第3話 母と父と

「え、なんで、どうなってるの!?」


母が靴も脱がずに僕の体まで近づき、僕の体を揺らす。

当たり前なのかもしれないけど、今まで見たことがないほど母は気が動転していた。

しばらく僕の体を揺らしながら僕の名前を叫び続けていたけど、僕の父の存在を思い出したようで、父に電話しはじめた。

母は相当動揺していたせいか話にまとまりがないというか、上手く伝えられていなかったので、父は僕が首を吊ったことをなかなか理解できずにいたようだけど、なんとか話は通じたらしく、父は母にすぐに帰るので救急車と警察を呼ぶように母に伝えていたようだ。

母は電話を切ったあと、すぐに救急車を呼び、5分ほどで救急隊員が到着した。


救急隊員はすぐに僕の体をロープから外して、そっと床に置いた。

まもなくして警察官も到着し、僕の体を救急隊員と確認したり母から事情聴取をしたりしていて、僕はその状況をノブロウと一緒にボーっと見ているだけだった。

僕には理由はわからないけど、僕の体は結局病院に運ばれることはなく警察官が警察署まで持っていくことになったようで、僕の体を大きな袋に入れていた。


母は、僕にすがるように泣き、ずっと「なんで?どうして?」と呟いていた。

僕は、僕に泣いてすがる母に、ポツリと「ずっと気付いて欲しかったよ」と呟いた。


警察官が僕の体が入った袋を大きな車に運び入れようとしているのを眺めていると、ノブロウが「見に行ったほうがいいんじゃないか?車の端っこに乗ってけよ」と言ってきた。

「幽霊でも車に乗れるんですか?」

「乗れるよ。荷台に乗っておけよ、とりあえず」

「車からすり抜けて置いていかれたりしませんか?」

「よく、幽霊は物体をすり抜けていくってイメージあるけど、とりあえず俺はバスや電車乗れてるから大丈夫だと思うよ」

ノブロウの言うことにまだ信用できないけど、母が今後どんな反応するか気になっていたので、僕は僕の体を荷台に乗せた瞬間僕の体の横に乗り、腰を下ろした。


ーーーー


僕を乗せた車はゆるゆると走り、警察署の裏手に入ると、隅にポツンと建てられた小屋に僕の体を運び込んだ。

そこはどうやら、死体を安置する場所のようで、僕の体は台のようなものに置かれた。

少し間があって、よくテレビで見る鑑識官のような恰好をした警察官が何人か入ってきた。

警察官は僕の体から服を脱がせようとするけど、僕の体は死後硬直しているようで、なかなか上手くいかないようだった。

それでも何とか服を脱がせた警察官たちは、僕の体を色々な角度に変えたり、目を開けたり、唇を開いたりしながら写真を撮っていた。

僕の裸の写真を撮っている人がまだ若い女の人だったので、僕はちょっとだけ居心地の悪さを感じた。

僕の体を丹念に調べ、特に首の辺りのロープの跡を念入りに確認した警察官は、僕の死因を自殺によるものと判断したようだった。僕にはわかりきっていることだったけど。


警察官は僕の体に手を合わせ小屋から出て行ったが、何人かの警察官がその場に残り、僕の服などを確認し始めた。

「白色ワイシャツ……紺色ズボン……」

年配の男の人が僕の服を見ながらそんなことを呟き、若い男の人がそれを紙に書き込んでいく。

僕の履いていたズボンのポケットをまさぐった年配の人は、ポケットから一枚の紙を取り出した。

チラリとそれを見た年配の人は、若い人に向かって「メモ紙……」と言った。


それは、僕の遺書だった。

僕の遺書は、メモ紙と言われた……


ーーーー


警察から葬儀社に引き渡された僕の体は、その日の夜に自宅に戻った。

そのころには父が家に戻っていて、父は僕の体を見るなり叫び始めた。

「お前、なんで!?なんで自殺なんて馬鹿なことをしたんだ!?」

しばらく僕の顔を撫でながら泣き続けた父だったが、突然、母に向かって怒鳴り始めた。

「お前がちゃんと見ていないからだ!」

「な、なによ!あんただって全然家に帰ってこないのに勝手なことを言わないでよ!」

「俺は金を稼いできてやってるからだろ!お前が家のことをちゃんとするのは当たり前だ!」

「こんなときばっかり父親づらするのやめてよ!普段なにもしないくせに!」


父と母が罵り合う姿を、僕はただ眺めていた。

普段から、僕になにも関心を示さないのに、こんな時だけは泣き叫ぶんだなと僕は思った。

僕には、二人の姿が、僕の死んだ責任を押し付けあっているようにしか見えなかった。


「どうだった?」

いつの間にか僕の隣に座っていたノブロウが話しかけてきた。

「僕には、何もわからないよ」

僕は思ったことを素直に口にした。

「まぁ、そうだろうよ。でも、これからもっと色んなものを兄ちゃんは見ることになるから、今日見ていることが兄ちゃんの全てではないさ」

ノブロウは、僕を慰めるような口調で言った。

それはまるで、全てのことを知っているかのようだった。


正直、僕は、自分が生きていたことが時間の無駄だったように思えた。

父にも母にも関心を持たれず、周りからいじめられ、悲しみだけが残る人生だ。

ことあと、僕は一体何を見ればいいのかわからないが、これ以上辛いものを、僕は見たくなかった。

うつむいて黙りこくる僕の肩を、ノブロウは撫でるようにしたが、僕にはなにも感じられない。

もう体もないから、感じようがない。

涙も出てこない。

悲しみといった感情も、僕にはなくなったように思えた。

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