第6話 初めてのアルコール
トロトロに煮込んだ塊の肉にかぶりつくというのは、今まで経験したことがなかった。
それは暴力的な美味さといっていい。
焼いた肉とは違い、嚙み切るのに力が要らない。
口の中で溶けるように消えていく肉は塩気と旨味だけを口の中に残していく。
大鍋一杯あったのに俺以外はもう食べ終わってしまっていた。
今は皆大樽に入った飲み物を器に注いでそれを飲んでいる。
「ほら、あんたも飲みなよ」
木のコップを渡され、そこに並々と透明な液体が注がれる。
匂いを嗅いでみるとその正体はすぐに分かった。
強いアルコール臭。酒だ。
コスモリンクにいた頃は、いつ敵の襲撃があるか分からないので成人しても飲むのを禁止されていたものだが……
今はその心配はしなくていい。
せっかく注いでもらったのだし、飲んでみるか。
一口飲むと、カーッと顔が熱くなるのを感じる。
味はなんというか独特だが、不思議と甘い。
それに飲めば飲むほど、なんだかふわふわした気持ちになる。
(血圧が上昇中。酔っ払ってますね)
(これが酒に酔うってことか? 立っているだけでフラフラするし、考えが纏まらない)
(水を飲んで血中のアルコール濃度を下げてください。今のままではポンコツ……使い物になりません)
何やら罵倒された気がする。
ふらふらと頼りない足取りで水を探していると、水の入った瓶をもったミーシャと遭遇した。
俺の様子を見てクスリと笑う。
「ノーヴェさん、結構お酒弱いんですね」
「いや、初めて飲んだから知らなかった。こんなに酒って効くんだな」
「え、お酒は初めてなんですか!? 獣人は酔いにくいので、うちの村のお酒は人間には酒精が強すぎたのかも。とりあえず水と……これを食べてください」
コップに水が注がれ、それから小さな木の実を渡された。
「クコの実です。酔い覚ましに効果があるんですよ。食べすぎるとよくないので、少しだけ噛んで水と一緒に飲み込んでください」
言われるがまま、クコの実を口に入れて咀嚼して水を飲む。
酸っぱい後味が酔いから覚ましてくれる感じがした。
「皆は久しぶりにお肉を食べたからかもう少し飲むみたいですけど、ノーヴェさんは酔いも回ってるしお疲れですよね? 私の家に案内します」
「たのむ」
顔の熱は少し引いてきた気がするが、それでもまだふわふわした感じは残っている。そんな状態でミーシャに手を引かれながら歩いた。
何とも情けない姿だ。
少し歩いた先に小さなログハウスがあった。
これがミーシャの家らしい。
サイズは小さいがしっかりとした建物で、きちんとした建築技術で建てられたのが分かる。
正直掘っ立て小屋みたいなものを想像していたから意外だった。
さっきまでいた広場周辺にあった建物はそれほど手が込んでいなかったし。
それをミーシャに聞いてみる。
「広場周辺は倉庫にしてある建物ばかりで、人は住んでいないんです。雨風だけ凌げれば十分というか……。家を建てるのも大変ですから」
木を伐採し、丸太にした後乾燥させなければならない。
ログハウスと掘っ立て小屋では必要な資材も全く違うだろうし、木を一本切断するのも機械がなければ大変だろう。
人の住居だけはそれでも、といったところか。
「入ってください。空き時間に掃除をしたので汚くはないとは思いますが……」
ミーシャの家に招かれる。
家の中に入ると、まず木の匂いがした。
中は思ったより広い。
そこに生活のための雑貨が奇麗に並べられていた。
「ノーヴェさん、ベッドを使ってください。私は毛布を敷いて床で寝るので」
「家主がベッドを使ってくれ。俺は言った通り中で寝れるならそれで十分だ」
ミーシャが手に取った毛布を貰い、部屋の隅に移動する。
それほどハードな運動はしていないが、酒を飲んだせいなのか眠い。
「おやすみ」
毛布に包まり、横になった。
固い床だが、俺は柔らかいものより硬い床の方が好きだ。
なんだか疲れが取れる気がする。
「おやすみなさい。今日はありがとうございました」
ミーシャの声が聞こえると同時に、俺は完全に寝入った。
司令級が突然襲ってきた夢を見て、慌てて飛び起きる。
構えてすぐに周囲を見るが、そこは宇宙空間ではなくミーシャの家だった。
そこでようやく昨日のことを思い出す。
猪を土産に助けたミーシャの村に行き、色々と話を聞いて酒を飲んでミーシャの家に泊ったんだった。
「頭痛がする……」
(二日酔いです。アルコールが分解されたことにより発生した毒素が体内に溜まったことによるダメージですね)
(解決方法は?)
(水分を摂取して毒素を体外に排出してください)
酒ってのは娯楽品じゃないのか?
なぜ飲んだ後にダメージが残るものをあんなに楽しそうに摂取するんだ。
不思議だなと思いながら、水を探す。
ミーシャはベッドの上で気持ちよさそうに寝ていたので、起こさないようにする。
命の恩人とはいえ素性の知れない男がいるのに無防備だな。
水差しを発見した。
コップに水を注ぎ、皿に盛られていたクコの実を少し貰う。
昨日と同じように咀嚼して水と一緒に飲み込んだ。
なんだか必要な栄養を摂取している感じがする。
背後に人の気配を感じたので振り返ると、ミーシャが立っていた。
いつの間に……。気配を感じなかった。
よく見ると目が開いてない。
寝惚けているようだ。
手が何かを探しているので新しいコップに水を注いで渡すと、両手でそれを掴んでコクコクと飲み干した。
「ぷはっ……。あれ、ノーヴェさん?」
「おはよう」
どうやら今目を覚ましたらしい。
多分寝起きが悪いのだろう。
それからトイレを借りて、ほぼ二日酔いは治った。
酒が禁止されている理由がよく分かった。
次からは酒を勧められても少しだけにしよう。
朝食に、昨日探索中に食べた甘い果実が出された。
これ、かなり好きかも。
「この村にいる間は寝る時はうちを使ってください。フアンさんもそれがいいだろうって」
「悪いな、なんか。そういえばミーシャは一人で住んでいるのか? 両親は……」
「父は徴兵されてしまって……母は身体の弱い人だったので小さい頃に。でもみんなよくしてくれているので、大丈夫です」
「そうか。悪いことを聞いたな。女手一つじゃ大変だろう。困ったことがあったら協力するからなんでも言ってくれ。宿の礼代わりだ」
「そんな、気にしないでください」
なんせ俺はここで払える金を一切持っていない。
命の恩人という立場だけではいつ追い出されるか分からないし、労働力で役に立つことでなるべく長く泊めてもらえるなら助かる。
……そう思っていたが、ミーシャが困っていることは他の家でも困っていることだったりする。
つまり、村での困りごとに対処するという話になるのにそう時間はかからなかった。
働かざる者食うべからず。寝床と食べ物が欲しければ働くしかない。
立場があろうと余所者なら尚更だ。
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