第4話 死の理由

夜が明けて、僕の家では僕の葬式の準備が始まっていた。

僕自身は遠い親戚の葬式しか出たことがないので、僕の葬式をまさか見ることになるとは思いもよらなかった。

僕以外の幽霊も、きっとそうに違いない。


「ご焼香って、何回やればいいんだろうな?」

この日もノブロウは僕の隣にいる。

「僕もわかりません。親戚の叔父さんの葬式では前の人のを見よう見まねでやってましたし」

そもそも僕は、葬式のことがよくわかっていない。

「兄ちゃんの年ならそうかもな。俺は何回も出たけどわからなかったな」

「そうなんですか……」

僕としてはあまり興味のない話だったので曖昧に返事した。


僕の葬式といっても、床の間に簡単な祭壇のようなものを作って、花と遺影を飾ってあるだけのもので、座布団も10枚あるかないかしか置かれていない。

僕の年齢や死んだ理由を考えれば、そのくらいだと思う。あまり大々的にされても恥ずかしさのあまり嫌な気持ちになっていたと思う。

ただ、実際には自分の葬式を見ることなんてあり得ないことだったので、今の状況は完全に想像の外の話だった。


父と母は、微妙な距離感を保ってお互いに話さないようにしていた。

僕のことに関心を寄せてこなかった両親が、僕の死を理由にさらにいがみあっている姿は、僕の目には滑稽に映った。


翌日。

何人かの親戚の人が来て、お坊さんが来て、葬式が始まった。

特に感情もなく、僕は自分の葬式を眺めていた。父と母は涙を流してはいたけど、気丈に振舞っているように見えた。

同級生は誰もきていない。それもそうだ、僕には友達と呼べる人はいないのだから。

それでも、誰か来ないだろうかとほんの少しだけ期待していることに僕は気付き、ほんの少しだけショックを受けた。

そんな僕の様子を察したのか、ノブロウが話しかけてきた。

「兄ちゃんの同級生、こないな」

「僕はいじめられてたから……」

「あぁ、そうか。すまん…… ところで、どうしていじめられたんだ?実際に自殺するほどまで……」

「今考えると、きっかけは下らないことですよ」

僕はそう言葉を濁したが、ノブロウは僕の方をじっと見たままだったので、僕はいじめの理由をポツリポツリ話し始めた。


ーーーー


僕は、朝由 令(あさよし れい)という名前だ。

会社員の父と専業主婦の母の間に生まれた一人っ子で、小学4年生までは普通に学校生活を楽しんでいた。

小学5年生から、僕の名前をもじって『超幽霊』とあだ名がつけられてしまい、僕は幽霊という立場で友人からいじられるようになった。

でもそれは、あくまで冗談の延長なのは僕もわかっていたので、僕としてはそんなに気にしていなかったものの幽霊という存在が嫌になっていた。

それからの僕は、色んな理由をつけては幽霊を否定するようになった。


そもそも、幽霊とはなんだろう?

死んだ人の魂だとしたら、皆死んだら幽霊になるのか?

幽霊は死んだときの姿のままなのか?

幽霊になったら生きているときの記憶はあるのか?

今までの地球の歴史の長さを考えれば、地球上は幽霊で覆いつくされていなきゃ説明つかないし、戦争や災害なんかで同じ場所でたくさんの人が亡くなったとしたら、その場所は幽霊で埋め尽くされているに違いないのに、そんな話は聞いたことがない。

そんなような屁理屈のようなことを、中学生から周囲に話すようになった。

友人たちは、多分そんな僕を面倒な奴だなとは思っていただろうけど、友人も僕のことを幽霊と呼び続けていたので、どっちもどっちだったと思う。


状況が一変したのは高校に入学してからだった。

僕としては友人たちと同じ高校に進学したかったけど、制服が気に入らないという訳のわからない理由で母から反対され、僕は僕の家から40分ほど離れた高校に進学することになってしまった。

小学校から中学校までの友人は一人もいなくなったが、高校でも僕の名前は今までと変わらずいじられた。

最初はそれほど気にもしていなかったし、いつもどおり幽霊の存在なんていないと話すようにしていたところ、一人の男がやけに絡んでくるようになった。

そいつの名は『新月 土星(しんげつ じゅぴたー)』といった。


ーーーー


「ちょ、ちょっと待て。土星でジュピターなのか?土星ってサターンだろ?」

今まで感情の起伏みたいなものを見せたことのなかったノブロウだったが、土星の名前に驚いたのか僕の話を唐突に遮った。

「もちろんそんなことは僕も知っていますけど、僕が名前を付けたわけじゃないので……」

「あぁ、そうか。ごめん、続けてくれ」

ノブロウはそれほど済まなそうに聞こえない謝罪を告げて、僕の話の続きを待った。


ーーーー


土星は、僕が幽霊を否定する話を突然遮り「お前、幽霊いねぇとかいってんじゃねぇぞ!」と凄んできたので、僕は「僕自身幽霊を見たことないし、科学的に存在が証明されていないものをいないと思ってもいいと思うけど」と答えた。


すると、土星は僕を殴り「お前、ダセェわ。未だに中二病かよ」と言った。

僕は僕を殴ったことを抗議しようとしたが、またすぐに殴られ、気が付けば全身あざだらけになるほど殴られ、蹴られていた。

制服はところどころ破けていたし顔にも痣があったので、母に心配されるかと思いながら帰宅すると、制服を破ったことを叱られてしまった。

「お父さんの安月給で苦労してんのに、あんたも喧嘩なんかふざけたことでお金かかることしないでちょうだい!」

今でも一字一句忘れることがない言葉だ。


次の日、僕へのいじめが本格的に始まった。

土星は僕の通う高校周辺が地元で、周りは土星の友人ばかりだったから、すぐにクラスは土星の味方になった。

僕は無視をされ、私物を隠され、たまに殴られた。

「お前みたいな幽霊がいるんだよな、くだらない存在がよ」

土星は何故か幽霊の存在を信じている節があり、名前が幽霊な僕が幽霊を否定するのが腹立つようだったが、僕には何が腹立たしいのかよくわからない。

殴られるのも嫌なので、なんとなく歩調を合わせようとしたこともあったけど、一度いじめられっ子のイメージがつくと、いじめが止むことはなかった。


生前、最後の方は、集団で殴られ、服を脱がされてそれをスマホで撮られたりした。

多分、僕の痣だらけの裸の写真は、今もインターネットの中に存在していると思う。

担任の教師にいじめのことを訴えたこともあったが、返ってくる言葉は決まって『きっと君にも原因があるんだし、君が我慢すれば収まるよ』だった。


僕が自殺することを決めたのは、土星からの何気ない一言だった。

いつものように僕を気に済むまで殴った土星は、僕に向かって「おい幽霊、お前そろそろホントに死んで幽霊になれよ。親も喜ぶぜ」と言った。

多分、土星にとっては、僕をいじめている時と同じように、なんの気持ちもない何気ない一言だったと思う。でも、僕は、その一言でこの世に僕は不必要なんじゃないかと思うようになってしまった。


ボロボロになりながら家に帰り、自分の部屋で声を殺しながら泣いていると、パートから帰ってきた母に「あんた、いい加減鬱陶しいよ!いじめられているだか何だか知らないけど、そんな感じじゃ家の中が暗くなるし迷惑だわ」と言われた。

「お母さんは、僕がいなくなったほうがいいの?」と、僕はかすれる声を絞り出した。

「そんなあんたじゃいない方がマシだわ!」と、母は叫んだ。


単身赴任中の父にも、一度だけ電話してみたことがあったけど「私は忙しいんだから、下らないことで電話をかけてくるな!」とすぐに電話を切った。


もう、僕には逃げ道なんてない状況だとわかった。


ーーーー


「そうだったか。言わせて悪かったな」とノブロウは謝ってきたので、僕は「いえ、別にいいです」と返した。

悲しいし辛い思い出のはずだけど、ノブロウに話していて、そういった感情が不思議とあまり出てこなかった。

「でも、その土星くんは、本当に霊感のようなものあるのかい?」と言ってきたので「多分嘘じゃないでしょうか?」と僕は答えたけど、ノブロウは「試しに行ってみろよ土星の家に。多分面白いもの見られるはずだぜ?」と、やけに自信満々で言ってきた。


僕自身も土星に霊感があるかどうか気になってはいたので、時間を見て土星の家に向かってみることにした。

どうせ、今の僕には時間は余っているから。

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