第2話
ガタゴト揺れる電車の中で、僕は窓から見える外の景色を見ていた。
さっきから、だいたい同じ景色が続いていて、すごく退屈。こんな事ならゲームをダンボールに入れないで、リュックに入れて持ってくれば良かったと後悔していた。
僕が住んでいる街の景色とは違って、ビルもマンションもない。あるのは、青い空と、白い雲と、緑の山。時々、畑や田んぼが見え、花が咲いていたり、麦わら帽子をかぶった人が見えたりした。
お父さんが、途中の駅まで送ってくれて、そこからは僕一人でこの電車に乗ったんだ。
「2時間もすれば終点だから、ずっと乗っていれば着くからな。駅には、おじいちゃんが迎えに来てくれているから。おじいちゃんとおばあちゃんの言う事を、ちゃんときくんだぞ」
そう言いながらお父さんは、電車が動き出すまでホームに立って見送ってくれた。
僕は、少しさみしい気持ちになったけれど、周りには人がいたから平気そうな顔をして、お父さんに手を振った。
お昼頃になってもまだ終点の駅には着かなかったので、お母さんが作ってくれたおにぎりを食べ、水筒の麦茶を飲みながら昆虫図鑑を見ていた。時々止まる駅で、人が何人か降り、電車はどんどん空いていくので、僕は少し不安になった。
本当にこの電車で間違えないだろうか? お父さんは終点まで乗っていればいいって言っていたけれど・・・。
僕がキョロキョロ辺りを見回していると、別の席にいたおばさんが、声をかけてくれた。
「ぼうや、一人? 何処まで行くの?」
「おじいちゃんの家までです」
僕は、ポケットから切符を出して、おばさんに見せた。
「ああ、もう直ぐだよ。私も同じ所までなのよ。ぼうや、これ食べる?」
袋から出して手渡してくれたそれは、黒くて、ウインナーみたいな形をしている、見た事のないものだった。
「これ、何?」
僕が聞くと、おばさんは笑いながら、
「カリントウだよ。甘くておいしいお菓子」
と、教えてくれた。
僕は、カリントウを一つもらって食べてみた。何だか、甘いような苦いような不思議な味だった。
電車はやっと終点の駅についた。電車から降り、ホームに立つと、
「草太!」
大きな声で誰かが僕の名前を呼んだ。振り向くと、麦わら帽子を振りながら、ニコニコ笑っているおじいちゃんの姿が目に入り、すごくホッとした。
「おじいちゃん!」
僕は、手を振った。
電車の中で、カリントウをくれたおばさんとおじいちゃんは、知り合いだったようで、立ち話しをした。それから、おばさんは、僕を見て「じゃあ、またね」と言って、改札口の方へ向かって歩いて行った。
おばさんと別れてから、おじいちゃんは、僕をじっくり見た。
「大きくなったなぁ、草太。みんな首を長くして待っているぞ。さあ、行くか」
僕達は改札口の方へ向かった。
改札口には、自動改札機がなくて、人もいなかったので、僕が困って立ち止まっていたら、おじいちゃんがそのままスッと改札口を出てしまった。
「待ってよ、おじいちゃん。切符はどうしたらいいの?」
「ここは無人駅だから、その箱の中に入れておけばいいんだよ」
無人駅?
何それ?
台の所に箱が置いてあって、他の人が入れた切符が入っていたので、僕も同じようにそこに切符を置いて、おじいちゃんみたいにスッと改札口を出た。そして、おじいちゃんのトラックに乗って出発した。おじいちゃんの小さなトラックには、「山中牧場(やまなかぼくじょう)」と書いてあった。
「草太。じいちゃんの牧場、覚えているか?」
「あんまり覚えていないよ。だって僕、幼稚園の年長組だったから。でも、牛とか犬のタロウの事は少し覚えているよ」
「そうか、そうか。今日はこれから乳搾りだ。草太もやってみるか?」
「うん! やってみたい!」
それから、おじいちゃんは、トラックを運転しながら、牧場について、説明をしてくれた。
おじいちゃんの牧場には、お手伝いにきているヘルパーという人が何人かいて、交代で働いている。搾乳は、毎日朝の6時と夕方の4時。他にも、牛のご飯の仕度や、うんちの掃除、仔牛の世話もしなければいけないし、牛のご飯になる牧草作りとか、畑仕事もあるんだって。生き物相手の仕事だから、決まった休みはないし、一年中やる事があって忙しいけど、楽しいぞっておじいちゃんは言った。
働く事が楽しいって、僕は初めて聞いた。お父さんはいつも「疲れた、疲れた」と言っていて、「仕事が楽しい」って言った事はない。別に、嫌とも言っていないけど。時々、家でもパソコンに向かって仕事をしている。
しばらくすると、コンクリートの道が終わって、地面の道になった。そして、お茶碗を逆さにしたような、こんもりした小さな森が見えてきて、「山中牧場」と書いた看板が見えてきた。看板を通り越すとすぐに家が見えてきた。
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