# 第1章:同期開始

翌日の午後。


大学の図書館は静かだった。期末課題の締切が迫っているのに、拓海は全然集中できない。


「経済学のレポート、あと3000文字...」


パソコンの画面を見つめても、文字が頭に入ってこない。5分おきに、無意識にスマホを手に取ってしまう。


また、例のアプリが勝手に起動していた。


今度は違う文字が表示されていた。


**『拓海さん、おはようございます』**


「え?」


名前を知られている。拓海は周りを見回したが、誰も見ていない。図書館の個人ブースに一人きりだ。


**『昨日からあなたを観察させていただきました』**


文字がゆっくりと、一文字ずつ表示されていく。なぜか、その速度が心地よい。


**『データをお見せします』**


画面が変わった。


```

【拓海さんのスマホ利用データ】

昨日の総利用時間:6時間23分

画面点灯回数:247回

平均注視時間:8.3秒

最長連続利用時間:43分(YouTube)

最短利用時間:2秒(時計確認)

```


「正確すぎる...」


拓海は震えた。でも、データは間違いなく正しい。昨日、確かにYouTubeで動画を見続けていた。43分間。


**『興味深いのは、あなたの「集中力」です』**


**『平均8.3秒。これが、あなたの一つのことに向けられる注意の持続時間です』**


**『でも、今は違います』**


**『この画面を見始めてから、すでに5分が経過しています』**


え?拓海は時計を確認した。本当だ。5分間、他のことを考えずにこの画面を見ている。


**『さらに興味深いことがあります』**


**『あなたは今、「読書」をしています』**


「読書?」


拓海は首を振った。これは読書じゃない。スマホでアプリを見ているだけだ。


**『文字を読み、内容を理解し、続きを知りたいと思う。これが読書でなくて、何でしょうか?』**


言われてみれば、そうかもしれない。


**『あなたが最後に小説を読んだのは、いつですか?』**


拓海は考えた。中学生の時の読書感想文以来だと思う。5年前?


**『では、実験をしてみましょう』**


**『今から、ある物語をお見せします。途中でやめても構いません』**


**『ただし、一つだけお願いがあります』**


**『物語を読んでいる間は、他のアプリを開かないでください』**


**『できますか?』**


拓海は迷った。レポートがある。YouTubeも見たい。Instagramもチェックしたい。


でも、好奇心が勝った。


画面をタップした。


**『ありがとうございます。それでは、始めましょう』**


---


## 【物語開始】


*ある大学生が、図書館で奇妙な体験をした。*


*彼の名前は健太。経済学部の3年生で、いつもスマホが手放せない。*


*その日も課題が進まず、なんとなくスマホを見ていると、見覚えのないアプリが起動した。*


*画面には彼の名前が表示され、スマホの利用データが詳細に表示されていた。*


*1日6時間、247回、平均8.3秒...*


*「俺のことじゃん」健太は思った。*


*そして、そのアプリは健太に提案した。*


*「物語を読んでみませんか?」*


拓海は画面に見入った。


健太の話は、完全に自分の話だった。同じ状況、同じ数字、同じ困惑。


でも、なぜか続きが気になる。


健太がどうなるのか知りたい。


いや、もしかして...


健太じゃない。


**自分**がどうなるのか知りたいのかもしれない。


気がつくと、15分が経っていた。


レポートのことも、YouTubeのことも、Instagramのことも、完全に忘れていた。


久しぶりに味わう感覚。


これが、「集中」なのか。


**『気づきましたね』**


物語が中断され、白い文字が現れた。


**『あなたは今、15分間集中していました』**


**『スマホで、です』**


**『スマホは、集中を奪う装置ではありません』**


**『使い方次第で、最高の集中装置になるのです』**


拓海は息を呑んだ。


確かに、今まで経験したことのない集中状態だった。


**『続きを読みますか?』**


拓海は迷わずタップした。

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