Ⅴ傀儡

 心臓が早鐘のように何度も打っている。

 何度も何度も呼吸を繰り返すと、やっと気分が落ち着いた。

 「俺は傀儡じゃない」

 言い聞かせるようにシンデレラは言った。

 シンデレラは顔を洗い、深呼吸した。

 顔色は悪いが、ここで諦めてはいけない。

 あの悪鬼の言うとおりにするものか。

 

 修練を終え、稽古に向かうとアキラが驚いた顔でシンデレラを見た。

 「寝れている?」

 「え、ああ」

 「嘘つけって、すげえ疲れた顔しているぞ」

 「そうか?」

 そうだっけ?

 「そのさ、武闘会出るから気張っているかもだけども、自分の体壊しちまうと元も子もねえぞ」

 「ん~でも今日はたまたまだ」

 「そうか~でもほんと体気をつけろよ」

 「ああ」

 稽古が始まり、精神は鋭くなる。

 師範代たちの激が飛びながらも稽古は続く。

 まだ大丈夫。

 シンデレラは言い聞かせながら、稽古に集中しているときだった。

 思わず拳が止まる。

 それは、なぜだか最初分からなかった。

 「どうした……シンデレラ」

 師範代、忠勝、アキラも言葉を噤んだ。

 いる。

 足音が聞こえる。

 振り返る。

 「オウマ様」

 シンデレラの視線の先には、オウマがいた。

 オウマの登場に、師範代、忠勝の動きが止まってしまった。

 アキラは初めて見るオウマの姿に混乱している。

 アキラにとって初めての感情だろう。

 人間が出せる圧、そして怜悧さは混乱を呼び起こす。

 「少し稽古を見に来た」

 「オウマ様」

 ギュネスが頭を下げた。

 「どうぞこちらへ」

 「いや、いい。シンデレラ」

 「はい」

 「俺と戦え」

 「……わかりました」

 オウマとシンデレラが戦う。

 「え、シンデレラ……」

 アキラがどうしようか困惑しているのを、忠勝が連れ出す。

 緊張のボリュームが一気に圧縮され、爆発寸前まで高まっていく。

 シンデレラとオウマが対峙する。

 オウマはただ立っているだけなのに、そこには一切の隙が無い。

 怖い。

 シンデレラの感情に恐怖が生まれ、それは指数関数的に増えていく。

 ダメだ、逃げてはいけない。

 怖い。

 逃げてはいけない。

 矛盾した感情がごちゃ混ぜになる。

 覚悟を決め、真っ直ぐにオウマを見る。

 「来い」

 オウマの言葉に呼応するかのように、シンデレラは距離を詰めるとハイキックをオウマに入れた。

 オウマの右腕で簡単にガードされてしまう。

 あまりの硬さ、素早さ。

 シンデレラの素早い打撃が何度も繰り出されるが、オウマは軽やかにそして簡単にかわしてしまう。

 シンデレラは距離を取り、型を取りながら相手の動向を伺った。

 「どうした、シンデレラ。それだけか?」

 荒い呼吸だけが聞こえる。

 「俺は、お前の」

 シンデレラは睨みつけた。

 「俺はお前の傀儡じゃない‼」

 シンデレラは全速力でオウマに飛び込むと、オウマに対して蹴りを入れた。

 右脚を軸とした鋭い左キックだ。

 しかし、かわされてしまう。

 「ふふ、シンデレラ」

 オウマの拳がシンデレラの腹部に入る。

 衝撃が走り、シンデレラの力が失われていく。

 「面白いものだ」

 薄れゆく意識の中、オウマの邪悪な笑みだけが見えた。

 

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