。健は度重なる複雑な事情に辟易していた。そんな気乗りしない気分を無理にでも奮い立たせて健はリュック・サックに替えの衣服と、タオルを詰めて玄関から外にへと繰り出した。
玄関から家を出て行ってみると変わらない熱するような陽光が健を照らした。健は重い足取りと自負した足取りとは相対した達者な足取りでバス停までの道のりを歩んで行った。住居の密集地帯を抜けては健はバス停への横断歩道を渡った。蝉時雨たちは相も変わらず鳴いていた。この夏を生き抜くためにただひたすらに声を張り上げて泣き喚いていた。その鳴き声が
バス停に着いて暫くするとバス停にバスがやって来た。健は乗車の際に段差を跨いで機械から伸びる整理券を千切り取った。
バスから電車に乗り換えるといつもの景色を過ぎ去って健はS寺の最寄り駅にへと着いていた。プラットフォームから脱出する為の階段を上ると改札が見える駅構内にへと出た。健は拗らせた事情と感情とを胸の内に仕舞い込んで重い足取りを達者にして改札にへと駆け寄った。改札を潜ってみると見覚えのある顔触れたちが点々と立ち並んでいた。健はその中で担当者の方に駆け寄った。
「こんにちはー」
「あ、家作くん?」
「はい、家作です」
「ああ、時間になっても見当たらなかったから――」
「そうですか」
「もしかしたら学校から電話が有るかも……」
「分かりました。」
担当者がクリップボードの用紙に印を入れて健の参加が認められた。見覚えのある顔触れの中で何れも健は孤独となった。周囲を見渡してみると輪を形成しているグループばかりが見受けられた。健は集団の中の異物としての心地を噛み締めていた。
担当者二人が来ていない人たちについて会話を繰り広げる中で健の手元には引換券が渡された。祭りの出店で引き換えが出来る、焼きそばとペットボトル飲料の引換券である。健は引換券を受け取って財布の間に引換券を挟んだ。
輪の中にはいつの間にか全ての人間が集まっていた。全員が担当者の指示を仰いで担当者の背を追って駅からS寺までを繰り出した。自主的に過ぎていく景色に趣と云う物は到底感じることが出来なかった。輪の中の人々は語調を淀ませること無く次々と乱雑な情報の中で声を上げて行った。いつだろうと健を癒す風景の趣は居心地の悪さに掻き消されていた。
最寄り駅から幾分か距離を隔てた時分にはS寺の門が見えていた。担当者が率いる集団は門を潜ることなく明かりに晒された駐車場を横断した。健は見覚えのあるS寺の境内を熱心に見渡していた。
境内には出店が出されていて健たちは出店を通り過ぎて本部にへとやって来ていた。本部には親しみ易そうな雰囲気を醸し出す人々が立ち並んでいた。輝く太陽は境内だろうと容赦なくその陽光を照らし出し、その中で日傘を差す、健の輪の中の人達は感嘆の声を上げていた。健は小煩い相次ぐ感嘆の声に溜息を吐いて本部の人々の話を熱心に聞き分けた。
出店に繰り出される際には紙で出来た団扇を手元に渡されて健はそれを仰ぎながら案内に従い出店にへと繰り出した。
射的屋の出店には既に景品が並べられていた。景品は大抵が子供に向けた玩具であり、景品は赤い布の掛かった台に並べられていた。景品の台の奥の台にはショットガンの見た目をしたコルクガンが四丁並べられていた。
健は興味深そうに出店を見つめてこれからボランティアが始まるのを予感していた。担当者がボランティアの事について射的屋担当の方々に伝えて、健たちはそれぞれ店員に挨拶をした。話が進んでいくにつれて何時の間にか彼らに踏み込む場所などは有りやしなかった。そんな状況に呆れたのか健以外の上級生たちは日陰に座り込みながら小煩い会話を始めていた。健は孤立させられている事に打ちのめされていた。
担当者からの諸々の話が終わり、射的屋組は受付と出店側に分かれた。健は出店側に嫌煙していた上級生たちと着いた。出店側の上級生たちの中には焼きそば店の上級生が仕事を熟すことなくこちら側の上級生たちと然も当然のように談笑に勤しんでいた。健は苛立ちを覚えながらそれをそうっと胸の内に仕舞い、出店側に移った。
出店の中に入ると店員からの説明を聞き入れて十六時過ぎに屋台が幕を開けた。上級生の内の一人は残念賞の品の受け付けに入り、もう一人の上級生は健と同様に出店側に出向いていた。焼きそば店の上級生は相も変わらず漂っていたが健は気にも留めないようにしながら作業に取り組んだ。
「先輩。よろしくお願いします!」
「おう」
上級生と形だけの愛想の挨拶を交わして健は他の店員と協同しながら出店側の対応にのめり込んでいった。客となる子供たちが出店に紙コップを持ちながら駆け寄って来て親と子供とを見比べながら接客に勤しんだ。店員がコルクガンの使い方を親子に説明して、親が子供を支えながら弾を込めて引き金を引く作業を親身に教えていた。
その一部始終に羨望の眼差しを向けていると、健の前を眼にも追えぬ速さでコルク弾が通過した。健は眼を幾分か見開いて景品に弾が当たる轟音を耳に入れていた。景品は倒れることは無かった。しかし健は心の底からこう呟いていた。
「……惜しい」
等身大で射的屋の出店に立ち尽くし、コルク弾が飛んでいくのを眺める。幼少の健は年を重ねる事でこのような出来事を積み重ねることは考えてもいなかったのであろう。嘗て羨望の眼差しを向けていた出店側に今自分自身が等身大として佇んでいる。健は接客にやる気を覚えて更に接客に真剣になった。
数分が経過していく
子供が景品を倒すと出来る限り親身になって出来るだけ愛想よく祝福の言葉を述べた。コルク弾を拾い上げる為に床に伏したりしていると出店からは見覚えのある人物たちが健に視線を向けている事に気が付いた。
「まじでやってるー!」
店番は休憩に入っていた。健たちが勤める時間が一度終わりを迎えたのである。屋根のある出店の下を出ると既に暑っ苦しい太陽は傾き掛かって、熱気を終息に移していた。微かに夕陽を射す境内には彼らの姿が垣間見えた。健は彼らに駆け寄った。
「おお、健!」
「健や!」
「どうしたん?」
「仕事終わったん?」
「今は休憩。一時間後には戻るわ」
心地の良い談笑を耳に染み込ませて健は屋台の疲労を忘れていた。繰り出される会話を聞き分けながら健は友人等に囲まれて祭りの真っ最中の境内を歩き回った。屋台を見回しながら健は友人たちにどんな屋台が有るのかを改めて問い掛けた。
本堂の前に脚を踏みしめて横切ると横切った先にはかき氷を手に持った馴染みのある人物がもう一人の馴染み深い人物と佇んでいた。健はそんな彼らに声を掛けた。彼らも何れも祭りを楽しんでいるみたいだった。健は彼らが祭りを楽しんでいる様子を見て飲み物屋にラムネを買いに行く事にした。
屋台には様々な種類の屋台があった。食関係の屋台を挙げていくとかき氷、フランクフルト、たこせん(たこせんべい)、フルーツポンチ、パフェ、焼きそば等これだけでも様々な物が挙げられた。軽快な音楽が鳴り響く境内、楽し気な声が響き渡る境内、健もこの祭りを誰よりも楽しむつもりであった。
冷水から引き上げられた冷えの残ったラムネの瓶を健は輝く夕陽に重ねた。手の中に有る物とは相反して夕陽は温かかった。肌を刺す暑さではなく夏を思い出させる暖かさだけが漂っていた。健はまだ続く夏に鼓舞して境内の中を早歩きで歩いて行った。未だに想い続ける夏の中を走り回った。
ラムネの瓶の中は空だった。健はゴミ箱に瓶を放り捨ててパフェを口に運ぶ友人に出店に
初めにフランクフルトを味わい、次にたこせんを平らげた。それは二度も平らげた物だった。全ての目標の食べ物を食べて友人たちの元に戻ってみると休憩の終わりが近付いていた。
休憩が終わって店番の時間が又もややって来た。残念賞の受け付けの継続に入った上級生に祭りを楽しんできたかの旨を問い掛けると快い返答が健に返ってきた。この屋台の人々も紛れもなく祭りを楽しんでいるようだった。
店番の再開と同時にコルク弾が景品に掠る、命中する音が次第に耳に届くようになっていた。コルク弾が発射された轟音と景品に命中した軽やかな音が組み合わさって出店は他の屋台にも劣らぬ盛況を見せていた。
散らばるコルク弾を回収しながら景品を祝福の言葉を口にしながら渡していく、その隙間時間に友人等とは異なった見覚えのある二人組が健の眼に入った。二人組は紛れも無く健の家族だった。父親に弟が出店の前に顔を覗かせていた。健は何か気恥ずかしく感じながら平然を装って仕事に熱心に勤しんでいる状況を作り出した。
二人の家族は健を見る都度に微笑を浮かべていた。健はふとした時に手を振り返したりした。射的屋を利用する客が二人の家族を覆い隠すように増えてきた。盛況故の行列を順当に並んだ二人は屋台の前に姿を現した。健は平静を装いながら至って気にしない様子を浮かべながら弟や父親がコルクガンの引き金を引くのを注意深く窺っていた。父親が放ったコルク弾の一つが景品に命中して景品が倒れ込んだ。健は直ぐに景品に駆け込んで景品を手に取って店員として二人の客に景品を祝福の言葉を寄せて手渡した。
「おめでとうございます!」
射的への対応を幾分か熟していき健は出店の内側を出た。その拍子に父親が弟を連れて健にこう語り掛けた。
「見れて良かったわ」
「無理はせんように頑張りや……」
そうして健は出店の内側に然も当たり前のように戻った。
仕事を熟して義務となる休憩がやって来た。健は祭りを回って既に満足していた。盆踊りが行われる櫓の周りには友人たちが集まっていた。健は友人たちの中に紛れ談笑を楽しみながら時折櫓に眼をやっていた。そんな話の中で健の友人の内の一人が参拝をすることを伝えた。健はそれを耳にしてもう一人の友人とその友人の元に向かって行った。
本堂の前では彼が佇んでいた。健等が彼に駆け寄ってみると彼は一人は心細かったと言うことを述べて健も彼と一緒に参拝をすることになった。二礼二拍手一礼を仏教の為行わずに彼と健は静かに手を合わせて合掌した。健は仏に心の平静を
「五円玉以外やったら縁起に悪いもんな?」
「まぁな。だけどさ、これは父さんが言ってた事やねんけどさ……」
「神様や仏様が五円玉じゃないことで一々怒る事なんて無くない?」
「ホントや……思ったよりも正論やった」
「よな」
本堂を後にして僅かな歩幅で櫓の方に戻っていた。櫓に架かる提灯には灯りが灯っていた。提灯の灯りは何よりも祭りを感じさせる物だった。
祭りは終わろうとしていた。盆踊りを行うと友人たちは次第に帰って行った。それと並行して健も出店に帰って行った。終わりを間近にした出店には夕方とは異なった客達が射的を行っていた。親子連れも居るが青春の真っ最中の少年少女も居た。
健はそのような親子連れ、青春を行う、同じ学生達を羨ましそうに眺めながらしゃがみ込みながらコルク弾を拾い上げたりした。景品に命中する轟音が屋台の中を包むが、健はそれに反応を遅らせていた。健は祭りの疲労が重なって本来のパフォーマンスを発揮出来ないようになっていた。少年少女が命中した景品を丁寧に指摘する事にさえ、健は苛立ちを覚えていた。
出店の周りには人が居なくなっていた。周りに居るのはどれも関係者の人々だけであった。射的屋の出店は終わりを迎えた。祭りの終焉が近付いていくのを感じ取り、出店は幕を閉じた。
遅れてやって来た親子連れや少年少女は感嘆の声を屋台の前に漂わせていた。中には屋台の前で泣き声を上げる幼子も居た。上級生達の交わす小煩い会話に苛立ちを覚えながら健は泣き喚く幼子を屋台の内側から眺めていた。こうして特定の物を楽しめなくなってしまうのも夏祭りの醍醐味――そう人知れず思っていた。
出店は締めの支度に移っていた。健たちボランティアを勤めた者達は景品の中から一つ景品を貰って、それぞれに飲み物を選ぶ権利が与えられた。上級生等はスポーツドリンクを選ぶ中健は直感を感じ取った氷の入った生茶のペットボトルに手を伸ばした。氷が入っているからか未だに冷えていたペットボトルは健の掌を無情にも冷やしていった。冷えていたが何処か人の暖かみを宿っていたラムネの瓶とは相反してペットボトルの冷やかさは無機質だった。
礼の言葉をそれぞれが述べて出店のメンバーは解散した。健は祭りが始まる前に与えられた焼きそばの引換券を屋台に手渡した。しかし引換の期間は既に終わっていた。健は遣る瀬無い絶望に打ちのめされながら予定よりも早い二十時前に会場を出て行った。
夕闇など
駅構内はただひたすらに輝いていた。健はこの駅のこれ程までの輝きを眼にしたことが無かった。しかしそんな打ちのめされた健には新たな発見と云う物は物珍しくは無くて健は帰りの1番線の階段を下った。列車は既に駅に到着していてドアを開いて健を出迎えていた。健は降車するドアとは反対の方向に腰を下ろして車内を見回した。
列車のドアは固く閉ざされて疲弊に溺れた人達を乗せて駅を出て行った。車内には当然だが屋外とは異なって輝かしい明かりが付いていた。健は輝かしい明かりに頓着せずに車窓に流れる明かりの無い夜景を眺めた。健は静かにリュック・サックから祭りの終わりに貰った冷えた生茶のペットボトルを取り出した。
そうして健はペットボトルの生茶を口に運んだ。口に運ぶ際ペットボトルの中に入った氷はペットボトルの中を這い回った。健の中には冷やかでいて無機質な生茶の苦味と冷たさが入って来た。生茶を口にすると健は全てが報われたことを予感していた。
猶予う祭りの前に 要想健琉夫 @YOUSOU_KERUO
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