第11話 故郷の村へ

 味噌汁と漬物の匂いに、ついついお腹が鳴ってしまいそう。食卓では、朝の見回りを終えた、鹿島様とポン太ちゃんが、今後の計画を練っているようだ。


「今日まず、この前の野菊の咲いていた場所に行こうと思う」


「わぁ……凄く楽しみです。ねぇポン太ちゃん」

 

「はい! 今日は大変なこともあるかもしれません。しかし志穂様が、鹿島様の守っている領地を知るのにはいい機会でありますねー……ポン」


「そうですね! ……いろいろ勉強したいと思います」

 

 そんなことを話しながら、朝食を食べ終える。それぞれが手早く、後片付けや準備をこなしていった。おにぎりも風呂敷に詰め、念のための宿泊の用意や、治療のための救急箱なども、用意した。それらのものを確認し合いつつ、最終決定をしていく。


 戦いのための備えは、全然足りないように思える。だから何度もその事にお二人へ聞いてしまう。


 けれど、逆に二人から「生活するために、改めて必要なものは御座いませんか? 村へ行ってからもお取り寄せしますよ」と、こちらが心配されてしまう始末になってしまっている。


「大丈夫です。家のことは私の役目。つッ……妻としとして、取り仕切らせていただき……ます……」


 結局、最後の方はもじもじとして、言葉が、言葉になっていなかったけれど……。


「「ハァッ……」」と、感嘆なのか、声が漏れてしまったのか、よくわからない声がふたりから漏れでる。


「そうか……妻か……」

 

「クッぅ――このままでは鹿島様、浮足立ってしまいます。ここは僕が、ふたりの仲をしっかりと、プロデュースしていかなれければならないでしょう……ねっ!」


 ポン太ちゃんは、女中の恰好で私の肩に手を乗せ、力強く言い、その意思に突き動かされるように、玄関へ向かい高らかに宣言する。


「では、行きましょう!」

「はい!」


 そして鹿島様は「…………お前の志穂を守るって気持ちはありがたいが、あくまでもお前は、志穂のおまけだからな」と、呟く。


 「ですが、姫と守る騎士は、狸の世界でも、花形ですので!」


 鹿島様は、すぅ~~はぁ~~と腰に手をやり斜め上を見上げ、大きく息を吸う。その挙動を眺める、私とポン太ちゃん。

 

「志穂の騎士は、俺でお前じゃない。じゃー行くぞ」

 

 そして風呂敷に詰めた荷物を持ち、家の外へと出ると颯真様は白い鹿の姿へ変わった。ジャリジャリと音のする白い砂利石を踏みつけている。その姿はいつもの人の時とも、鹿さんの時ともちがう。静かな闘志みたいなものを彼から感じた。


「志穂様、忘れ物はございませんか?」

 

「大丈夫です。何も持たないのが普通でしたから、あまり持って行くとみんな驚いてしまいますよ。ふふふ」


 そして私たちは颯真様に乗せていただき、空を駆けるように山を降りる。そこでの話題は、「鹿島様――、鹿島様は王であり、騎士ではございませんよねー?」と、始まってポン太ちゃんが騎士であると言う話と、鹿島様の「ビィーャー!」と威嚇音だけで、大層、お話が弾んでいることがわかった。


                 ◇◇◇◇


 そして結果はつかぬまま私たちは、鹿島様から降りて、鹿島様は人へと変わった。


 久しぶりに行ったお墓なのに、雑草はあまり生えていない。きっと伯父様、時々訪れては手入れをしてくれるのでしょう。


 それでもポン太と颯真様も手伝ってくれ、お墓まわりまで、綺麗にしてくれた。思わずお二人にも、手を合わせたくなってくる。

 

 けれど、墓石のまわりで、二人の様子が少しだけおかしかったので、様子を伺うと、お墓に私の名前が刻まれていた。


 ――変な気分だったけど、これで私が来られない時でも少しだけでも、両親も寂しくはなかったとしたら嬉しい。


 そう思って、立っていた私の代わりに、ポン太ちゃんが来る途中摘んできた野菊の用意を始めてくれた。二人で菊をわけ、丁度長さに花を切りわける。そして雑草を摘んでくださる鹿島様。


 この様子を両親の前で行っているのは、心がこそばゆく、すこしだけ誇らしかった。


 そして掃除が終わり、改めてお墓の前に立つ。供えたばかりの立ち昇るせんこうの香りと、火をともした蝋燭の残り香の中、お墓に手を合わせる。


(お父さん、お母さん、ごめんなさい。ここへはもうあまり来られないかもしれません。けれど、私を見守ってくれる人が出来て、その人たちのために頑張ります。見守ってください)


 そう心の中で呟き目を開けると、まだ手を合わせてくれている、颯真さんとポン太ちゃんの姿。木々の音がひそやかに響く、そんな中で二人と肩を並べて生きること自体が夢のよう。 志穂という娘は墓に刻まれているように、命をもう落としているのではないかとさえ思えてくる。


 目を開けた颯真様がそっと私の顔を見て、優しい顔をし頭を撫でてくれた。その手の温かさにふれて、恋する心が騒めいて胸が苦しくなる。きっと苦しさがあれば、私がこの道を諦めずに行こうと思える。


「良かったですね、晴れて」


「はい、きっと父と母も、お二人に会えて安心したと思います」

「来たければ、いつでも連れて来るし、言えばいい」


「はい、鹿島様、今日は、本当にありがとうございます。きっと両親も喜んで居てくれると思います。……次には来る時は、もっと安心して貰える私になりたいです」


 そう言って、颯真様とポン太ちゃんを見た。二人はそんな私に笑顔を返してくれる。


「行きましょうか……」

「はい」「ああ」

 

 

 丘になっている墓地からの道を下っていく。平地へ出ると柔らかい稲の緑の絨毯が、村を出た時より青々と染まっている。


「しぃ、しほお……」


 ドサッー! って音と声、顔向けると目をつぶり手を合わせ、座り込んでいる虎さんが居た。


「なんまいだぶつ、なんまいだぶつ」


 ゆっくりこれ以上怖がらせてしまわないように、歩いて行く。そして彼の前でかがみ、話しかける。


「虎さんお久しぶりです。えぇっと……お、おっとの鹿島様と、お手伝いに来てくださって……くださっている」


 「ポン……子ですよろしくお願いします」

 

 そう言ってポン太ちゃんが可愛く、挨拶する。


「よろしく」それだけ言うと、鹿島様は虎さんに手を出す。

 

「いやいや、恐れおおい」そう言って自らたちあがると、腰に付いたほこりを払う。


「しかし鹿島様がこんなに色男だなんて、それに上等な着物を着て、志穂は良いところに嫁いだのだねぇ……」


「はい……、毎日が夢のようです」

 

「志穂すまない。思い出話をさせてやりたいが、この村の当主に話したいことがある」


「なるほど、わしのことは気にせずどうぞ、どうぞ」

 そう言って道の端へと避けてくれた。


「ありがとうございます。虎さん、次の挨拶はいつになるかわかりませんが、お元気でいてください」


「うん、ありがとう。そしてすまなかった……」

 

 私は結果的に幸せであったけど、そこでなんて答えていいのかわからず、あぜ道の端を、頭を下げて通りすぎた。その前には颯真様とポン太さん。


「鹿島様、もっと愛想よくしてもいいですよ?」

 

「神獣はそれぐらい威厳があった方が、人間は安らげるものだ」


「ああ……、そうですね」


 そう言って仲良く話している。そうして歩みをすすめていると、田んぼのための水の道は村を出た事より、水が豊かに流れている。誇らしい気持ちと、切っ掛けを貰って、ありがとうという気持ちが起こる。故郷は凄く簡単に心に触れて来る。だから、特別なのかもしれない。

 

「志穂ちゃん!?」 そう言って口に手を当てて唖然と見守る、幼いころから一緒に育った誰かの前を、ただ頭を下げて通りすぎるしかなかった。時間はあっという間に過ぎ去るので、伯父様のもとへと、今は急いだ。


 そして春まで、住んでいた家へと辿り着いた。庭にポツンと置かれた、物干し竿には今、何もかかっていない。


 庭先に育っていた草木も枯れかかっている。毎日水をやり育てた、植物たちが無残な姿をさらしているのはやるせない。けど、もうここは私の住む場所ではないので、ただ前を通り過ぎる。


「ここが、この村の庄屋の伯父の家です」


「わかった。どうする? お前も付いて来るか?」

「絶対に行きます。離れませんから」


 彼は眉をひそめて笑う。

 

「俺の真意は、お前を傷つけないことなんだ。わかってくれないのか?」


「大丈夫です。とてもわかっています。ですが……、一緒にいたい、ここで離されたくないのです」


 胸に手を当て、懇願する。反抗かもしれない。でも、回復が必要なのは確かなはず。必要でなくても一緒にいたい。


「鹿島様、志穂様はいざとなれば僕の狸のたちのための獣道をお連れすることは出来ると思います。そこまで出来るのなら、やはり鹿島様の回復を考えることになりますね」


「お願いします。無理はいたしません。山育ちなので山の怖さはわかっているつもりです」


 鹿島様はそこで、仕方がないと言うように笑うので、願いは叶えられるように思われた。


「だが、お前は真の人間の怖さを知らない。気付いた女鹿を、餌にして牡鹿を呼ぶのは簡単だ。そこに躊躇なく死が降ってくる。志穂ここで、待っているんだ。俺が傷ついたら必ずここへ戻って来よう。ここなら数の力で、勝てる事もあるはずだ。だから、俺はあえて言おう、ここへ残りポン太の助けを借りて、残党を打ち滅ぼせ。……まぁ、そこまでは望まない。だが、ここで志穂の出来ることを見つけて待つていてくれ」


「志穂様……」

 そう言い私の顔を覗き込むポン太ちゃん。こんな小さな可愛い子狸さんを、争いの真っ只中に連れていくべきじゃないだろう……。


「わかりました。今日はここでやるべき事を探し待っています。だから絶対に傷を負った帰ってきてください」


 そう言って彼の手を掴み、無事を祈った。そしてこれから私は伯父様の家へと入り、少しでも過去に打ち勝たねばならなかった。

 

   続く

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