第9話 アリシアの日記【フェニス第3従響星】
リメアは、ごくりとつばを飲み込み、濃い血痕のボタンから掠れた血痕のボタンへと、順に押していく。
カシャッ、と軽い音とともに蓋が開いた。
リッキーと顔を見合わせ、覗き込む。
中に入っていたのは、携帯食の包み紙だった。
それもただの包み紙ではない。
びっしりと、文字が綴られた包み紙だ。
「日記、でショウか? 携帯食の配給日付が、日記の内容に対応しているようデス」
「よ、読んでもいいのかな?」
「アリシア様の行方の、手がかりになるかもしれまセン」
「……うん」
リメアは、奥の方にある包み紙から、読み始めた。
◯月☓日 配給分
あいつら、本当に陰湿。わざと見えないところばかり狙ってくる。
しかも、無駄に手加減うまい。
それだけは褒めてやる。
お陰で通報もできない。
まあ、通報したところで、無視されるか、面倒事持ち込むなって怒鳴られるだけだ。
何も面白くない。なんのために生きてるかわからない。クソ人生。
「……孤児院の頃の日記みたいデスね」
「うん、そうみたい。……えっと、あ、ここからわたしの名前が出てくるよ」
□月◯日 配給分
どうしよう、やばいやばい。宇宙から来た、リメアって子と裏庭の丘下で会っちゃった。
すごい変わってるっていうか、世間からズレてるっていうか。
でも、びっくりするほど力持ちで、かわいい。
なにより、あの子のことを知ってるのは、今、私しかいない。
あーどうしよ。仲良くなって、あいつら全員ぶっ飛ばしてくれないかな。
なんとかして味方につけたい。
……こんな事考えてたら、嫌われちゃうかな。
□月△日 配給分
こんなつもりじゃなかった。
私は、リメアを利用して、ちょっとだけ今の生活をマシにしたかった。
それだけなのに。
なんで、携帯食、持ってっちゃったの。
なんで、食べ物で釣って、好感度上げるだけにできなかったの。
私は、リメアと友達になって、どうしたかったの。
わからない。
自分でも、なんであんなこと言ったのか、わからない。
でも、あの音だけがやたら耳に残ってる。
携帯食を、分けるときのあの音。
確かに、ちょっと憧れてた。
誰かと、携帯食を分け合うの。
はぁ、なんだか今日は気持ちが浮ついてうまくまとまらない。
なにこれ。
「アリシア……」
「……続きを読みまショウ」
□月▽日 配給分
言っちゃった。
何考えてんだろう私。
よりにもよって、保護者になるだなんて。
あのときはどうかしてた。
ていうか最近、どうかしてる。
リメアと出会ってから、ぜんぶおかしい。
だって、毎日が楽しい。
こんなのって、変。
別に生活が良くなったわけじゃない。
相変わらずあいつらからの嫌がらせが終わったわけでもない。
将来が明るくなったわけでもない。
でも、楽しい。
リメアは、いつもアリシアって呼んでくれる。
すごく新鮮で、いつも泣きそうになる。
□月☓日 配給分
リメアが、やってくれた。
あいつらに、反撃してくれた。
最初は、最悪だと思った。
出会ったときはこうなればいいと思ってたくせに。
沢で遊んだことをあいつらに嗅ぎつけられて、シェルターまで行かざるを得なかった。
終わりだと思った。
リメアが力で負けることはないと思ってた。
でも、あいつらは手加減しないし、リメア子供だから、万が一があるかもって。
怖かったけど、初めて抵抗できた。
結果はボロボロだったけど。
そんな姿も、リメアには見られたくなかったな。
でも、リメアは、私に変わらず接してくれた。
抱きしめてくれた。
死んでもいいと思った。
私は、謝らないといけない。
ううん、謝るんじゃなくて、私にできることをしないといけない。
明日、精神調査と成人鑑定がある。
きっと、うまくいく。
今までと違うって、自分でも分かるの。
長くなくていい。
意味がある人生を、送りたい。
◯月◯日 配給分
やった。
やった、やった。
私、大人になったんだ。
もう、大人の顔色を見なくていい。
あいつらと顔を合わせなくていい。
自分の時間を、自分の好きなように過ごしていい!
あいつら、ちくりやがった。
最後の最後まで性根の腐った奴ら。
でも、もう関係ない。
職場は一番金払いのいいところに決めた。
シフトは自由に組めて、軽作業。
なんでこんな高待遇があるのかって思ったけど、まあ、どうせ孤児の仕事なんてろくでもないものばっかりだ。
せめて給料さえ良ければ、リメアとの生活が楽しめる。
バカンスとか、ほんとに行けたらいいなぁ。
いや、そんなことよりまず、家探しだ。
2人で住めそうな家を、探さないと。
「……ここから、引っ越したあとの日記みたいデスね」
「………………うん」
◯月△日 配給分
クソ、クソ、クソ!
何だよこれ、詐欺だろ!
とんでもない仕事だった。
ふざけるなよ。
何がホワイトだ。
薬剤ぶち込んで、体感時間引き伸ばして、ひたっっっすら終わりの見えないシステムのアップデート&データ修正。
控えめに言って、イカれてやがる。
あー、やばい。
薬が切れてきた。
これ、相当やばいんじゃないの?
だってそうでしょ。
1日仕事しただけなのに、体感1ヶ月以上とか、どんな薬だよ。
とりあえず忘れないように、職場で私は81番。孤児院のときの18番とは逆で覚えやすい。
あー、これはやばい。
本当にやばい。
リメアには、言えない。
◯月△日 配給分
痛い。
痛い痛い痛い痛い。
痛いのが、どこかわからないぐらい痛い。
リメアには、見せられない。
だめだ、今日は書けない――。
◯月▲日 配給分
やっと、薬が抜けた。
締め切ってた部屋が変な匂いになってる。
こまめに換気しないとやばいな。
ICチップ確認したら、ちゃんと給料は入ってた。
あんだけ働かされて、給料もなかったら、ほんとにやばい。
でも、これだけのお金があれば、ちょっとだけマシな生活ができるかもしれない。
決めた。
明後日の仕事前に、このしみったれた孤児院服を卒業しよう。
商店街の服屋で、なにか買おう。
それくらい、いいよね?
……私は、リメアのために何ができるんだろう。
「……リメア様、大丈夫デスか?」
リメアは静かに首をふる。
何度、天井を仰いだかわからない。
何度、袖で目を押さえたかわからない。
それでも、目を背けたくなかった。
アリシアから、逃げたくなかった。
「最後、まで、見る」
△月△日 配給日
今日は引っ越してからちょうど1ヶ月だった。
リメアが、お祝いしてくれた。
クレヨンあんなに使っちゃって。高かったんだぞ、あれ、すごく。
でも、嬉しかった。
きっと笑われちゃうかもしれないけど、初めてだったもんな。
ああやって、お祝いするの。
ここが私の居場所だって、思えた。
リメアだけは、いつだって、私をアリシアって名前で呼んでくれる。
私がここにいていいんだって、教えてくれる。
それだけで、生きていける。
キツくっても、辛くない。
だから、私は頑張んないといけない。
ハンバーガーって、聞いた時冗談かと思った。
超高級食じゃないのよ。
でも、リメアが食べたいって言うなら、それを叶えてあげたい。
きっと、それが私にできる唯一の恩返し。
シフト、増やさなきゃ。
「う゛ぅ、うぅううう!」
耐えきれず、嗚咽が漏れた。
あのハンバーガーを買うために、アリシアがどれほどの覚悟を持っていたのか。
どれほどの、労働に耐えたのか。
想像すらできない。
それなのに。
「わたしは、アリシアが、がんばって買ってくれた、ハンバーガーを、ハンバーガーを!」
「……リメア様」
「どうして、食べてあげられなかったの! 見た目なんてどうでも良かった! あれは、アリシアの、アリシアの! どうして!!」
「リメア様、後悔はあとデス。今はアリシア様の行方ヲ」
あとからあとから溢れ出る涙を拭い、真っ赤になった目で続きを読む。
△月■日 配給分
あー、とうとう、やっちまった。
はは、もう、これダメだわ。
体が、ボロボロだ。
歯もグラグラするし、ハンバーガーの味もしなかった。
食べた瞬間戻すとか、もう、限界だよな。
悪い癖、出ちゃったな。
気がついたら食べてた。
リメア、怖がらせてごめん。
でも、これが私なんだ。
一生懸命、しっかりしてみたけど、この程度なんだ。
ごめん、ごめん、ごめん。
ハンバーガー、ちゃんとしたところで食べさせてあげたかった。
なにが、いけなかったんだろ。
一番いいやつ、頼んだのにな。
リメア、私のこと、嫌いになっちゃったかな。
ごめん。本当にごめん。
救急車の代金、えげつないな。
このままだと、リメアがこの家から追い出されてしまう。
それだけは。
それだけは勘弁だ。
嫌われてもいい。この家だけは、残さないと。
だめだ、やっぱり、嫌。
いや、いや、いやいや、嫌っ!
嫌われたくない! 嫌われたくない!!
笑ってほしい。
いつもみたいに、おはよう、アリシアって、言ってほしい。
それがないと、私は、耐えられない!
仕事して、鼻血出して、仕事して、血を吐いて、それでも生きていたいって思えたのは、リメアがいたからなんだ。
私には、リメアが必要なんだ。
リメアがいないと、私は、私は、
空っぽなのよ。
ずっとずっと空っぽだったんだ。
あの子がそれを満たしてくれた。
そうしてやっと、アリシアになれたんだ。
81番は嫌だ。18番も嫌だ。
私は、アリシアで、いたい。
だから、私は、這ってでも仕事をしないといけない。
ノルマが終わるまで、みっちりやり切る。
たとえ帰る時間が遅くなっても、リメアに、心配されたとしても。
私は、やるんだ。
絶対に、やるんだ。
それが、最後の日記だった。
「……リメア様」
「……う゛ん……、分かってる。アリシアは、ちゃんと仕事に行った。なにかあったとしたら、仕事場か、それまでの道」
リメアはずびっと鼻をすすり、立ち上がる。
「探しに行かないと!」
「――リメア様ッ!」
リッキーが大声を出す。
「日記の奥に、社員証が!!」
「っ!」
リメアは日記ごと社員証を鷲掴みにし、部屋を飛び出す。
行き先は決まっている。
通行人をかき分け、全速力で駆けていく。
路地裏、スーパー、街頭の影。
アリシアが倒れていないか、目線を送ることを忘れずに。
「住所から読み取ると、あと10km先の工場デス。道は一本道、急ぎまショウ」
「うん!」
不安定な空の下、黒髪の少女は、ひたすら走る――。
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