第4話「警察だ! 全員、動くな!」
『灰色の金曜日』
第四話
タクシーを降り、ワインバルの重厚な扉を開ける。
私が先んじて手配しておいた店内は、客のいない静寂に包まれていた。間接照明が、これから始まる惨劇の舞台を、不気味に照らし出している。
「へえ、いい店じゃねえか。貸し切りとは、気前がいいな、咲ちゃん」
田中たちは、すっかり私を自分たちの支配下に置いた気でいる。まさか、この店そのものが、自分たちを捕らえるための檻だとは夢にも思っていない。
「先に、お連れ様がお待ちですよ」
店の奥から、私が雇ったバーテンダーが静かに告げた。
男たちが訝しげな顔で奥へ進むと、一番大きなテーブル席に、ぽつんと座る人影があった。
あやめだった。
「な、なんでお前がここに……!」
驚く田中たち。あやめもまた、男たちの姿を見て顔を青ざめさせている。
「あやめ」
私が静かに声をかけると、彼女はびくりと肩を震わせた。
「どうして……? 咲、助けてくれたんじゃ……」
そう。私は男たちをこの店に誘う前、あやめに一本だけメッセージを送っていた。
『助けて。男たちに無理やり連れてこられた。駅前のワインバルにいるの』と。
彼女は、私がまだ自分の「友達」であり、助けを求めていると信じて、この場所にやって来たのだ。
「助ける? 何を?」
私は、ゆっくりと彼女に歩み寄る。
「あなたは、私を売った。私は、あなたをここに呼んだ。ただ、それだけのことよ」
全てを悟ったあやめの顔が、絶望に歪む。
田中も、ようやく自分が嵌められたことに気づいたようだった。剥き出しの怒りが、彼の顔を醜く引きつらせる。
「ふざけんな、テメエ!」
最初に動いたのは田中だった。彼は椅子を蹴り倒して立ち上がると、私に掴みかかろうとした。だが、その腕は私の前に立つことなく、隣にいたあやめの肩を強く掴んだ。
「お前のせいだ! お前が余計なことするから!」
「きゃっ! や、やめて……!」
田中は完全に理性を失っていた。裏切られた怒りと、計画が台無しになった苛立ち。その矛先は、一番弱い立場にいるあやめへと向かった。
そして、物語は、冒頭のシーンへと繋がる。
床に引き倒され、恐怖に泣き叫ぶあやめ。その必死の形相が、私に向けられた。
「助けて、咲! お願い、助けて!……友達でしょ、私たち!」
その言葉。
あの地獄の始まりを告げた、呪いの言葉。
それを聞いた瞬間、私の心から、最後の情けが消え失せた。
私は、バーテンダーが差し出したワイングラスを手に取る。
深紅の液体が、ライトを反射してキラキラと輝いている。
そして、絶望に染まるあやめを見下ろし、唇の端に微かな笑みを浮かべた。
「さあ?」
肯定も、否定もしない、空虚な響き。
それは、彼女との関係性の完全な消滅を意味していた。私たちの間に「友達」という概念が、もはや存在しないという、何よりも残酷な宣告だった。
あやめの瞳から、希望の光が完全に消える。
その瞬間だった。
ガシャン!と店の扉が荒々しく開け放たれる。
「警察だ! 全員、動くな!」
なだれ込んできたのは、数名の制服警官だった。
私の計画の、最後のピースが、完璧なタイミングではまったのだ。
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