第7話 初々しい日常
次の日の朝、目を覚ますとずっと鹿の鹿島様が付いて来る。
「おはようございます」
頭を撫でて欲しそうに、前へ突き出すので撫でると、背中も撫でて欲しそうに移動する。
「どうしたのですか? 鹿島様」
そこへ狸の姿のポン太ちゃんが、やって来て「おはようごいます。まだ、鹿の鹿島様とお話出来ない、志穂様に説明いたします。ただ単に人間の姿だと志穂様に、怖がられてしまうと思ったのでしょう。可愛らしい動物を使って相手と仲良くなる。私は里の狸は、これをゼウス方式と呼んでいます」
「やめろ、そんな意味深な名前を付けるな」
鹿島様はいきなり人の姿に変わり、ボン太ちゃんと喧嘩をしだした。
「そうですね。申し訳ございませんでした。鹿島様はうぶな方ですからね。だからこの僕にお任せください。絶対にふたりの仲を取り持ってみせます。………………ポン、ポン!」
「あの……ポン太ちゃん、私は鹿島様の事は優しくて、物静かで尊敬しておりますよ」
「人の姿の時でも?」
「人の姿でもです」
それを聞くと、ポン太ちゃんは、両手を私に対して上へと伸ばす。抱き上げると、ピョーン、ピョーンと腕を渡り私の肩へとたどり着いた。
「鹿島様、手をお貸しください」
大きな声に少し耳をふさぐと、「お前、志穂の耳のそばで叫んでやるな」
「ごめんね、志穂様」
そう言って、私の頬にその可愛い両手を乗せる。しかし片手は離れず、何やらポン太ちゃんがやっている。そこへ鹿島様の手がゆっくり伸びて来て、私の頬に触れた。ちょっとだけ体がすくんでしまい、恥ずかしさから、鹿島様のことを見ることが出来ない。でも、ゆっくりと鹿島様のことを見て、顔がポッと赤くなりながら、少しだけ口角を上げるくらいの笑顔が出来た。
「どうですか?」
「そうですね。凄く、鹿島様を尊敬して、大好きなのがわかりましたよ」
「大好きだなんて、恐れおおいことです」
「えっ!?」
そう私の言葉に驚き、私の頬に手をかけてポン太ちゃんは、鹿島様をみているみたい。そして鹿島様は体を横に向ける。
「志穂のそういう気持ちはわかっている。今はとにかく自由に生きたらいい。じゃ、見回りへ、ちょっとだけいってくる」
「はい、いってらっしゃいませ」「いってらしゃいませー」
玄関でふたりで鹿島様をお見送りした。
「鹿島様、何度も振りかえってましたねー。やっぱりおのこはおなごに見送って貰うのが嬉しいのでしょうねー。僕はまぁ、正体は男ですがー」
そう言ってボン太ちゃんは手際よく料理を作っていく。おかずは野菜がふんだんに使われて、いろいろ調味料もたくさん。麦ご飯とお味噌汁、そして漬物だけの村に、生まれた私は思わず、それを見て固まってしまう。
――ここへ来て毎日お正月のよう、と思っていたのだけれど、凄い量の食材だった。
そして肝心の料理の味も、いままで作って貰ったものはどれも、断然にポン太ちゃんの方が美味しい……。
「あれ? どうしました志穂様、なんで固まってるんですか? やはりまだお加減が悪いのですか?」
「見た事ない野菜も多くて、調味料もこんなにあるなんてびっくりです。覚えられるのでしょうか?」
「あ……人里では生きるのに精一杯ですものねー。大丈夫です。少しずつお教えしますよ。と、言いたいところですが……」
「はい」
「鹿島様に嫁がれました志穂様のお仕事は、鹿島様が決めることでございます。お手伝いの狸が、先陣をきってお教え出来ることはではございません」
ポン太ちゃんはそう話しながら、ニンジンや大根を『トントントン」と、どんどんと切り分けている。凄く手際がいい。あんなにいろいろな種類の野菜を切るのは、正月や冠婚葬祭の時だけだろうか? それでも他の家より庄屋であったあの家は栄えていたのに……。
――でも、嫁がれまして、だなんて……、そう言われると、ふたたび、顔がポッと熱くなる。でも、聞かなきゃ、うん。
「あの……私、鹿島様のお嫁さんなのでしょうか?」
「あ……、そう聞いてますよ。大丈夫です。そんなに緊張しないで……ポン」
そうポン太ちゃんがそう言ってくれても、今でもやっぱり恥ずかしいし、精いっぱい。私は恥ずかしさから、亀の様にうずくまった。ボン太ちゃんはそんな私のまわりを、ドタバタと走り回る。時々しっぽのもふもふ、ふさふさが微かに手をかすめ気持ちがいい。
しかしその速度はゆっくりになり、パン太ちゃんは小さな手を私の手に重ねる。
「あのーもしかして、鹿島様、おいや? 鹿島様はメジャーな鹿島様と名前違いで、そんなに有名じゃありませんからねー。後を継いだばかりので青二才で、うちの里じゃーちょっと期待のルーキー扱いだけど……まさかそこが!?」
「まさかそこが!? じゃねぇーよー」
その声に顔を上げると、鹿島様が魚を通した笹を肩に担いで帰っていらしていた。
「鹿島様、お早いのですね。魚も捌いてしまうので、こちらに」
ポン太ちゃんは、その可愛いあんよを私のひざにくっつけたまま、鹿島様に手を伸ばしている。その間、尻尾はせわしなく動いている。
「ほい」
「美味しい開きを作りますね!」
受け取った姿勢のままポン太ちゃんは、叱られることが無かったので、弾んだ声をだし言う。
「では、話はその後だな」
「美味しいご飯を作ります。美味しいごはんを作りま――す! のに――!」
「わかった、わかった。頑張って作れ」
「はーい」
元気に言うとポン太ちゃんは、人の姿で料理をふたたび始めた。
「志穂、立てるか?」
「はい、大丈夫です」
そう言うと、脇を持って、幼い子どもを持ち上げるようにひょいっと私を持ち天井近くの高さへと持ち上げた。
「軽いな……、ポン太、志穂にはやはり栄養のあるものを、食べさせた方がいい」
――鹿島様に持ち上げられるのは、凄く恥ずかしい。いつもは背が高く遠くにある鹿島様の顔が、私の斜め下にある。
「それは……」そう女中の姿のポン太は、振りかえると「えっ!?」と、言って私と目が合った『助けて……』って視線を送っても気付くことはなかったようで、ポン太ちゃんはゆっくり向き直った。
「人が栄養を上手く摂るというのはなかなか難しいものです。根気が必要ですよ、鹿島様」
「そういうことだから、好き嫌いなく食べるようにしろ。志穂のしたいことをするのは、まずそれからだ」
そこまで言うと彼に、地面に降ろされる。
「はい、わかりました」
「では、志穂からの質問は?」
「あの……私は鹿島様の……」
目の前にいる鹿島様のお嫁さんですか? なんていえません……が、お勤めが……お嫁さんって名前なのですか? それも何か違うような……。
「それは俺が言うべきだろう。志穂は俺の大切な人だ」
「本当ですか!?」
横を見ると、狸の姿のポン太ちゃんが、顔を上げ、包丁を持って立ち上がっていた。
「ああ……、ボン太、一番いいところなんだ。だが、お前と俺との話じゃない」
そう鹿島様が頭を、書きながら言うと、そのままポンタ太ちゃんは後ろずさる。そして何もないところで「トントントン」と言って、切っている振りを始めた。そのままちらちらと振り返っている。可愛らしいけれど、とても恥ずかしくて、気まずい。
「ポン太ちゃん、包丁をそんな風に使うと危ないですよ」
「志穂、ポン太が怪我をする前に、少し表にでよう」
「そ、そうですね。お供いたします」
「ポン太は、ちょっと落ち着くためにここで、休んでいろ、いいな」
鹿島様は私の腰に手を添えて、外へ向かっている時に、振り向きそう言う。腰の手と、耳元の声が鹿島様の声が心地よくて、こそばゆい。
トーン、物を落としたような音に気づき振り返ると、着いて来ていたのだろう。すぐそばに女座りをして、落ち込むポン太ちゃんが居た。その前には、落としたのだろう横に置かれた包丁があった。
「おつとめ……、鹿島様と志穂様の恋を見守るのもおつとめですー!」と、大きな声で言うポン太ちゃんの前に、鹿島様がかがみ「そんなお勤め聞いた事ないわ」と小さな声で言う。
「うふふふ」笑い声、それは私の笑い声でそれはとても心から、気持ちが解き放たれた笑い声だった。
鹿島様とポン太ちゃんは、顔を見合わせ私を見てる。そしてふたりもアハハハって笑ってくれたので、安心して、「鹿島様、ポン太ちゃんご飯を食べたらみんなで散歩に行きませんか? 初夏の緑がきっととっても綺麗ですよ。」と、そう言えたのでした。
「ああ「はい! 行きましょう! きっと素敵ですよね? 鹿島様」
「あ……ああ、そうだな」
「なんで、そんなにテンション低いんですか!? 鹿島様! せっかく志穂様が、誘ってくださったのー!」
「大丈夫ですよ。ポン太ちゃん鹿島様はテンション? は、よくわかりませんが……心良く行ってくださるのはわかりました。だからご飯作りをしてしまいましょう。教えてくださいますか?」
「鹿島様、いい?」
「志穂がやりたいのならいい。教えてやってくれ」
「わかりました! 任せてくださいポン!」
そうしてポン太ちゃんは、今日の料理についていろいろ教えてくれる。村の出汁は、海でとれる昆布ばかりだったけれど、かつお節という出汁について教えてくれた。
カツオを茹でたのち、燻製にするものらしく、いろいろな工程へて作られる出汁なんてとても凄い。それをかつお節専用の削り器で削り、薄いぺらぺらの紙の様にするからまた凄く、その出汁で料理を作ると、とても深い味わいがしてとても美味しく出来ました。
「うーん、凄いです。こんな美味しく出来るなんて」
「そうか、これからいろいろな物を食べせてやるから、好き嫌いするなよ」
鹿島様が隣で、麦のご飯を食べながら、そうおっしゃる。
「はい、食べられるようにします……」
――やはり恥ずかしくて、顔をあまりまともに見られない。
――そうであるはずなのに、嬉しくておそばに居れて良かった。そう思うのです。
「ところで、散歩ってどこへ行くんですか? 都を方向にはまだ野党がでるかもしれないですよね?」
「その話はするな! 志穂を無駄に怖がらせるだけだ」
そう言って、鹿島様はポン太ちゃんを制した。私のためなのはわかる。一緒に考えるには私は役不足なのかもしれないのに。もっと頑張って信頼されるようにならなきゃ。
続く
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