第4話 ある事務所の風景

 空調の効いた部屋に、煙草の煙がじわじわと広がっていた。  壁には墨で書かれた座右の銘が額縁に収まり、和の趣を強調しているが、机の上には最新のスマート端末と分厚い書類の山。現代と旧時代が無理やり同居するような空間に、鮫淵 鉄斎ふかぶち てっさいは静かに座っていた。


「──例の連中、やはりウチの組のモンじゃなかったっす」


 報告に来たのは若い構成員。申し訳なさそうな顔をしている。


「チッ、見境のねぇクソガキ共が……この街、無茶苦茶にする気かよ」


 鮫淵は小さく舌打ちをし、煙草を灰皿に押し付けた。


 考えていたのは、先日のトラブルの後始末だ。もし仮に客人シャンを襲ったのが自分たちの組だった場合のこと。 一発の刃傷沙汰が、街全体を巻き込む抗争の火種になりかねない。 そうなれば──大陸からあの連中が出張ってくる。火に油を注ぐ形で、浦川市は小さな戦争状態に突入するだろう。


 加えて、シャンという男もまた街の外…どころか海外のマフィアの幹部の右腕であり、街で堂々と商売をするにあたって挨拶の筋だけは通してきた。それを無視した形で手を出したとなれば、こちら側も“処理”せねばならない。関係した組織ごと、潰す覚悟で。


 鮫淵はゆっくりと立ち上がり、窓の外を見ながら言った。


「……ウチのモンじゃねぇってのは分かった。だがな──街で起きたことにゃケジメがいる。襲った連中がどこの筋か洗え。グループがあるなら潰せ。ねぇなら──詫び状と一緒に、襲撃した奴らの死亡診断書を客人に届けさせろ。それも出来ねぇなら、こっちで代わりに書いてやる」


 言葉は静かだが、重みがあった。構成員は深く頭を下げて退出する。


 それから数刻。書類をチェックしているとドタドタと慌ただしい音が耳に入り、それと共に入ってきた別の男が、やや焦った様子で口を開く。


「親分、傘下の柳東会と末広組が……川沿いの倉庫街で揉めてます。縄張りの重なりらしくて……」


 鮫淵は無言で額に手をやり、しばし黙考。報告してきた男を睨みながら苛立ちながらも落ち着いた声で確認をする。


「……あそこはどっちにも貸してる。管理料は同率で取ってるはずだが?」

「はい。ですが、警備員絡みで言い分が食い違って……」


 ボソリと心の中で「馬鹿共が…」と呟きながら伝える。


「──めんどくせぇな。まとめて黙らせろ。喧嘩両成敗でええ」


 男が目を見開くが、何も言わずに頷いた。


 まったく…単細胞のバカ共が。俺をストレスで殺す気か。とぼやくと、書類の処理を手伝っていた若頭が苦笑いをしながらコーヒーを差し出す。鮫淵はそれを飲みため息をつく。時計の音が部屋に響くしばしの静寂の後。


「車、出せ」


 鮫淵が低く告げる。傍らに控えていた若頭が一瞬、怪訝な顔をする。

 それを横目に鮫淵はボソリと「俺も行く」と言いながら、飾るように壁に掛けられた一本の日本刀に手を伸ばした。


「ちょっ、ちょっと待ってください! 傘下の組の仲裁に組長が出るとかどういう状況ですか!?」

「うるせぇ。こちとらバカ共のお守りでストレス溜まってんだ。少しは暴れさせろ!」


咥えていた葉巻を灰皿へ叩き付けるように押し付け、止める若頭に声を荒げながら睨みつける。しばらく見つめ合った後、若頭が根負けしたように俯きながら言う。


「でしたらこっちにしてください。組長が真剣振ったら死人出ます。 抗争止めるどころか戦争になりますから。」


 若頭が慌てて机の下から木刀を取り出し、差し出す。

 それは普段、鮫淵が鍛錬に使っている鉄芯入りの重い木刀だった。刃こそないが、その一撃は骨をも砕く重みを持つ。


 鮫淵はしばし黙ったまま、それを見下ろし──そして、ふっと笑った。


「……気が利くな。」


 木刀を受け取り、肩に担ぐ。


「筋を通せねぇ奴らには、身をもって教えてやるよ。街には街のことわりってもんがあんだ。」


 コートの裾を翻し、鮫淵は事務所を出ていく。

 静かに閉じた扉の奥で、嵐の足音が始まっていた。


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