第9話

 次の朝は、いつもどおり、元気になっていた。

 おじいちゃんと一緒に、朝の搾乳に行き、仔牛に牛乳をあげ、その後「人隠しの穴」へ行った。

 リキは僕の足音が聞こえると、すぐに近寄ってきて、体にしがみつき、よじ登ろうとしてきた。

 僕達はまた一緒に、森の中を遊び回った。もちろん、宿題もやった。図工の宿題で、思い出のシーンを画用紙に書くというもの。僕は、リキの顔を書いた。リキにも、クレヨンと画用紙を渡してみた。リキは、十二色あるクレヨンの中から緑色を選んだ。そして匂いをかいだり、口にくわえたりしてから、僕の真似をして画用紙に何かを書き始めた。その絵は、クチャクチャにも見えたけど、ジャングルにもみえて、サキちゃんも高杉先生も「なかなか味があるねえ」と誉めた。リキは口をつぼめて、得意げな顔をした。

 夕方、僕は、おじいちゃんとおばあちゃんと一緒に、お祭りに行く約束をしていた。

「リキ、今日はお祭りがあるんだ。一緒に行けたらいいんだけど、みんながリキをみたらパニックになっちゃうから、森の中で待っていてね。何かお土産を買ってくるからね」

 と言ったけれども、リキは森の出入口までついてきた。

 さみしそうな顔をして立っているリキがかわいそうだった。でも、おじいちゃんとおばあちゃんも、僕と一緒に行くのを楽しみにしているし・・・。ごめんね、リキ。そう思いながら、小走りして、おじいちゃんの家に戻った。

 お祭りは神社の境内でやっていた。太鼓の音や、笛の音、人が歩く草履や下駄の音、屋台の呼び込みや、子供の笑い声、大人たちの挨拶する声でとても賑やかだった。村中の音と人が集まっているみたいだ。

鳥居の下の参拝所に続く道には、ヨーヨーや金魚すくい、きれいな飴やガラス細工、綿菓子やリンゴ飴などのたくさんの屋台が、ぎっしりと並んでいた。

 僕は、スーパーボールすくいをして、綿菓子と、ラムネを二本買ってもらった。

 おじいちゃんは、寄り合い所でお酒をご馳走になって、おばあちゃんは、盆踊りを踊りに行った。僕は、おじいちゃんにもらったお小遣いで射的をやった。すると、知らない子が話しかけてきた。

「おまえ、山中牧場の子か?」

「ううん。山中牧場は僕のおじいちゃんの家。今、夏休みだから遊びに来ているだけだよ」

「ふーん。あのさあ、あそこに森があるだろ? 入った事あるか?」

「うん。あるよ」

「あそこに、サルがいるっていう噂で、見たっていう人がいるんだけど、おまえも見たのか?」

 と、言った。僕は焦った。

「見たことないよ、サルなんて」

「そうか。なあ、今度友達連れて遊びに行ってもいいか?」

「うん。いいよ」

「俺、大地って言うんだ」

「僕は、草太」

 大地君は、射的でとった景品のキャラメルを僕にくれ、「じゃあ、また」と言いながら走り去っていった。

 僕は、嘘はついていない。だって、リキはサルじゃないもの。ゴリラだもの。でも、本当に大地君が友達を連れて遊びにきて森に入ったりしたら、リキの事は隠し切れないだろうなあ。

 寄り合い所でお酒をご馳走になってほろ酔いのおじいちゃんとおばあちゃんに、先に帰る事を告げ、サキちゃんに頼まれたタコ焼きを買って、森へ戻った。

 リキは、藁の上で退屈そうに寝転がっていた。サキちゃんと高杉先生は、いつもながら本を開いて調べ物をしていた。

 リキは僕を見ると、うれしそうに起き上がって近寄ってきた。僕達は一緒に綿菓子をちぎって食べ、ラムネを飲んだ。リキは、ラムネの中身よりも、ビンの中でカラカラ音をたてるビー玉が気になるみたいで、ビー玉取りに夢中になっていた。リキがビンをふる度に、ガラスとビー玉があたる涼しい音がした。その時「ヒュルルルル、ドーン」と、花火が上がった。大きな音と、見た事もない花火に、リキは驚いてビンを放り投げてテントの中に隠れてしまった。僕達が「おいで、大丈夫。花火、花火」といって誘っていると、警戒しながら少しずつ僕達の方に近寄ってきて、一緒に並んで花火を見た。

 真っ暗な夜空に、色とりどりの花火が、現れたり消えたり。花火の雫が、ガラス窓をつたう雨粒みたいに、空からスーと流れ落ちてくる。とてもきれいだ。リキはじっと花火を見つめていた。

 その夜リキは、「人隠しの穴」の奥を見つめ、じっと何かを考えているように座りこんでいた。まるで、何かの音を聞き分けているみたいだった。時々立ち上がって、ペコペコペコとドラミングをし、「グッ グフウウウム、グッ グフウウウム」とゲップのような音を出していた。

僕は、リキが穴の中に引き込まれていくようで、心配になって「リキ!」と呼んだ。リキは何事もなかったように普通に振り向いて、僕達の方に近づいてきて、ちょこんと座った。

 サキちゃんと、高杉先生と、僕と、リキ。皆で輪になってリキの行動を観察しながらいろいろ喋っていたら、高杉先生が、突然話を切り出した。

「実は今日、知り合いの動物園の園長さんに、リキの事を話してみたんだ。そしたら、とりあえずリキを見て、確認したいそうだよ。それで、明日ここに来てもらう事にしたんだ。いいよね?」

 僕は、嫌だとは言えなかった。リキの事を考えたら、一番いい方法なのかも知れない。それに、動物園なら会いに行く事ができるから。

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