第3話

 おじいちゃんがプップーっとクラクションをならすと、その家の中からおばあちゃんとタロウが出てきた。おばあちゃんはニコニコしながら手を振っていて、タロウはパタパタとシッポを振っていた。

「よく来たね、草太。大きくなって。さあ、家の中に入って。スイカを冷やしておいたから食べなさい」

 タロウは僕の足元に寄って来て、クンクン匂いを嗅いでいた。タロウも僕の事を覚えているのかなあ。しゃがんでタロウを抱きしめると、僕の顔をペロペロなめた。

 おじいちゃんの家は、僕が住んでいるマンションに比べるとすっごく広いし、昔話に出てくるみたいな家だ。僕は、リュックと水筒をおいて、家中の部屋を見て回った。

 からくり屋敷みたいに部屋がたくさんあって、ふすまを開けると隣の部屋に続いている。仏壇っていうものが置いてある部屋があって、お線香の匂いがした。壁の上の方には、額縁に入った古い白黒の写真がたくさん並んでいた。お年よりの写真や、学校の制服を着たお兄さんの写真や、子供の写真もあった。仏壇には蝋燭とお線香、お菓子や果物の缶詰も置いてあった。この部屋は、何だか怖い気がした。

 それから、囲炉裏のある部屋もあった。庭に面した所には縁側があって、猫が昼寝をしていた。

 縁側に面した所にも幾つか部屋があって、一つ一つ見ていったら、おばあちゃんよりもおばあちゃんみたいな人が、うちわを扇ぎながら寝転んでTVを見ていた。僕は直ぐに、お母さんが言っていた、おじいちゃんのお母さんで、大ばあちゃんだと思った。

「誰だ?」

大ばあちゃんは、こっちも見ずに言ったので、緊張しながら、

「草太です」

 と、答えた。そしたら、大ばあちゃんは、チラッと僕の方を見て、ニッって笑った。

「草太?・・・・・・よく来たな。たくさん泊まってけな」

「はい!」

 僕は、そっと障子を閉めた。

 奥の方にも部屋があったけれど、そこは暗くてちょっと怖いから近づくのをやめた。

 僕が、こんなふうに家の中を探検していると「わっ!!」っと、後ろから誰かが脅かしたんだ。僕はビックリして「ヒャー!!」って言いながら振り向いたら、サキちゃんだった。

「オッス、草太! 元気そうじゃん」

 サキちゃんは、髪が短くて、お母さんみたいにお化粧もしてなくて、いつもズボンをはいていて、かっこ良くて、優しいんだ。

 僕は「サキちゃーん」って言いながら飛びついた。サキちゃんは、ボクをギュッと抱きしめてくれた。

「おばあちゃんがスイカを切って待っているから、行こう」

 サキちゃんと縁側に行くと、大ばあちゃんとおじいちゃんとおばあちゃんが待っていた。おじいちゃんは、スイカを食べながら、種だけを庭に向けてペッ! ペッ! と、飛ばしていた。おもしろそうだったので、僕も真似をしてみた。ペッ! ペッ! こんな事、マンションのベランダでやったら、お母さんがすっごーく怒るだろうなぁ。

 スイカを食べた後、おじいちゃんとサキちゃんと一緒に、牛舎へ向かった。

 牛舎は、裏の畑を通りこし、田んぼのあぜ道を歩いて行くと、直ぐに着いた。

 倉庫みたいな大きな牛舎には、牛が二列に並んで牧草を食べていた。そして、もう、ヘルパーさんたちが、搾乳の準備を始めていた。

 牛が牧草や飼料を食べている間に、健康チェックや、搾乳をするんだ。僕はおじいちゃんが搾乳する様子をじっと見ていた。

 まず、牛のお乳の辺りをタオルで丁寧に拭き洗いして、消毒をする。それから、ミルカーという器械を牛の長いおっぱいに取り付ける。牛のおっぱいって四つもあるんだよ。牛乳は、パイプを通って、バルククーラーの中に入って行く。すごいぞ! あっという間に、パイプの中に牛乳が吸い込まれ、流れていく。

 バルククーラーにたまった牛乳は冷たく保存され、次の日にタンクローリーで運ばれるんだ。パンパンにはっていた牛のおっぱいが、しょぼしょぼになると、次の牛に順番がまわる。

 一頭が出す牛乳の量は、一日だいたい20から30リットルくらい。牛乳パック20本から20本位なんだって。

 2時間位で全部の牛の乳搾りが終わる。牛は時々、大量のおしっこやうんちをするから、牛のお腹の下に入って、しゃがみながらミルカーを取り付ける時は油断できないんだ。牛がしっぽを上げた時が、トイレの合図だ。そういう気配を感じたら、逃げれば大丈夫。気が荒いやつは蹴ったり、しっぽで叩いたりする。サキちゃんも、何回も蹴られたり、しっぽを当てられたらしい。

 僕は、牛の下に入っておっぱいを手で触ってみた。最初は怖かった。だって、大人よりも大きな牛のお腹の下にしゃがみ込むんだもの。でも、おじいちゃんが僕の後ろでサポートしてくれたし、「この牛はおとなしいから大丈夫だ」と言ったので、僕は挑戦してみたんだ。お乳がたまっている牛の大きなおっぱいは暖かく、チクチクした毛と、ボコボコした血管の感触がした。手のひらを握って搾ってみたけれど、なかなか牛乳が出てこない。おじいちゃんが、見本をみせてくれた。

「ほら、こうして親指から順番に握っていくんだ」

 おじいちゃんが絞ったら、牛乳がビュッと、水鉄砲みたいに勢いよくバケツの中に入った。簡単そうに見えたけど、僕には上手に絞る事ができなかった。それで、乳絞りは諦めて、牛が牧草を食べているところを見ていたら、サキちゃんが「草太、こっちに来てごらん」と僕を手招きした。僕はサキちゃんがいる所に行くと、そこには仔牛達がいた。サキちゃんは仔牛のために、搾り立ての牛乳をバケツに入れて飲ませていた。バケツの下の方にはゴムでできた牛のおっぱいみたいなのが一つ付いていて、仔牛はそこからチュウチュウすごい勢いで牛乳を飲んでいた。

 僕はサキちゃんにお願いして、やらせてもらった。今は5頭の仔牛がいる。仔牛でも、すごい力があって、しっかりバケツを持っていないと、引っ張られてしまう。そして、全部飲んだ後、僕の手を仔牛の口の中に入れて吸わせるんだ。そうすると、消化にいいんだって。仔牛の口の中はネバネバしているけれど、歯がなくて、上あごの感じがなんだかくすぐったい。

 僕は、手を吸わせながら、仔牛の頭を撫でてみた。いがいと骨っぽくてゴツゴツしていた。でも、すごーくかわいかった。黒い瞳で僕の事をじっと見つめているんだ。その日から、これは僕の仕事の一つになった。

 片付けや掃除、搾乳機の消毒が終わると、一日の仕事が終わる。ヘルパーの人達は、みんなそれぞれの家に帰り、僕達も家に戻り、おばあちゃんが作ってくれた夕ご飯を食べた。

 夕ご飯の後、おじいちゃんと一緒にお風呂に入った。おじいちゃんの家のお風呂は、木を燃やしてお湯を沸かす昔風のお風呂だった。お風呂場の窓を開けると、温泉の露天風呂みたいに涼しい風が入ってきて、パチパチと木が燃える音が聞こえた。

 お風呂からでて、さっそくお母さんが送ってくれたダンボールの中からゲームを出して、居間でセットをしていると、おじいちゃんが、興味津々な様子で近寄ってきた。

「何だ、それは?」

 僕はゲームのやり方を教えてあげて、一緒にゲームをした。僕とおじいちゃんがゲームに夢中になっている時、お母さんから電話がかかってきた。

「草太、どう? 無事に着いたのね? 今何しているの?」

「おじいちゃんと一緒にゲームしてたんだ。今日はね、搾乳の手伝いをしたんだよ。それから、仔牛にミルクもあげたんだよ」

「そう、良かったわね。しっかりお手伝いするのよ。それから、宿題もやって、ゲームは一日2時間、休憩もいれてね。寝る前には、歯磨きも忘れずにね」

「わかってるよ」

 僕は受話器をサキちゃんに渡し、又ゲームに戻った。

 9時頃になると、おじいちゃんはタロウを連れて牛舎の見回りに行く。僕は、それにもついて行った。普段ならもう寝る時間だけど、全然眠たくなかった。眠るのがもったいない気がした。もうすぐ赤ちゃんが生まれる牛がいるから、様子を見るためにサキちゃんも一緒に行った。

 家の中を一歩出ると、外はとても暗かった。

「草太、田舎の夜は暗くて怖いでしょ? 黒って感じがしない? 都会の夜は、コンビニとか、自動販売機とか、建物の明かりなんかで、真っ暗じゃないからね。これが本当の夜の暗さなんだよ。だからほら、星がたくさん見えるでしょ」

 見上げると、星がたくさん輝いていた。星って、双眼鏡や天体望遠鏡がなくても、こんなにはっきりと、たくさん見えるものなんだ。プラネタリウムみたいだ。それに、耳を澄まさなくても、虫やカエルの鳴き声が聞こえる。それから、森の木々が、サワサワサワサワと、風に揺れる音がする。森全体が生き物みたいで、少し怖い。

 僕は、おじいちゃんとサキちゃんの後ろを、おいていかれない様に少し早足で歩いた。おじいちゃんは歩くのが早いから、しっかりついて行かないとはぐれてしまう。時々タロウが、僕がついてきているか確認するみたいに振り向いていた。牛舎はすぐ近くなのに、暗闇の中では遠く感じる。僕は懐中電灯をしっかり持って、牛舎の明かりを目指して歩いた。

 見回りは、すぐに終わった。牛たちも、毎晩の事だから驚いた様子もなく、リラックスしているようだった。

 夜は、サキちゃんの部屋で、サキちゃんのベッドの横に布団を敷いてもらって、そこで寝た。夕方になると、サキちゃんは蚊取り線香に火をつけるから、サキちゃんの部屋は香取線香の匂いがする。サキちゃんはこの匂いが好きなんだって。「夏の匂いだ」なんて言っていた。

 サキちゃんも宿題を持ってきたらしいから、一緒に勉強をしたんだけど、サキちゃんはすっごくたくさんの本を見ながらパソコンで論文って言うのを書いていた。

 僕の宿題は、夏休みの友と、日記と、自由研究と、図画と読書。

 でも、今夜はもう眠たいから、明日の朝やろう。

 僕は布団に入りながら本を開いていたけれど、一ページも進まないうちに眠ってしまった。

 こんなふうにして、僕の田舎での一日目は終わった。

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