灯りのない一本道
紬
まだ、雨は止まない。
今日は、大雨だった。
ひたひたと、夜気を叩く雨音が、耳の奥で重く響いていた。
薄気味悪い一本道。
古い電灯が等間隔に灯り、雨で濡れたアスファルトが光をぼやけさせる。
雨に揺れる水溜まりの光が、瑠依の狂気じみた笑顔を揺らめかせていた。
瑠依は傘を差していなかった。
制服は雨で肌に張り付き、濡れた髪が顔に纏わりつく。
前を歩く彼の背中は少し猫背で、肩には部活のバッグを下げていた。
雨が強くなり、ひたひたと打ち付ける雨音が世界を覆い尽くす。
ナイフを握る掌が汗で滑りそうになり、柄を握り直す。
電灯の下で彼が立ち止まり、ほどけかけた靴紐を結び直している。
瑠依は歩み寄る。
足音は雨音に掻き消されていく。
距離が縮む。
彼が歩き始めたその瞬間。
「....!」
振り向く前に、瑠依はナイフを突き立てた。
ぐしゃり、と柔らかいものを裂く感触。
彼の体がびくりと震えて前のめりになり、喉から掠れた息が漏れた。
「私のために死んでくれるよねぇ!!!」
血泡混じりの声が震える。
目が見開かれ、恐怖と痛みで潤んでいた。
「ねぇ、ねぇ!!!答えてよ!!ずっと一緒だよね... 私だけを見てくれるよねぇ!!」
瑠依の声は狂笑に変わった。
「あは、あははは、あはははははは!!!」
笑いながら血と涙が頬を伝う。
雨がそれを冷たく洗い流していく。
雨は、まだ止まない。
夜気を打つ雨音だけが、二人を包んでいた。
瑠依は血まみれのナイフを濡れたアスファルトの上にそっと置き、彼の顔に縋り付いた。
冷たくなりかけた頬に口づけをする。
「大好きだよ、大好きだよ、大好きだよ...。」
雨の中で呟く声が震えた。
もう光を失ったその瞳を見つめながら、瑠依は笑顔のまま泣いた。
雨は、まだ止まない。
瑠依は立ち上がると、薄暗い電灯の下で血のついた手を見つめた。
何度雨にさらされても、血の暖かさだけが皮膚に残って離れなかった。
瑠依はそっとナイフを手に取る。
血がこびりつき、冷たくなっている。
瑠依は笑った。
「やっと、ずっと一緒だよ」
自分の腹に刃を押し当てる。
ゆっくりと、躊躇いもなく力を込める。
刃が沈む。熱が溢れる。
血が雨に混じり、アスファルトの水溜まりへ滲んで行く。
笑い声が漏れた。
「あは、あははははは..... あはははははははは!!」
夜気を叩く雨音に混じって、狂った笑い声がいつまでも響き続けた。
まだ、雨は止まない。
灯りのない一本道 紬 @s4t
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