農村育ちの底辺少年が一目惚れした最強女剣士に並ぶためにスキル『代償強化』を使って強さを追い求める物語
イのカンア
第1話「どん詰まりの人生」
冷たく湿った土の感触、体から熱を奪い取るような朝の冷たい空気、家畜のすえた糞の香り、その全てが少年―――リヒト・デルマスにとっては当たり前の日常の一部だった。
「あぁ、そっか……僕、酔ったお父さんに家から放り投げられて……」
豚の家畜小屋の中で目覚めたリヒトは身体をぶるぶると震わせながら、昨夜のことを思い出した。
リヒトの父親、ロッセル・デルマスは大酒飲みの親父であり悪酔いするタイプの人間だ。普段は無口でほとんど他人に興味を持たないリヒトの父親は体内にアルコールが入るとまるで人が変わったかのように暴力的になってしまう。昨日の夜もロッセルは何かから逃げるように酒をあおり、使い古された安全靴の靴底でリヒトのことを何度も踏みつけて、そして玄関から華奢な彼を放り投げたというのが事の顛末だ。
「もう、お父さん……はぁ……」
ため息を吐き出しながら豚の家畜小屋から出たリヒトは早朝の澄んだ空気の流れる彼の住む村を眺めた。
アウゴ村、村の人口は百二十人いるかどうかという小さな村であり、村の特産はヘーゼルナッツ。雨風に晒されて色がくすんだ元は橙色だったレンガで作られた家がいくつも並ぶホルトランド王国によくある農村だ。
リヒトは無駄に足音をたてないようにゆっくりと追い出された自分の家へと向かって歩き、その道中で村の住人と出会った。
「今日も朝は冷え込むわねぇ、ねぇねぇ聞いてよ昨日ダンナがさぁ……あ…………」
「なになに、昨日あんたのダンナが何したってのよ……あら…………」
井戸の近くで水を汲んでいた中年の女性二人は近くを通りかかったリヒトを見ると気まずそうに会話を途切れさせた。リヒトにとってはこれも日常の一部だった。アウゴ村はあまり外から来た人間を歓迎しない傾向にあり、一年前に外から引っ越してきたリヒトとロッセルは未だに村の中では浮いた存在として扱われている。
リヒトは小さく会釈をして二人の間を通り抜ける。井戸の近くに立っている二人の女性はまるでリヒトがいないかのように振る舞い、彼が通り過ぎると口を開き始めた。
「あれ……角に住んでるデルマスの……息子はきちんと収穫とか手伝うんだけどね……父親が……」
「知ってる?また村の集会所であの飲んだくれの父親が暴れたらしいわよ、嫌よねぇ……」
リヒトは村の井戸を通り過ぎるとそのまま静かに歩き続け、自分の家へとたどり着いた。何度も父親が蹴りつけたせいでヒンジが緩んでいる玄関のドアに手をかけ、リヒトは恐る恐るゆっくりとドアを押し開けた。
カランと床に転がっている空になった酒瓶にドアがぶつかり、甲高いガラスの音が鳴る。家の中はめちゃくちゃという言葉がもっともしっくりくる有り様になっており、テーブルは粗雑に押し倒され、床の上には昨日リヒトが作った茹でたヘーゼルナッツが転がり、リビングキッチンの奥の方はイスに座ったままいびきをかいて寝ている禿げ上がった中年男性ことロッセルが見える。
父親が眠っているということに安堵したリヒトはそのまま自室へと逃げるように駆け込み、農作業用の服に着替えると自室のベッドの上に置いてあった毛布をロッセルの体へと掛けた。
そして、父親の前を横切って玄関から外へ出ようとしたその瞬間、リヒトの後頭部に衝撃が走った。
「おい、おまえぇ、てめぇなにをめのまえをとおってるんだよ……おい、おい、コラァ!!」
ロッセルの拳がリヒトの後頭部に直撃し、そのままリヒトは少しの間意識を失った。再び気が付くとリヒトはゴミと酒瓶と虫の蠢く床の上に転がっており、ロッセルは酒臭い息を吐きながら何度も何度も安全靴を振り上げてリヒトの体を踏みつけていた。
「てめぇ、むかつくんだよ!だんだんとははおやに似やがってよぉ!ばかにしてんのか、おれのことをよぉ!ばかにしてるんだろうがぁ!!」
お父さん、なんだか最近力が弱まってる気がするなぁ、病気かなぁ。お医者さんに見せた方がいいのかも。リヒトは頭を押さえ、ダンゴムシのように体を丸めて父親の暴力に静かに耐えながら、ぼんやりとロッセルの体調のことを思っていた。
「この……この、このこのこの!がきが!おれだって、おれだってなぁ!!」
ガッシャン!!雄叫びを上げたロッセルが頭を掻きむしり、そして狂ったように両手を振り回しながら部屋の中を練り歩き、目に付くものをすべて床へと叩きつけていく。今、この状況を表す言葉を一つ選ぶのだとすればどん詰まりという言葉がまさしく最も相応しいのだろう。
「ロッセルさん……!朝から何をやってるんですか!!」
玄関が開け放たれ、一人の女性とその後ろから付いてきた何人かの男性の姿が見える。女性、ヨアンナ・ポランスキーは腰まで伸びる落ち着いたダークブラウンの長い髪の毛を振り乱して家の中へ飛び込むと床の上で丸くなっているリヒトを抱き上げ、彼女が連れてきた村の男性たちにロッセルを押さえるように指示を出した。
ロッセルは暴れた、それはもうとんでもなく暴れた。取り押さえるために家に入った四人の男性のうち、一人は小指を骨折し、もう一人は二の腕に噛みつかれ、怪我を負ってしまった。男性たちは協力してロッセルを床に押し付け、そうしてやっとロッセルの動きは止まった。
「あぁ、チクショウ!この親父、オレの小指を……くぅぅ、いてぇ……」
「まったく、村長も早くこんな男、村から追い出しちまえばいいのに」
「そりゃ無理だろうなぁ、村長、なんかこの人に恩があるとか昔助けられたとか言ってたからなぁ……ヨアンナの姉ちゃん、早く息子を連れて出て行った方がいいぞ」
「いつもすいません、みなさん。では、リヒト君は私が連れて行きます。さぁ、リヒト君、行きましょう」
何度掃除してもすぐにめちゃくちゃになってしまう家、他人に迷惑を掛けることしかできない父親、その父親に対して何もできない自分。これが十五歳になったリヒト・デルマスの人生の全てであり、どうしようもないどん詰まりの象徴だった。
「さぁ、リヒト君。早くここから離れましょう。今日はロイポンドへ野菜を出荷しに向かうから手伝ってくれるかしら」
「はい、もちろんです。ヨアンナさん、いつもいつも本当に……」
ヨアンナはただ柔らかな笑みをリヒトへ返し、彼の背中をゆっくりとさすった。そして、リヒトは出荷の準備を整えて使い古された村の共有トラックの荷台に乗り込み、ヨアンナや他の村人と共にアウゴ村を出発した。
農村育ちの底辺少年が一目惚れした最強女剣士に並ぶためにスキル『代償強化』を使って強さを追い求める物語 イのカンア @Inokannaaaa
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