ここにいる みずほ
第10話
あれから、どれくらいの時間が経ったのか、よくわからない。
時計も、カレンダーも、もう必要なくなった。
わたしは、いまも“それ”を探している。
あのぬくもり。あの指先。あの感覚。
先生の手は、どんどん腐っていった。
においがして、色が変わって、皮がめくれて──
それでも、わたしは抱きしめ続けた。
毎晩、何度も、何度もさわった。
朝になっても、すこしもぬくもりは戻らなかった。
触れても、もう、なにも返ってこなかった。
なのに、わたしは……
それでも、先生の手だと思っていた。
……でも、ダメだった。
もう、ただの「モノ」になってしまった。
それでも、しばらくはそばに置いていた。
夜中に泣きながら握ったこともある。
でも、もう……触れても、わたしはそこにいなかった。
──だから、代わりを探している。
先生の手に似たものを。あのぬくもりに近いものを。
わたしは、あちこちを転々としている。
名も知らない街、通り過ぎる駅、人気のない路地裏。
どこかに、先生の手がある気がして、ただそれだけを信じている。
でも、どれも違う。
似ていても、違う。
ぬくもりがあっても、違う。
ふれてみても、握ってみても、
何も──感じない。
世界は色を取り戻さない。
「……ちがう……これじゃない……」
そうつぶやいて、また手放す。
使っていたナタは、いまでも先生のアトリエから持ち出したまま。
感覚のないこの手には、重さなんて関係なかった。
切れれば、それでよかった。
わたしの背中には、あのときの古びたジャケット。
先生のもの。少しだけ匂いが残っている。
それをかぶると、少しだけ、ましになる。
──ほんの少しだけ、世界に存在できる気がする。
でも、足りない。
手がない。
あのぬくもりがない。
わたしはまだ、探している。
先生の手を。
それと同じものを。
……この世界の、どこかに、あると信じて。
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