第2話 ノブロウ
僕は、ぶら下がっている僕の体を眺めながら、妙に落ち着いている自分に気が付いた。
死んだらどうなるのだろうと考えたことはあったものの僕は自分が幽霊になるとは思っていなかったのに、なぜか今現在の状況に僕は驚いていなかった。
「僕、死んだんだ」としゃべってみたけど、多分これも誰にも聞こえていないと思えた。
現実感がない分、驚きようも悲しみようもないのだろうか。
「そう、兄ちゃんは死んだんだ。いつ死ぬかと思ってずっと見てたけど、最後は思い切って死んだな」
僕の背後から突然声が聞こえてきて、僕は後ろを振り返った。
今の僕と同じように、ほぼ透き通ってみえるような男の人がそこに立っていた。
「あなたは誰ですか?」
「俺はこの辺をうろついている幽霊で、ノブロウって言うんだ。よろしくな兄ちゃん」
ノブロウと名乗る男は、感情の込められていない声で答えた。
「あの、あなたは幽霊で、僕も今は幽霊なんですか?」
「うーん、幽霊とは言ったけど正直わからないんだわ、今の状況。でも、兄ちゃんが死んで体から今の兄ちゃんが出てくるとこ見てるし、それを幽霊と思えばしっくりくるから、多分そうじゃないか」
なんとも釈然としない答えだったけど、確かにそれしか説明のしようがないように思えた。
「まぁ、誰でも死ぬ経験は一回しかできないから、誰にもわかんないだろうな」
ノブロウの声はやはり感情がない。
そのことが気になったけど、僕はもうひとつ気になったことを質問することにした。
「あの、ノブロウさんは、どうして僕が死ぬことがわかったんですか?」
ーーーー
ノブロウが言ったことに嘘がないのだとしたら、僕がいつ死ぬかずっと見ていたと言っていたし僕が死ぬ瞬間も見てるようだ。
でも、見ず知らずの僕が死のうとしていることを知っていることが不思議だった。
「虫の報せって言葉知ってるよな?人間ってのは、死のうと思っていると、わかる奴にはわかる何かを発するんだよ。俺はそれを感じ取る力が鋭いんでな」
「はぁ……」
「兄ちゃんが遺書を書き始めた辺りになるかな?ここいらをうろついていて、死の願望の気配を感じてな、探してみたら兄ちゃんだったんだわ」
「はぁ……」
「まだ若いのに死ぬのかとは思ったけど、俺には止める義理も力もないしな、だから最後くらいは見届けようと思ったんだわ」
「はぁ……」
ノブロウの話に、いまいち信憑性が感じられなかった僕の返事は気の抜けたものになってしまっていたが、ノブロウは気を悪くする素振りもなく、話を続けた。
「実は、俺も自殺した身でな。とある事情で借金をしこたま抱えちまってな。自己破産なりすれば死ぬ必要なかったんだろうが、それができなくてな」
「そうですか……死んだらみんな幽霊になるんですか?」
「いや、人それぞれみたいだな。なる人もいればならない人もいる。その違いはわからんが」
「幽霊になったら、人が死にそうなのを感じられるんですか?」
「他人がどう感じるか知らんけど、俺は生きてる時から感じてたな。いわゆる霊感ってやつかな?姿かたちは見えなかったが、いるのは生きてた時から感じたな」
「そう……ですか……」
僕には霊感とか幽霊とか、到底信じられないものなだけに、ノブロウの話がどんどん胡散臭く聞こえてきた。
今までの人類史の長さを考えたら、幽霊が存在すていればそこかしこに幽霊が溢れかえってしまうではないか。
それに、幽霊は死んだ瞬間の姿で存在するとすれば、老人は老人の幽霊のままになっちゃうわけで、死んでも老いてることになる。
それじゃ悲しくないだろうか?
もし、若返って幽霊になるなら、なんだか今までの人生を否定するように感じる。
僕は、そんな幽霊の存在にどうしても矛盾を感じてしまうのだ。
とはいえ、今は僕自身が幽霊のような存在になってしまっているので、なんとも複雑な気分だった。
僕は何故、幽霊になったんだろう?
そんな僕の疑問が顔に出ていたようで、ノブロウが僕にこう言った。
「まぁ、兄ちゃんはまだ死んだばかりだから、これから色々見ていけばいいさ」
確かにそうだ。
そう思った時、玄関の方から悲鳴が上がった。
玄関に立っていたのは、僕の母だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます