第11話
何度目かの失敗だった。
また、ちがった。
ちがう。ちがう。なにも、ちがう。
手のひらを握ってみても、
爪のかたちをなぞってみても、
──世界は、沈黙したままだった。
わたしの中に、何も戻ってこない。
そこに手があっても、
わたしの輪郭は浮かんでこない。
「……ちがう……これも、ちがう……」
声にならないつぶやきが、夜風に溶けた。
足元には、またひとつの“違った手”が転がっている。
わたしはそれを見下ろし、
しばらく何も感じないまま──ただ、じっと見ていた。
そして、ある瞬間、ふと、何かがひらめいた。
……あれ?
どうして、いままで気づかなかったんだろう。
ないなら、探すばかりじゃなくて……
──つくれば、いいんじゃない?
先生の手がダメになったのは、時間のせい。
腐って、感覚がなくなって、ただのモノになっただけ。
なら、生きているうちに──
温かくて、やわらかくて、ふれてくれる「手」を、
最初から、わたしのものとして育てればいい。
先生の手「みたいなもの」じゃなくて。
ほんものの先生の手。
わたしのためだけの手。
それを……わたしだけのものにすればいい。
*
その子を見つけたのは、地方のとある駅のホームだった。
人混みの中で、すぐに目に留まった。
細くて、指が長くて、すこしだけ先生に似ている──そんな手だった。
わたしは、その子のあとをつけた。
電車に乗って、降りて、また乗って、降りて。
やがて人気のない山道に差しかかったところで、
わたしは自然に手を伸ばしていた。
──先生の手を思い出すように、そっと。
気づいたときには、その子は小屋の床に転がっていた。
わたしの手には、あの片刃のナタ。
先生のアトリエから持ち出した、重くて、鋭くて、
わたしの手には少し大きすぎる……でも、それでしか、切れなかった。
*
古びた山小屋。
ほこりと湿気のにおい。
そして、ポケットの中にあった、小さな薬のケース。
2錠残っていた。
わたしを救った、はじまりの薬。
この感覚をくれた、あれ。
わたしはケースを開けた。
震える指先で、それをそっとつまんで──
「ね、ちょっとだけ、お願いがあるの。これ……飲んでくれる?」
目を覚ましたその子は、怯えた目でわたしを見ていた。
腕には包帯。かすかに血が滲んでいた。
けど、大丈夫。まだ壊れていない。
「薬なんだよ。特別なやつ。すぐに、楽になれるから」
にっこりと笑って、錠剤を差し出す。
「そしたら、あなたの手は、わたしの世界になるんだよ──」
わたしのなかの、唯一の、まっすぐな願いだった。
──この手が、わたしにふれてくれたら。
それだけで、きっと。
わたしはまた、生きていける。
だから──ね、お願い。
せんせいの代わりになって。
……せんせいの手になってよ──
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