第6話 密会【インウィディア・開拓区】
リメアたちが街を発つ前夜のこと。
パリオネとリメアが寝息を立てたのを確認すると、アーヴィは静かにベッドから起き上がった。
窓の外を見れば夜はすっかり更けていて、空に浮かぶ月には雲がかかっていた。
音を立てぬよう最新の注意を払いながら、アーヴィは部屋の扉をするりと抜ける。
宿を出ると人目につかぬよう、裏道を選びながら工場区の方へと進んでいった。
町は静まり返り、雲間から差し込む月明かりだけが路地裏を薄ぼんやりと照らしていた。
巨大な樹の根をくり抜いたトンネルを抜け工場区へと向かっていく。
無骨な灰色の建物の地下へと降りていくと、目張りされた小窓のある扉の前に立ち、独特なリズムでノックを繰り返す。
ほどなくしてかんぬきの外れた音が聞こえ、中からくぐもった声が聞こえる。
「入れ」
アーヴィは無言で扉を押し開く。
裸電球ひとつに照らされた、倉庫の一角が目の前に広がった。
大小さまざまな木箱が並ぶ中、薄汚れたテーブルを囲んで3人の男が酒を煽っている。
目線を上げれば、光に照らされた煙草の煙が天井付近に溜まっていた。
「なんだ、ガキじゃねぇか。つまみ出すか?」
扉の影に、もう1人。
顔の下半分を黒い布で覆った大柄な男だった。
男はアーヴィの背後で扉に鍵を掛け、舌打ちする。組んだ両腕にはびっしりと幾何学模様の入れ墨が入っていた。
アーヴィは顔色ひとつ変えず、男の目をじっと見つめ返す。
「俺はただの伝達係だ。安心しろ。雇い主から規定の金を預かっている」
「あぁ? どう見ても手ぶらじゃねぇか」
アーヴィは袖口から1枚の金貨を取り出し、親指で肩越しに弾いた。
金貨は宙を舞い、テーブルの痩せた男が骨ばった手で受け取る。
「おいガキ、舐めた態度も大概に――」
「待てゴルドス」
胸ぐらをつかみかかってきた大男を、痩せた男が制した。
「この金貨、王朝時代の代物だ。金属の純度が極めて高い上に、骨董品の価値もある。小僧、お前の雇い主とやらは何者だ……?」
アーヴィはニヤリと口の端を吊り上げ、振り返る。
「お互い深入りはしない。そのほうが身のためだろ? 俺もあんたらを詮索しない。金額分の情報をくれりゃそれでいい」
「……嫌な目をした小僧だ。で、俺達に何の用だ」
金貨を受け取った痩せ男は、トントンとテーブルを人差し指で叩く。
座れ、というジェスチャーだった。
背後でフンと鼻を鳴らす大男に目線を送ることなく、アーヴィは自ら進んでテーブルの空いた席へと腰掛けた。
「滅んだメルキオル王朝について、何か知らないか」
「……クックック」
金貨を受け取った男が、骨の浮き上がった背中を震わせる。
テーブルに座っていた他の2人も、つられ笑いをこらえていた。
「おい小僧、雇い主に言ってやれ。てめぇはまともな教育すらうけていねぇか、頭ん中は干し草でも詰まってんのかってな」
「傑作だ」
「それか、老いぼれて今朝の飯すら覚ていられねぇのかもしれねぇぞ」
ゲラゲラと下卑た笑い声が倉庫に反響する。
「あまり、調子に乗るなよ。なぜその古金貨を取引の場に持ち出したのか、よく考えろ。誰の頭に干し草が詰まってるか、ネズミ程度にでも頭が回るなら分かるはずだ」
アーヴィの挑発に、笑い声はピタリと止んだ。
室内の空気は急速に張り詰め、殺気に満ちていく。
「……口に気をつけろ」
「はっ、ご忠告どうも。で、取引は? ちなみにさっきのは前金だ。おっと、武力行使はおすすめしないぜ。この場所は割れてる。俺が戻らなけりゃ、明日には町の外に死体が4つ転がる手筈だ」
痩せた男はギラギラとした目でアーヴィをたっぷり十数秒もの間睨み続けたが、根負けしたのか、灰皿の煙草に手を伸ばした。
「メルキオル王、いや、王族たちはクーデターに乗じて逃亡したってのが通説だ。だがお前が聞きたいのは、そんな上っ面じゃねぇってことだな?」
(乗ってきた……!)
アーヴィは心のなかでほくそ笑む。
全ては計算のうちだった。
依頼主なんて存在しない。金貨は以前アーヴィがこの星に来たときに隠していた埋蔵金の一部だ。
こういったゴロツキには、この手のわかりやすいストーリーがよく効くことを、アーヴィは熟知していた。
子どもの見た目で情報をかっ攫うには、ちょっとした小細工が必要なのだ。
「あの反乱は謎が多すぎる。そもそも逃げ延びたとされるメルキオル一族について、出回っている情報があまりに少なすぎるんだ。奴らの圧政に恨みを持った連中はごまんといたはずだ。だが、奴らを匿うほどの勢力は軒並み白。逃げ隠れできるような集落もあんたらみたいなキャラバンの包囲網から逃れることはできない。……そうだろ?」
「フン、まあな。商品の安全な運搬ルートを外れれば、そこら中に魔物がうじゃうじゃいやがる。小僧の言う通り、痕跡を残さずに俺達の目から逃げることは不可能だ」
「ああ。お前たちが王族を匿っていない限りはな」
ダン、と隣で聞いていた男が、テーブルを拳で強く叩いた。
その目は怒りに染まっている。
「マルス、落ち着け。小僧も余計な挑発はやめろ。俺達のご先祖がどれだけ奴らに恨みを持ってるか、知らねぇとは言わせねぇぞ」
アーヴィは椅子の背もたれに深く背を預け、肩を竦める。
「試すような真似して悪かった。わかるだろう? 俺や俺の背後にいる連中だってクソほどに憎いのさ、あいつらがな。極端な課税、利権の一極集中。奴らには貸しがたんまりある。藪に逃げ込んだ腐りきった蛇を見つけ出すことこそ、俺達の悲願なんだよ」
それを聞いて、痩男の表情がやや和らいだ。
ピリピリしていた部屋の空気が一気に緩む。
「……なるほど。大方想像がついたぜ。詮索するつもりはねぇが、お前さんの依頼主、どっかの領主か、似たような手合だな。それなら話が早ぇ。報酬を頂けるなら知ってることは何でも話す」
「……」
アーヴィはコクリと頷くと、袖の下から追加の金貨を5枚テーブルに転がした。
痩せた男の目元がピクリと動いたのを、アーヴィは見逃さない。
「で、どうなんだ。奴らの足取りについて、なにか知っているか?」
男は煙草の煙を天井に向かって吐き出すと、身を乗り出し、声を潜めて話しだした。
「これは俺の叔父に聞いた話なんだが、奴らは、メルキオル王族は、ほぼ確実に……あの旧王城で、ひとり残らず全員殺されている」
「なんだと?」
今度はアーヴィが目を細める番だった。
(馬鹿な。腐ってもメルキオルの一族だぞ。俺ほどの不死属性はなくとも、不老は確実、回復力も一般人とは比べ物にならねぇはず……)
目を伏せ、思案するアーヴィに痩せ男が楽しそうに付け加えた。
「殺したのは、クーデターを起こした市民じゃねぇ。あの内乱は端からおかしかったんだ。裏で手を引いていたやつがいる」
「それは……どこのどいつだ?」
「さあな。だが、王政が倒れ、新たに台頭した勢力はなんだ? 魔物が凶暴化し、魔王が現れるようになって、誰が一番得をしている?」
「………………ギルド、か」
アーヴィは口に手を当て、目線を痩せ男に送る。
男は否定も肯定もせず、満足気に煙草の灰を灰皿に落とした。
沈黙が、何よりの答えだった。
「気をつけろよ。一夜にして王都は落ちた。外部からの侵攻でそうやすやすと落ちる城じゃねぇ。俺の見立てじゃ、歴史の教科書は嘘っぱちだ。市民のクーデター? 笑わせる。この星最大の都はな……内側から崩されたんだよ」
「……なるほど。筋が通った話だ。あんたと、あんたの叔父さんに礼を」
「せいぜい気をつけろよ。昔の胡座をかいて腹を肥やすだけの王族はもういない。俺が言いたいことは……分かるよな?」
「あぁ」
アーヴィは席を立つと、テーブルに背を向けて歩き出す。
大柄な男が道を開け、入口の扉に手をかけたところで、アーヴィは動きを止める。
脳裏にひとりの少女の顔がよぎったからだった。
「なぁ、もうひとつ聞いてもいいか」
痩せた男は節くれだった指で、テーブルの上の金貨を指差す。
アーヴィは舌打ちをしながら、もう1枚金貨を放り投げた。
「まいど。で、まだ聞きたいことでもあったのか?」
「この町に高名な冒険者を排出する名家があったはずだ。確か、娘は重い病気を患っているとか。知っているか?」
男は新しい煙草に火を着け、天井に向かって煙で輪を作りながらポリポリと頭をかく。
「あー……、ああ、知ってるぞ。ここいらで有名だといえば、アッシュオーク家だろう。名前は忘れちまったが、確か三女だな。この村の発展に寄与したいけすかねぇ家だ。可哀想なこった、あの両親の下じゃまともに冒険者をやれねぇ子供に人権はねぇだろうに」
「詳しく、聞かせてもらおうか……」
アーヴィの秘密の会合は朝日で遠くの山間が白む頃、ちょうどパリオネが市場へ旅の買い出しに出かける時間まで続いたのだった。
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