第11話

何度目かの失敗だった。


また、ちがった。

ちがう。ちがう。なにも、ちがう。


手のひらを握ってみても、

爪のかたちをなぞってみても、

──世界は、沈黙したままだった。


わたしの中に、何も戻ってこない。

そこに手があっても、

わたしの輪郭は浮かんでこない。


「……ちがう……これも、ちがう……」


声にならないつぶやきが、夜風に溶けた。

足元には、またひとつの“違った手”が転がっている。

わたしはそれを見下ろし、

しばらく何も感じないまま──ただ、じっと見ていた。


そして、ある瞬間、ふと、何かがひらめいた。


……あれ?


どうして、いままで気づかなかったんだろう。

ないなら、探すばかりじゃなくて……

──つくれば、いいんじゃない?


先生の手がダメになったのは、時間のせい。

腐って、感覚がなくなって、ただのモノになっただけ。


なら、生きているうちに──

温かくて、やわらかくて、ふれてくれる「手」を、

最初から、わたしのものとして育てればいい。


先生の手「みたいなもの」じゃなくて。

ほんものの先生の手。

わたしのためだけの手。

それを……わたしだけのものにすればいい。



その子を見つけたのは、地方のとある駅のホームだった。


人混みの中で、すぐに目に留まった。

細くて、指が長くて、すこしだけ先生に似ている──そんな手だった。


わたしは、その子のあとをつけた。

電車に乗って、降りて、また乗って、降りて。

やがて人気のない山道に差しかかったところで、

わたしは自然に手を伸ばしていた。


──先生の手を思い出すように、そっと。


気づいたときには、その子は小屋の床に転がっていた。

わたしの手には、あの片刃のナタ。

先生のアトリエから持ち出した、重くて、鋭くて、

わたしの手には少し大きすぎる……でも、それでしか、切れなかった。



古びた山小屋。

ほこりと湿気のにおい。

そして、ポケットの中にあった、小さな薬のケース。


2錠残っていた。


わたしを救った、はじまりの薬。

この感覚をくれた、あれ。


わたしはケースを開けた。

震える指先で、それをそっとつまんで──


「ね、ちょっとだけ、お願いがあるの。これ……飲んでくれる?」


目を覚ましたその子は、怯えた目でわたしを見ていた。

腕には包帯。かすかに血が滲んでいた。

けど、大丈夫。まだ壊れていない。


「薬なんだよ。特別なやつ。すぐに、楽になれるから」


にっこりと笑って、錠剤を差し出す。


「そしたら、あなたの手は、わたしの世界になるんだよ──」


わたしのなかの、唯一の、まっすぐな願いだった。


──この手が、わたしにふれてくれたら。


それだけで、きっと。

わたしはまた、生きていける。


だから──ね、お願い。

せんせいの代わりになって。


……せんせいの手になってよ──

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