少年が見たもの

羽鐘

第1話 少年の死

僕の目の前に、一本のロープが見える。

ロープの片方は梁から吊るされるように結ばれ、もう片方はハングマンズノットという結び方で環になっている。

ハングマンズとは吊るされた人、もっと直接的な言い方をすれば首吊りって意味があるらしい。

僕も実際に調べるまでわからなかったけど、今は動画とかでも結び方が簡単に調べられるから、結ぶことに苦労はなかった。


僕はロープを強く引っ張って、解けないことを確認した。

初めて結んだ割には上手くいったようで、僕がぶら下がってみても解ける様子はなかった。

僕は床に座り、ゆらゆらと揺れるロープをぼーっと眺めた。

古びてささくれた畳を指で引っ掻きながら今までの僕の人生を振り返る。


僕は家の近くの高校に進学して間もなく、いじめを受けるようになった。

いじめを受けるきっかけは、自分でもよくわからないほど些細なものだと思う。

最初は抵抗した。

無視されたり、軽く小突かれたり、物を隠されたりした程度だったから。

でも、あっという間に暴力に変わっていった。

抵抗しようにも多勢に無勢だったし、元々体の弱い僕では太刀打ちできなかった。

担任に相談したけど意味はなかった。

担任から言われたのは「我慢してればいい」の一言だけだった。

親には相談すらできなかった。

父は単身赴任、母はパートで、僕と顔を合わせる時間がなかったし、そもそも僕に関心を示してくれることはあまりなかった。



僕は、僕の何が悪かったのかわからない。

何故いじめられなければいけないのか。

何故誰も助けてくれないのか。

いじめを受けるようになって、もう少しで半年。もう限界だった。

3日前から遺書を書き、わざと見えるように机の上に置いていたけど、母からはなんの反応もなかった。わかっていたことだけど。


僕は立ち上がり、遺書をしまうと、キッチンから小さな椅子を持ってきてロープの下へ置いた。

いじめを受けてから今まで泣いたことはなかったけど、椅子を置いた瞬間、涙が零れた。


もっと遊びたかったし、彼女を作ってみたかった。

旅行に行ったり、小説を書いたりしてみたかった。

でも、僕はその全部を諦めて死ぬことを選んだ僕の弱さが悲しかった。


気がついたら涙が止まらなくなった。

ずいぶんと久しぶりに大声をあげて泣いた。

泣きながらロープの環に頭を通す僕が、ほんの少しだけ滑稽に思えた。


しゃくりを上げながら僕は目を瞑った。

突然、家族で食べたハンバーグの味を思い出した。そして、父とキャッチボールしたこと、母に浴衣を着せてもらい祭に行ったことが頭に浮かんだ。


僕は、本当に走馬灯のように思い出が甦るんだなぁって思いながら、椅子を蹴った。


息苦しくなり、思わずロープに手を伸ばしたけど、すぐに目の前が暗くなった……



ーーーー


今、僕は、僕を見ている。

正確には僕の身体。

梁から伸びたロープに首をぶら下げた僕を、僕はぼーっと眺めている。

ふと気づいて、僕はぶら下がっていない僕の身体を見る。

微かに、透き通るように、僕の手が見える。


僕は、どうやら無事に(?)死んだようだ。

そして、僕がいじめられる原因になった、幽霊になったようだった。

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