第7話
……どうして?
……そんなの……。
「……だって……ふれてくれないと、わたし……いなくなっちゃうから……」
先生は、また「わたし」に視線を戻した。
その横顔からは、何の感情も読み取れなかった。
それでもわたしは、そこにしかすがれなかった。
たとえその問いが、わたしの「答え」など初めから求めていなかったとしても──
「そういえば、どうして──わたしの手だけ、そうなると思う?」
突然の問いだった。
でもわたしは、答えられなかった。
わたしは、先生の手だけ感じることができる。
それは、きっと絆だから。愛だから。そう信じてた。
「答え、教えてあげる」
先生は、ごく自然に笑って言った。
「薬を飲んだとき──わたしの指が、あなたの頬にふれてたの、覚えてる? ……左の、ここ」
覚えてる。あの手の感触。そして……その前後も。
「あの薬を飲むとね、脳が「飲んだ時に触れていたと認識してたもの『から』の感覚」だけ刺激として拾ってくれるの。」
脳の奥が、ぎり、と音を立てた気がした。
「服を着てると、肌に何かが触れてるって、いちいち意識しないでしょう? だからね──あなたが“認識してたもの”しか、脳は拾ってくれないのよ。」
「……ね? 愛とか、そういうのじゃないの。全然」
そして──彼女は、あまりにも無邪気に、笑った。
「全部、みずほちゃんがどのくらいで壊れちゃうかなーって、ちょっと試してみただけ」
どこまでも、他人事のような声。
「──それだけ」
なんでもないことのように、その人は微笑んだ。
わたしは、その瞬間、崩れた。
あのぬくもりは、愛情だと信じていた。
あの声には、わたしを呼ぶ意味があると思っていた。
……でも、それは、全部、わたしの独りよがりだったんだ。
「そのあとも、ずっと見てたのよ。どう動くのかなって。そしたら──びっくり。
他の子は、途中で壊れちゃったの。
みずほちゃんみたいに外に出て、感覚を探しに行った子なんていなかったわ。
だから、形にして残そうかなって思ったの。
でも──ここに来て、すぐに自分からしがみついてきて、あっという間だった。もうちょっと頑張って抵抗してくれるかと思ったのに……ちょっとがっかり」
……じゃあ、なんで。
なんで、「わたし」だけが、先生に触れてもらえるの?
「せっかくだから、壊れる前のみずほちゃんを、ちゃんと残しておこうと思って」
わたしは立ち上がって、部屋の隅に目を向けた。
そこには、くしゃくしゃに丸められたまま放ってあった、あの制服があった。
ゴミ袋の下に半分埋もれていたそれを、わたしは両手で引きずり出した。
よれよれで、汚れていて、もう誰も見向きもしないような布きれ。
でも、わたしには、たったひとつの形だった。
わたしは先生に与えられた服はすべて脱ぎ捨ててそれを着た。震える手で、ボタンを留めた。
そして、叫んだ。
「ねえ、先生。わたし、ちゃんとここにいるよ!
ここに……いるから……! ねえ、見てよ、先生!!」
──その時、先生がどんな顔をしていたのか。
もう、思い出せない。
「みずほちゃんは、もう完成したの。
だからね……壊れちゃったほうのみずほちゃんは、もういいかなって」
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