第2話 「赤ん坊、それぞれの初陣」

夜明け前の王都。


まだ月が沈みきらない薄闇の中、俺――王家の長男として転生した赤ん坊は、乳母に抱かれたまま広間の灯りに照らされていた。


「坊ちゃま、夜更かしはお体に障ります」


(いやいや、夜更かしって……俺はまだ寝てただけだし!ってか情報収集のチャンスなんだよ!)


大広間には武官や魔導師が集い、父王に報告をしていた。


「近隣の森で、奇怪な幼子が魔物を一撃で屠ったとの報告が……。」


「またか……これで三件目だぞ。」


(やっぱり他にもいる……ライバルだ。しかももう魔物と戦ってんのかよ!?)


父王が重い声で言う。


「……隣国も動いている。諜報を強化せよ。」


◇◇◇


その隣国、辺境伯家の館。


格闘家として名を馳せたまま転生した赤ん坊レオンは、むっちむちの腕を振り回していた。


「んだよコレ!俺は赤ん坊だぞ!?剣なんて握れるかよ!」


「さすがは勇者候補、握力が異常ですぞ!」


「ちょ、離せって、稽古になんねぇだろ!乳母車で城下に出ろ?バカか!」


しかし次の瞬間、館の窓の外を黒い影が駆け抜けた。レオンの本能がざわつく。


(あれは……モンスターか?いや、人か?くそ、足が動かねぇ……!)


◇◇◇


さらに遠い東の島国では、姫に転生した青年が、侍女たちに囲まれていた。


「姫様、初めての外出ですよ」


「は、はい……(声が高い……俺、女なんだよな……)。」


城門を出ると、見たこともない花々と、魔法陣を背負った行商人たちが行き交う。


遠くの空には、火を噴く小型の竜が悠然と飛んでいた。


(この世界の秩序は……やっぱり魔法だらけか。でも俺も戦うんだろうな。女の体でも……。)


と、思った矢先、道の向こうで奇妙な光景を見た。


「おぎゃあああああ!」 赤ん坊が剣を振り回して、荷車を一刀両断にしたのだ。


「ひぃいいい!」と逃げ惑う村人。


(え、えええ!? 俺より先にやべー奴いるじゃん!)


◇◇◇


その村こそ、辺境の農村だった。昨日まで平和だったその村に、転生者がひとり落ちていた。


「こらぁあああ!!剣を振り回すんじゃない!」 村の老婆が、泣きながら剣を振り回す赤子を追いかけている。


「だって、だって、魔王倒さないと女神に怒られるんだもん!」


「知らんわそんなもん!」


村人総出で赤子を捕まえようとするが、赤子の身体能力は常軌を逸していた。飛び跳ね、宙返りし、木の枝にぶら下がる。


「おぎゃああああ!!」


 「笑ってる!?あの子、笑ってるよ!」


その様子を、村外れから一人の旅商人が眺めていた。


「……こいつも勇者候補か。こりゃあ世界が騒がしくなるな。」


◇◇◇


王都に戻ろう。


父王は軍議を終え、俺を見て静かに言った。


「……この子がいずれ、世界を救うのだろうか。」


(いや、赤ん坊の俺にそんな期待すんなって!でも、やるしかねぇんだよな……。)


乳母の腕の中で、小さな拳をぎゅっと握る。俺は王家の長男。けれど、どこかで暴れている勇者候補たちに負けるわけにはいかない。



その夜、各地の空を、女神たちの声が舞った。


「急ぎなさい、私の勇者!」


「はやくよ!あの子に遅れをとるな!」


「くっ、あの筋肉馬鹿が……!追い抜きなさい!」


神殿の雲の上では、女神同士の小競り合いが勃発していた。


「そっちの赤ん坊、まだ寝返りも打てないじゃない!」


「あなたの子は剣を振るって荷車を壊してるだけじゃない!」


地上では、勇者候補たちが這い、笑い、泣き、走ろうとしていた。


◇◇◇


「坊ちゃま、おやすみなさい」


乳母の歌声に包まれながら、俺は静かに目を閉じる。


(急がなきゃ……負けてらんねぇ……!)


夜空の下、村人の赤子は木の枝から逆さにぶら下がって笑っていた。 東の姫は鏡に映る自分の顔を見て、未来を誓った。 格闘家の赤ん坊は己の拳を握り、黒い影を追う覚悟を決めていた。


こうして、誰もが赤ん坊のまま、初陣への道を歩み始めるのであった。


――つづく。

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