第10話 盆の前の出来事

 村ではもうそろそろ、稲穂の花も咲く頃。もうすぐ盆の入りを迎えれば、父母が帰って来るのは、どこになるだろう?


「志穂様?」

「……はい、なんですか?」


 先程からお米をすこしだけ潰しながらかき混ぜていた、ポン太ちゃんの手が、私の顔を見て止まってしまった……。


「何か気になる事がおありで? すぐおなごをー、と言う鹿島様を安心させるためにも、どんどん相談してください。だ、ポン」

 

 私は甘い匂いのする、あずきの鍋をかき混ぜながら、ポン太ちゃんを見つめた。


「もうすぐお盆なので、両親のお墓参りのことを考えていたんです。ですが、この辺りもまだ物騒で、落ち着いてから鹿島様に相談してみようと思っています」


「あぁ……そうですよね。お力になれなくてすみません。でも、言いにくい時などは、ぜひ僕を頼ってくださいね。」


「そうですね。鹿島様に無理のない頃合いかどうかだけ、こっそり相談させてください」

 

「そういうことは、任せて欲しいポン」


 そう言って可愛らしいお腹をポンと叩いた。

 

 それにしても、ここではあずきも、砂糖もすべて十分なほどポン太ちゃんが持って来てくれる。


 黄泉の食べ物を食べると、現世には帰れない、『よもつへぐい』って言葉があるけど、ここの野菜やお米を食べる私は……もしかして半分死んでいるのかもしれない。


 けれど三人で食べる食事は、頬っぺたが落ちそうなほど美味しくって、颯真そうま様と、ポン太ちゃんと一緒に食べると、昔に戻ったような気持ちに思えて、すごく心も満たしてくれていた。


「それに父も母もとても優しい人だったので、ここで暮らせてることが一番の親孝行になります。絶対」

 

「では、ぜひ美味しい、おはぎをお供えしないとですね」


 人の姿に戻ったポン太ちゃんは、そうにっこり笑うと、おはぎ一個分ずつのお米をお茶碗のお皿に移す。それを調理台の上の大皿に並べて置いていく。


 そうテキパキと手を動かしながら、私の様子について気を配る様子は、やはり神様方に寵用されている、狸さんだけあって凄くて尊敬してしまいます。


 そして今は、私のおはぎの水分量に気を配ってくれている。あと少しで、おはぎにぴったりな水の分量になるので、あずきを焦げないように回していかなきゃ。


「あの……おはぎの餡は、これくらいのかたさでどうでしょうか?」

 

「はーい、今、見にいきますね」


 調理台のお皿には結構な数のごはんが並んでいる。すごい量、こんなにも食べられるのかしら?


「はい、丁度いい具合ですよ。ごはんの量が調整できましたら、餡をのせて、おはぎをを完成させて、しまいましょう」


「でも、こんなにおはぎを作って、食べられるのでしょうか?」

 

「足りないくらいですよ。狸の里に一同かえってくるので、後、もう1人が持ち寄ります。こちらへは2個ずつ置いていきますね」


 そうポンちゃんは言うと、今度は出来たての餡子を別の皿に移して、あっという間に形を整えたお米の団子たちにのせ始めた。久しぶりに帰るので、嬉しいそうだ。


 ――聞いていない。帰るなんて。ポン太ちゃんが帰ったら、颯真様と二人きり……。でも……颯真様は、最近は頻繁に見回りに行くので夜は一人きりかもしれない……。


 きっと夜は心細くなってしまう。けれど、それはとても不思議な考えだった。村ではそんなこと毎日で、頑張るって決めたのに。


 幸せは悪くないけれど、それに甘えてしまう自分はきっと駄目。一人でも家事をこなして、颯真様を待っていよう。そう心を奮い立たせる。


「家事は任せてください。だから、ポン太ちゃんは里でゆっくりしてきてくださいね」


「えぇ、知らない料理でも、頑張って覚えていていた志穂様に、不安はありませんよ」


 そう言ってポン太ちゃんはぎゅぎゅにぎり始めた。


「あっあっ、おはぎが!?」


「え……あっ!?」


 ポン太ちゃんの手の中のおはぎは、指の後くっきりだ。ちゃんと髪を結い、黄色の着物を身につけた女中姿の時は、ここまでの失敗は少なく。神様にお仕えするには申し分ない、完璧さでこなしているのに。


「あむっ」真面目な顔で、もぐもぐと手の内のおはぎを食べ、手に付いた餡子をぺろぺろと舐めだした。


「あの……ポン太ちゃん?」


「志穂様!」

「はい!」


 ビクッ肩ふるわせ返事をした。


「ちょっと用を思い出したので行ってまいります。おはぎお願いします」


 そう言って、手を洗うと、階段へ登って行く。何か里帰りに、入れ忘れたものでもあるのかもしれない。


 「はーい」


 彼が走って行った階段に向かって返事をしても返事はなかった。きっとポン太ちゃんの住む屋根裏部屋まで、もう上がって行ってしまったのかもしれない。


       ◇◇◇◇


「ただいま帰った」


「はーい、お帰りなさい」

 玄関へと向かうと、颯真様「これ」っと言って白い菊の花を一輪私へ手渡す。


「まぁ、うふふふ、ありがとうございます」


 最近、こうやって、お花を颯真様が持ってきてくださる。


 花びらの白と黄色の組み合わせが、可愛らしい。村では挿し木をした菊を育てる人も多かった。そして危険なので、神社から出ることがしばらくなかったので緑の匂いが懐かしくもあった。


 でも、それより……、お花を貰うと本当の夫婦の様で心が弾む。そういう気持ちを、颯真様は咎めないので、凄く嬉しい。


「本当に可愛らしい……。テーブルに飾ります」

 

「そう喜んで貰えるのは嬉しいことだが、ポン太が田舎へお盆休みで帰る。だから志穂の両親の墓参りに行かないか?」

 

「本当ですか!? ここで父母に私の様子をみていただくことも嬉しいですが、お墓の前で……両親に……颯真様を紹介しても大丈夫でしょうか?」


「ああ……俺、いや私の方からも志穂の夫として、挨拶をしよう。そうすれば、きっと志穂の両親も安心するだろう」


「そんなことを言われれば、目頭が熱くなってしまいます」

 

 とても嬉し過ぎて、次から次へと涙が溢れる。そんな私を包み込むように、支えるように颯真様は包んでくださる。


「志穂……、その涙の意味を変えてしまうかもしれないが……、しばらく志穂の親戚の家にでも厄介になることは難しいだろうか?」


「えっ?……」


「あの村では、盆には、盆踊りを行う習わしがある。そうなれば気が緩むことなりそれが心配なのだ。その時を狙って盗賊か野党かが、毎年少人数であるがやって来ていた。だか、最近の様子からどうなるかが見当もつかない。俺の近場に居ても、量で攻め込まれると志穂、お前を守り切れるかわらない。しかし大量の怪我を負えば、この地にかかっている結界も緩むことになりかねない。そんなことを考えただけで足がすくむのだ……」

 

「そんな……」


 そう言われると連れて行って欲しいとは言えなくなる。


 颯真様の言う様に今度は、心の内から冷たい涙が止まらず流れ出してくる。


 『行かないで……』そう言えなくて、着物を掴む。凄く子どもみたいで、目標からどんどん遠ざかっているのはわかっていたが、手だけは放すことは出来なかった。


 涙を颯真さまが見て「志穂……」そう短く言うと、私の顔をその大きな手で包みこみ、零れた涙を拭いてくれる。


 「志穂、村は俺は守るから心配ない」


 子どもを安心させるようにそのお顔を近くして、心配と安心されるための笑顔を混ぜたような顔でそう言う。


「違う、違う……違うのに……」

 

 涙の止め方はもうわからなくなっていた。しゃくりあげながら、言ってはいけない言葉が喉もとまで出かかっているのを感じる。

 

「大丈夫、志穂の言いたいこと、でも、言えぬことについても、わかっているつもりだ。でも、俺には神力があり、それは守らなければならない者たちから得ている。そして一番欲しい者の気持ちを俺が掴まえているならば、俺は無敵で、無事にちゃんと帰って来られる」

 

「それならば私は貴方の力を信じます。怪我は一人では治せないでしょう? 一人で村の最前線になど行かせません。それよりなにより……置いて行かないで、一人で傷つかないで欲しいのです……」


 両親が亡くなり、あの村の日々でもこんなに泣いたことはなかった。子どものように彼に抱きつき、ただ泣くことしかできなかった。颯真様には本当は行って欲しくはなかった。私と一緒に全てを捨てて逃げて欲しいと、思っていたが知らなかっただけで彼は毎回一人で戦っていた。その苦労を無に帰すようなことは言うべきじゃない。


「……志穂様?…………鹿島様、僕を志穂様のお顔の近くへ!」

 

「お前な、この状況では無理だろう?」


「鹿島様は、神獣なのですから、こういう場面でもちゃんとして貰わね困ります!」


「とりあえず、お前は人の姿に戻れ」


「そうでした……。では、皆さんも落ち着つくために座りましょう」


「好きな女が、胸の内で泣いてたら落ち着けるわけないだろう。困ったやつだな」


「きゃっ」

 颯真様が私を抱えてしまった。私は自分勝手さにただ泣いて、それを言い表せないことにも悲しくてただ泣いていただけなのに……。


「あのー怖いです。振動が純粋に……」

「肩に担いだ方が、安定性があるがそれは……いいのか?」


「ヴーン……、って歩けます」

「……いやだ」


「……それでは、お手数ですが今のままでお願いします」

「わかった」

 

 そう言って颯真様は、こちらを見てにっこりと笑って進んでいく。さすが、神様であるだけあって、危険にただ一人立ち向かおうと言うのに、不安とかないのかしら? そしてポン太ちゃ……んは、お茶の用意をし始めた?! 


 私は理解できないまま、抱っこされ座敷の、堀り炬燵の部屋へと場所は移った。


 「すまん、さすがに座る時は俺も怖い。降ろすけど大丈夫か?」

 座敷に降ろされ、「お恥ずかしいところをお見せしてしまって、すみませんでした」小さくなって謝罪する。


「もう座ったから大丈夫だ。俺のひざにのり体を預けるように座ってくれれば、どっからでも志穂の軽さなら支えられる」


 私はその様子を彼の上から見ていた。心に『むっ』って感情が芽生えた。彼の横に立ち、そのまま彼のひざに腰を下ろした。足を伸ばしたまま足袋を履いた足先をみる。これも何か違うような気がする。


 颯真様の方を向くと彼は少し驚いた顔をした。私はたぶん少しむっとした顔をしている。そのまま心地ない動作で、彼の首に手をまわすと、見つめ合う形になるが……。


「志穂、少々怒っているのか?」

「怒っていませんよ」


「慣れ親しんでくれているようだが、怒ってないか? 顔も声もいつもより怖いし……」


 それが言い終わるまでに、彼の胸に顔を埋める。やっぱり鹿さんの時の若草の匂いがする……。


「勇気をださないと、こんなことは出来ませんから……、でも……無理な体制なので長くできませんが……今だけ、こうして甘えていたし、我が儘を言ってでもついて行きたいのです」


「僕もいきます。志穂様が一人で心配なら僕に任せてくださればいいじゃないですか。僕と鹿島様の仲でしょう」


「ポン太ちゃん、いいのですか?」

「ポン太……」


 私は振り返りポン太ちゃんを見た。すると急に恥ずかしくなりこっそり降りようとするが、颯真様に縫い止められたように支えられているので、降りる事ができず、大人しく今の姿勢のままいることにした。


「はい! ぼたもちだけは取に来てもらうので、置いておきますが、大丈夫です。だから……おなごがいいなんて言わないでくださいね! 鹿島様! あれは結構傷つきましたからね。ぷんぷんなのですよ」


 そう言って、ポン太ちゃんが持って来た湯飲みと、ぼたもちを置いて行く。


「だが、おなごの主人に、女中を付けるのは一般的で、同姓にしか話せない困り事を考えたらだな……」


「そういうことなら、おなごの狸に月いちでも顔を出して貰うようしますね」


「そこまで言うならそれでもいいが……」


「そうだ……これ、ネックレスなのですが……持っていてください。僕の居ない間に、鹿島様が不届きな事をしないためのお守りだったのですが。危険な時にも使えますよ! あっても邪魔になりませんですし」


「ありがとうございます」

 そう言って受け取ろうした時、うっ!? ふたたび颯真様に支えられて動けなかった。

 

「あっ、ここにおきますね」

 ポン太に気をつかわれてしまったのでした。


         続く

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