第1次魔王争奪戦!~倒したものは勇者、それ以外はただの人~

第1話 「赤ん坊、泣きながら世界を背負わされる」

――光が眩しい。耳鳴りがする。息ができない。


……あれ、泣き声?


「おぎゃあああああああ!!」


……俺の声だった。俺は今、赤ん坊だ。


(は?え?女神さま?あの言葉は夢じゃなかったの?)


――頼んだわよ、誰よりも早く魔王を倒してね。


その一言で俺は死に、転生した。気がつけば王家の長男として生まれていた。


◇◇◇


「坊ちゃま、お目覚めですか」


乳母のような女性が覗き込んでくる。


窓の外には中世風の城下町。


魔法陣が浮かび、兵士が剣の訓練をしている。


(マジで異世界じゃん……しかも王族……ということは政治だの婚姻だの、めんどくさいやつじゃん!)


ベビーベッドの上で両手を振り回す俺。


ああ、もどかしい。まずは言語を……と思ったが、舌がまわらず「ぶるぁ」と変な音が出ただけだった。


◇◇◇


一方その頃、隣国。


「勇者候補、起床を確認!」


「報告します!我が国の女神エルミナ様から賜った勇者候補、レオン=アストレイ殿、無事降臨いたしました!」


「うぉぉ……俺、赤ん坊じゃん!いや、赤ん坊にしては力強いな?おい誰だ、俺を持ち上げたのは!お、お前か、筋肉の塊みたいな女神官!」


レオンはかつて最強の総合格闘家。記憶を持ったまま、今度は辺境伯の家の次男として生まれ落ちていた。


「よーし、泣いてやるか!おぎゃあああああ!!」


「おおお、声も勇ましい!」


(いやマジで何させたいんだよ女神!)


◇◇◇


さらに遠い東方の島国。白い布にくるまれた少女がぱちりと目を開ける。


「ここ……どこ?」


「ああ、可愛い……姫様、お目覚めでございます。」


(ちょっと待って、私、女になってる!?前世は普通のサラリーマンだったのに!)


この少女――いや中身は青年――は、別の神の加護を受けて転生していた。


「……まさか、これも“魔王争奪戦”の一環?」


◇◇◇


世界のあちこちで、泣き声が重なる。


男も女も、老いも若きも、赤ん坊として生まれ変わった者たちは、記憶を持ったまま異世界に点在していた。


女神たちはそれぞれの天空の神殿から声を送る。


「早く、早くよ!主神の座は私がもらうの!」


「ふふ、うちの勇者が一番よ。見ていなさい!」


神々の競争心が、地上の混沌を生み出す。


◇◇◇


俺はベビーベッドでぐるぐると考えていた。


(勇者は俺だけじゃない……? いや、そうだよな。あの女神の必死さ、他にも送り込んでる奴がいるってことだ。)


「坊ちゃま、おむつをお替えしますね。」


(あ、やめ……やめ……いや待って、俺の尊厳が……!)


涙目になりながらも、俺は決意した。


――負けられない。誰よりも早く魔王を倒さねば、女神に消されるかもしれない。


◇◇◇


その夜、城の上階で軍議が開かれる。


まだ赤ん坊の俺は乳母に抱かれながらも、耳だけをそばだてていた。


「近隣諸国に、奇妙な赤子の噂が広がっております」


「噂? 何だ」


「生まれた瞬間から言葉を話したとか、剣を握って兵をなぎ倒したとか……。」


(……やばいな、もう暴れてるやついるじゃん!?なんだよ、どこの勇者だよ!)


◇◇◇


場面は変わり、剣を握る赤子。


「ふははは!俺こそが魔王を倒す!」


「まだ生後三日なのに、どういうことだこいつ!」


「村長!あいつ、家壊したぞ!!」


泣く村人。笑う女神。


◇◇◇


赤ん坊たちはもがき、泣き、笑い、すでに世界をかき回し始めていた。


そして俺は、夜空の星を見上げて、小さな拳を握りしめた。


(よし……まずはハイハイの訓練からだ。ライバルたちに遅れを取るわけにはいかない……!)


かくして、第1次魔王争奪戦の幕が、静かに――いや、泣き声と共に盛大に切って落とされたのであった。


――つづく。

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