第6話 可愛いたぬきの女中さん

 美味しそうな匂いで目を覚ますと、新しい布団の中で私は眠っていた。新しいシーツの匂いはとても久しぶりだ。


 外からは聞こえてくる雨音は、とても心を落ち着かせてくれる。これでしばらくは田んぼの水も持つだろう。胸のうちから安堵感が広がりとても幸せな気持ちになってくる。ここへ来たのは無駄ではなかったみたい。


 今までの暑さがひと段落したように、すこしだけ肌寒い。


「おはようございます、お目覚めになりましたか?」


 私より若い、青い着物を着た、十五、六の女の子が私を笑顔で見下ろしていた。私はゆっくり起き上がり、彼女の前に座る。彼女もそれに合わせて、たちひざの恰好になる。


「おはようございます、あの……貴方は?」


「僕はボン太です。たぬきの里からお手伝いやってきました……ポン!」

 

「ボン太さんですか……私は志穂ですよろしくお願いします」


 私たちは挨拶をして頭をさげあう。髪もちゃんとってあり笑顔が可愛らしい。

 

「あの……志穂様!、見てみて、いつもの僕はこんなに可愛いポン」


 そういうと彼女はその恰好のままくるっと空中を回転すると、小さな可愛い狸になった。そしてゆっくりと歩いて来て、私の膝の上に来てまるくなった。不思議と重さは感じない。もしかしたら子どもの頃、聞いた使い魔というものなのかもしれない。


「やっぱり大きなもの守られてると安心しますー…………ポン」


 そう言ってくつろぐように手足を伸ばす。そしてとても小さな手足の指先をぎゅうっと広げ、そこから見える肉球が可愛い。しかしポン太ちゃんの体の上に、影が出来て、鹿島様が立っていた。彼は、私の膝の上でくつろぐポン太ちゃんを見下ろすと、ポン太ちゃんの首を摘まみ上げ、ご自分の顔の前へ持って行く。


「お前やっぱり里へ帰るか?」

「いやー助けて志穂様ー!」


 そう言って手足をバタバタさせている。とても可哀そうで思わず――。


「あのー! 鹿島……様……あの……その手を……離して……あげてくれ……ませんか?」


 思わず立ち上がって言ってしまった。けど……途中から胸元で手をぎゅーっと結すび、最後の方では、鹿島様の顔も見られず、私は斜め下に視線を向けてしまった。


「志穂」

「はい……」


 返事はしたが未だ、鹿島様の顔は見られず、少し涙目になっているだろう目をつぶる。


「志穂、こっちを向きなさい」


 静かな声で、怒ってないようで、ゆっくりと目を開けて鹿島様をみる。なぜかポン太ちゃんまで、人間の姿で心配そうに私を見ていた。


「すみません、鹿島様。口答えをしてしまいました」

「いい、お前はここでは好きに話していい。耳も貸そう。契約はすべては達成されてはいないが、お前のことは許す。そして俺は自然と同等に怒り、壊す。それをお前は許せ」


 話を聞いて貰える事は、素晴らしいことに思える。でも、怒り、壊すの意味がそのままだったら、それはとても怖いことだ。ボン太ちゃんが里に帰されてしまっても、私は何もできないのかもしれない?


 でも、出来ることはある。私に優しくしてくれた人たちの、ようにポン太ちゃんの話を聞くことをすればいいだけ。そして鹿島様に話を聞いて貰えるなら、結果は変えられる。


……それを成すのは難しいかもしれない。でも、今、鹿島様が私に向ける瞳は優しくて、出来るかもしれない。出来ることをなそうと決意を固めた。


「はい、難しいですが、わかるようにします」

「大丈夫ですか? 志穂様? 鹿島様はご自分が大きいから、膝の上にのれなくて、この愛らしい僕に、嫉妬しているだけだから大丈夫ですよ」


「……しっ……と……です……か……」


「お前は本当に里へ帰るか? そしてちゃんとした女子おなごの女中を連れて来い」

 

「鹿島様は、由緒正しいいにしえの血筋の方ですが……なんといいますか、鹿島様は世代交代されたばかりでお若く、そして今の人気は龍、狐、そして人間から神格が上がった方々なんですよね……」


 そうボン太ちゃんはもじもじしながらだけど、言い切った。鹿島様は唖然というか、ばつの悪い顔をなさっている。こんなに、お顔の整った方がポン太ちゃんの前では、怒ったり、ばつの悪い顔をしたりしている。綺麗な神様はいつでもお綺麗だろう思っていたから、とても不思議。


 けれど二人の様子を見ていると、だいそれた考えかもしれないが、私の仕えることになった方が、鹿島様で良かった。


「あのー食事の用意を致します。食事の時間でないのなら、家事でもなんでも致します!」


 雰囲気を変える必要があると思い、言ったけど、今度はちゃんと言えた。そうすると、海の波のような早さで、お二人ともこちらへやって来る。


「まだ寝ていてください!」

 

「志穂、お前は昨日のあの出来事から、丸一日寝ていた。なのにあざの後は、こんなにくっきりと残っている。昨日の夜は熱を出しているようで、随分うなされていた。しばらく休め」


「ですが、私は鹿島様へお仕えするために参りました」


「それは、違うだろう正確には……、あ……いいから寝てなさい」


 鹿島様は困り顔でそう言って、私の後ろへまわり肩をトントンと軽く叩くと、女中の姿のボン太ちゃんが、布団をトントンと叩いている。


「ふふふ、お二人ともありがとうございます」


 そう言って、とこへ入る。ふたりはなんやかんやで、仲がいいようで、ポン太ちゃんがこそこそ話して、鹿島様が「うるさい!」と、言ったかと思うと、またくっついて近づいて話し始める。


 立派な鹿と可愛い狸が話していると思うと、とても可愛らしい。


 私の寝かされている場所を見回すと、お社というより庄屋をやってたりするような、位の高い人々の住居かもしれない。


しばらくすると料理も「志穂様お待たせしましたー」と、おぼんの上にのってやって来た。


おぼんを両手に持ってやって来るので、台所がここにあるようだ。ここは鹿島様が居た、本殿の中ではなく、お社の中にいくつかあった建物の中のひとつかもしれない。


 鹿島様は、食事時には顔を見に来てくださって、その度に起きあがっていたら、ふすまを開けた途端に「寝ているか?」そう言って、入っていらっしゃるようになってしまった。


 しかし夕日が空を染める頃になると、ふたたび体のあさが、熱をもって痛みだす。

 


 その日の真夜中、虫の声が響く中、目を覚ました。


 私の横では布団をかぶった状態で、鹿の鹿島様と背中合わせのように眠っていたようだ。背中に当たる毛は少しだけゴワゴワしているけれど、神力が流れ込み少しずつ、体の中が調整されているようで痛みが少しずつやわらいでいる。


 寝る前に感じていた熱による、少しぼーっとした感じももうない。


 ただ、ぽかぽかと太陽のように、冬の日の朝のおふとんのようなあたたかさだけが、伝わって来てた。振り返りこっそりと背中の辺りを撫でる。


「稲は食べてくれました? ふふふ」


 そういうと、静かに目がひらき私を見つめると、そのまま眠りに落ちてしまった。


 私もまたもとの姿勢にもどり、ちょっだけ鹿島様と背中をくっつけて、そのままふたたび目を閉じ眠りについた。

  

       続く

 


 

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