第2話 最後のパラレル
# のっぺら電車 - 異次元への旅
「おい、見てみろよ!」
ミキが駅のホームに停車している古びた電車を指差した。それは「のっぺら電車」と呼ばれる噂の電車だった。錆びた外装と妖しげな雰囲気を漂わせるその電車は、乗った人がのっぺらぼうになるという都市伝説を持っていた。
「マジでこれが噂の電車か」
僕、ユウタは好奇心で胸がいっぱいになった。中学2年生の僕たちにとって、こんな不思議な噂は冒険そのものだった。
「乗ってみる?」とミキが提案した。
「もちろん!」
僕たちは互いに目を見合わせて頷いた。怖さよりも興奮が勝っていた。
電車のドアが開くと、不思議な低音が響いた。それは人間の声とも機械音とも違う、異次元からの呼びかけのようだった。車内に足を踏み入れると、薄暗い照明が無限に続くように見える車両を照らしていた。
「なんか、普通の電車と違うよね」
ミキの声が少し震えていた。確かに、この電車には何か特別なものがあった。座席は古風だが不思議と清潔で、窓から見える景色も少しずつ歪んでいるように見えた。
「出発進行!」
誰かの声が聞こえた気がしたが、車掌は見当たらなかった。電車はゆっくりと動き始めた。
「ねえ、本当にのっぺらぼうになるのかな?」
僕は半分冗談で言ったが、その瞬間、電車が急加速した。窓の外の景色が一気に変わり、見たこともない色彩が流れるように過ぎていった。
「うわっ!これ、普通じゃない!」
ミキが叫んだ。そして僕たちは気づいた。他の乗客たちの顔が徐々に変化していくのを。目、鼻、口が溶けるように消えていき、つるつるとした平らな面になっていった。
「マジでのっぺらぼうになってる!」
恐怖と興奮が入り混じる中、僕は自分の顔に手を当てた。そこには鼻の隆起も、唇の感触もなかった。鏡のように滑らかな表面だけがあった。
「ユウタ、お前もなってる!」
ミキの声は変わらなかったが、彼女の顔もすでにのっぺらぼうだった。不思議なことに、恐怖は次第に薄れていった。代わりに、何とも言えない解放感が広がっていった。
「なんか、自由な感じがする」
僕は言った。顔がなくなることで、自分を縛っていた何かから解放されたような気分だった。周りを見ると、他の乗客たちも同じように感じているようだった。みんな声を上げて笑い、踊り始めた。
電車は時空を超えるように走り続けた。窓の外には、僕たちの知らない世界が広がっていた。未来の都市、過去の風景、そして存在するはずのない幻想的な景色。
「これって、異次元を旅してるんじゃない?」
ミキの言葉に僕は頷いた。のっぺらぼうになることで、僕たちは時空を超える能力を得たのかもしれない。
車内は次第にパーティーのような雰囲気になった。のっぺらぼうたちは踊り、歌い、互いに交流した。顔の表情がなくても、なぜか相手の感情が伝わってきた。むしろ、顔という仮面がなくなったことで、本当の気持ちがダイレクトに伝わるようになったのだ。
「ユウタ、これって最高じゃない?」
ミキの声には純粋な喜びがあふれていた。僕も同感だった。日常の悩みや不安、周りの目を気にする必要がなくなり、ただ存在を楽しむことができた。
電車は様々な次元を巡った後、ゆっくりと減速し始めた。窓の外の景色が元の駅のホームに戻っていくのが見えた。
「もう終わりか...」
僕は少し寂しく思った。しかし、電車が完全に停止する前に、不思議なことが起きた。僕たちの顔が徐々に戻り始めたのだ。目、鼻、口が浮かび上がり、元の姿に戻っていった。
電車のドアが開くと、夕暮れの駅のホームが見えた。時計を見ると、乗車してからわずか5分しか経っていなかった。
「信じられないよね」
ミキと僕は顔を見合わせて笑った。二人とも元の姿に戻っていたが、何か根本的なものが変わった気がした。
「また乗ろうよ、のっぺら電車」
僕は言った。ミキも頷いた。
それからというもの、僕たちは時々駅に行き、のっぺら電車が来るのを待つようになった。電車は不定期に現れ、僕たちを異次元の旅へと連れていってくれる。
のっぺらぼうになることで見えてきた世界がある。顔という仮面を外し、本当の自分を解放することの素晴らしさを、僕たちはその不思議な電車で学んだのだ。
そして今日も、僕たちは駅のホームで待っている。あの独特の音と共に現れる、のっぺら電車を。
「来たよ!」
ミキの声に振り向くと、古びた電車がゆっくりとホームに滑り込んでくるのが見えた。新たな冒険の始まりだ。
「さあ、行こう!」
僕たちは笑顔で電車に乗り込んだ。のっぺらぼうになる恐怖はもうない。あるのは、未知の世界への期待と興奮だけだ。
のっぺら電車 赤澤月光 @TOPPAKOU750
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