補記 結城善助という人物

「ほい」

 結城ゆうき善助ぜんすけから投げ出すように渡された書類を、笹目ささめあきらは無言で受け取り内容を確認する。

 とある集落跡地に潜伏していた怪異の顛末について、結城に報告書を書くように伝えたのは昨日のこと。他にも抱えている業務があるはずだが、この男は大概早々に提出するので舌を巻くことも多い。

 ただ、誰に対しても先のような態度を崩さないため、彼を目のかたきにしている人間も多いのだが、そこはどうやっても直らないことを笹目は熟知している。

 一通り読み終わってから、笹目は結城に視線を移した。

「〈ろ−参拾陸〉が牢にいたことを、おまえはどう考える」

 そう尋ねると、結城は心底嫌そうな顔をして吐き捨てた。

「あれはだ」

 端的な言葉に一瞬理解ができなかったが、その意味を理解すると笹目も溜息を吐いた。

「……学習する類いだったのか」

 姿かたちも人間に似通っているとあるが、どうやら知能も人間寄りだったらしい。

 用意された寝床で待っていれば、集落の住民が贄を持ってくる。不満があれば圧倒的な暴力で訴えればいい。契約は暴力に対する恐怖で必ず履行される。なるほど、自力で餌を探すより合理的だと言える。

 しかし、第三者から見た時、必ずしも正しい判断だったとは言えない。

 確かに怪異は人知の及ばないモノであり、只人ただびとでは対処もできないことが多い。しかし、かの怪異は“牢”に入ったことで、居場所が固定された。住民が村の娘を嫁がせたことで、“贄は人間が持って来る”と学習した。

 ――そう、かの怪異は。水槽の中で餌を与えられ、そのうち人間が近寄れば反応を示すようになった、飼育下の魚のような。知らず知らずのうちに本能を削がれた、哀れな怪異。

「誰の発案だかは知らないが、さすがおまえのルーツに繋がる人々だ」

「そりゃドーモ」

 何の感慨もなく返答する結城に、笹目は別の質問をぶつける。

「……資料Bの処理は、これでよかったのか」

「ああ、これでいい」

 それだけ答えると、結城は部屋を去っていった。

 残された笹目は、再度報告書に目を通す。

 資料B――該当集落最後の村長である治郎じろうが残した日記。

 結城にとっては祖父の遺品でもあるが、彼は原本を怪異と対峙した際に焼却、そして複写物を自分すら閲覧できないようにした。

 最終的な決定は笹目が下したが、それは結城の希望でもあった。


 * * *


「永久封印?」

「ああ、結城治郎の日記の複写物は、閲覧不可の処理が望ましい」

 永久封印とは怪異に関する資料に行われる処理のひとつである。怪異の影響を完全に排除した上で、半永久的な保存を約束する代わりに、内容の閲覧を制限する。この処理が行われれば、並大抵のことで変更されることはない。

 つまり、遺族である結城であっても読み直すことはできない。

 なぜ、と問うと、結城は無感情の目を笹目に向けた。

「人がわざわざ置いていった物を、今更大切にする必要もない」

 それに、と結城は続ける。

なら、それでいい」

 その言葉の真意を知る笹目は、押し黙ることしかできなかった。



 それは結城が集落跡の調査から帰って来て数日後のこと。

「身内に話をいてきたんだが」

 結城が調査の進捗の報告を兼ねて、笹目に個人的な情報を伝えてきた。

「何も知らないそうだ」

 資料によれば、最後の贄は結城の大叔母に当たる女性だ。彼は自身の立場を利用し、公的な記録の確認や親族への聞き取りを行なっていたらしい。

 結果として、彼女は“事故死”として記録され、親族間でもそのように伝わっていたということが判明した。彼女の死は父の世代が生まれる前の出来事で、基本話題になることもなかったらしい。

 事実と異なる死因を残させ、家族内でも言葉を噤み続けた人物――集落の長であり兄であった治郎しかいない。

 なぜそれを自分に話すのか、と笹目は考え、ひとつの答えに辿り着いた。

「結城、おまえ……お祖父さんが嘘を残して隠し事をしていたことが、かなりショックだったのか」

「…………悪いか」

 苦々しい感情を隠そうともしない結城に、笹目は驚き、そして彼もやはり人間なのだと場違いな感想を抱いたのだった。


 * * *


 結城という人物は嘘を嫌い、筋が通らないことには怒りをあらわにする。

 彼にすれば、やむを得ない理由があったとは言え、祖父が大叔母の死因を偽っていたことは許しがたいことだったに違いない。

 しかし、この事実を公にすることはできない。書いた本人が望んでいないだろうことは、日記を二度と帰ることのない故郷に置き去ったことからも察することはできる。

 だからこそ、誰の目にも――それこそ何も知らない家族からも――触れられないようにするのが落とし所だったのだろう。自分の死後、誰にも知られることがなくとも、真相の記録が残っていることが重要だということだ。

 そこまで気にする必要はないとは思うが、難儀な男である。

 物思いに耽っていると、コンコン、と戸をノックする音がした。入室を促すと、結城の部下の羽佐間はざま千景ちかげが顔を出した。

 彼女は別件の報告書を提出したが、その際に神妙な顔をしていた。

「どうした」

「いや、あの……センパイのことなんですけど」

 彼女が言う“センパイ”は結城を指す。

「最近、センパイの後ろに男の人がいるんです」

 彼女の“目”は善悪を問わず様々なモノを映す。そんな彼女が見た男性は、誰なのだろうか。

「そうか。様子はどうだ」

「んー……害意はなさそうですね。どっちかと言えば優しそうで……センパイに似ている、かも?」

「なら問題ない。様子見だ」

 笹目には心当たりがある。それに、自分よりも怪異を察しやすい結城が、それに気づいていないはずはない。

「害意のない怪異は、隣人だ」

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こちら怪異局、調査記録はこちらです。 緋星 @akeboshi_sora

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