六章 28話
電車に揺られる事30分程。肩からカメラを収納したバックを掛け、駅を下り歩いている。日頃使わない駅なので、どのくらいの人が日頃利用しているかは不明だが、かなりの人がほぼ同じ方向へと向かい歩いていた。自身もその波に乗り闊歩すること約10分。目の前には競技場が見え、そこに多くの人が吸い込まれる様に入っていく。そんな中、受付という張り紙のあるテントを見つけそちらに向かうと、見慣れた風貌の人物が立っていた。俺はその人物に近づいて行くと、彼も自身に気づいたらしく、手を振った。
「佐藤。こっち」
「後藤先生。今日は早いですね」
「はあーー 何だよ。いつも俺が遅刻してるみてーな言い方じゃねーか」
「いや結構授業遅刻してきてますよ」
「…… 覚えねーな。そんなことより、これ」
そう言うと、彼から腕章を渡された。
「許可は取ったから」
「有り難うございます」
「なーに。一校に2人迄は撮影許可おりるから問題ねーよ。だいたいこっちは撮るのマネ1人でも十分だし」
「とりあえず念押ししときますけど、俺。筒宮しか撮りませんよ」
「分かってるって。その代わり…… しっかり筒宮撮ってやれ」
「…… はい」
「後、終わったらその腕章俺に返して。うちの学校がいるスタンドはっと」
すると、後藤はパンフを取り出し、場所の説明をし、続けて、800mのスタートと、ゴールの場所を俺に伝えた。その情報を元に最前の場所を確保する為、俺は競技場に足を踏み入れる。と、俺の名が背後から呼ばれ、振り向いた視線の先に息を切らし駆け寄ってきた女性がいた。
「佐藤君。おはよう」
「おはよう」
「買い物以来でいきなり声掛けてごめんね」
「いや別に構わないから柳原さん」
すると彼女は息を整え、俺の顔を見ると、軽く頭を下げた。
「かのかから話は聞いています。今日が、もしかしたら…… 最期になるかもしれないので、よろしくお願いします」
「…… ああ」
すると目の前の彼女が微笑を浮かべつつ、言葉を紡ぐ。
「でも、今回の話し聞いてびっくりしました。結構っていうか思っていた以上に仲が良いだなって。かのか、人に頼られる事あっても自分から頼ったりしないで一人で解決しようとするから。佐藤君信頼されてるね。まあ本人自覚してるのかが不明だけど。なんせちょっと察しの良くないところあるから」
「同感です」
「でしょーー」
その直後、今度は聞き慣れた声が俺の名前を呼び、近づいてきた。
「碧、いたいた。葉実見つけたぞ」
「声大きい、赤砂」
「あれーー 柳原さん? だよね」
「はい。文化祭の買い出しの時は有り難うございました」
「いやあの時はたまたまって言うか。でも楽しかったな。日頃ああいった感じの店行かないか斬新って言うか」
「はあ?」
鋭い眼光が神崎から向けられ苦笑いを浮かべる。
「そ、そんな怖い顔しなでくれよ葉実ーー って言うか何か勘違いしてない? いや絶対してる!!」
だが、その言葉により、更に彼女の視線が冷ややかさを増し、修羅場と化そうとなっていた。俺はすぐさま隣にいた柳原を紹介し、先の経緯を伝えてる。すると、神崎の表情がすに戻っていき、修も胸を撫で下ろした様な顔つきになった所で、話を続けた。
「で、修達は?」
「勿論、筒宮さんの応援よ」
「神崎さんそうなんですか!! きっとかのかも喜びますよ。じゃあ早速席行きますか。事前にかのかにベストな場所聞いておいたんです」
「ナイス!!」
「有り難いわ。是非お願い」
「ええ」
「碧は?」
「俺は、こっちの最前席」
「場所違いますね」
「じゃあ碧、俺等こっちだから。お前は気張って撮れよ」
「愚問だな」
そう言い互いに笑みを交わし分かれる。俺は、すぐさま目的の場所まで向かうと、最前列を陣取り、準備を始める。
そんな経緯を経る事1時間、競技は開催され粛々と進行していく。時たまタイムレコードが出たのか、会場がざわめく事もあったが、俺はあまり、それについて反応はしなかった。と言うより自身に余裕がないのだ。
人物を撮るのが久々というのもあるが、それ以上に彼女のおかれた立場から考えて、俺にその責任を全う出来るか不安でならないのだ。
今もその重圧のせいか気持ち手が震える……
数日前かのかが家に来て写真を見ていたあの日、彼女から頼まれたのだ。
この大会での彼女自身を写真で収めて欲しいと……
真剣な面もちで、俺を見つめ、思いを伝えるかのかの姿が脳裏を過る。
『私、今回の大会に出る事にする。ただ、今後の事を考えると、きっと今しかベスト記録が出せないかもしれない。ううん今回だって試合中にもしもの事があるかもしれないけど。今、この一番上向きの時に、私の出来るだけの事をしたいの。ここで、棄権して、手術をしたとしてもはっきりした事が言えないのなら、今まで努力した自分を出したい。それで最期だとしても、悔いはない。そして、その時にやりきった自分を誇れて、追々乗り切ったねって思えるように…… 記録として残したいなって。碧映君が人を撮りたがらいの知った上でのお願いだから。断ってもらっても良いだけど…… 私は出来るなら碧映君に撮って貰いたい』
彼女からあんな真剣な顔で懇願されたら断る事など出来るわけがない。
そしておもむろに左手首を見る。うっすらとではあるが、痣が浮かぶ。
俺自身気づいたのは、最近のことだが、この要因には心当たりがある。
母親が出国しようとした時、接骨院でのかのか……
(泣きそうな表情なのに必死に俺に訴えて……)
母子の関係に関して、長いつきあいの修や、神崎。祖父までも腫れ物に触るかの様な態度だったというのに、かのかはそんな空気を一変してくれた。
(それで、最後に親父みたいに笑っていて欲しいだ)
そんな彼女に好意を持たない方がおかしいわけで、自身が愛念抱くかのかのたっての希望でありそれに答えないなど、男が廃る。
俺は左手首の痣を右手の指でなぞり、そして強く手首を握るとトラックを見つめる。
その時アナウンスが流れた。
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