第5話 猪鍋

 村の中心にある大きなかまどに薪が並べられ、それに火が付く。

 その上に大鍋が吊るされ、水が入った。

 火の勢いが強いので入れた水が煮え立つのにそれほど時間はかからなさそうだ。

 猪肉をこの大鍋で煮るのか。今いる村の住人ならたしかに十分賄えるだろう。


「ほら、お兄さん。肉を大きめにカットして」

「あ、ああ」


 村の住人にせっつかれて、猪の肉を拳大の大きさに切る。

 ちゃんと血抜きまでしたのに中々すごい匂いだ。本当に煮るだけで食えるのか?

 ミーシャは収穫物を倉庫に置きに行ったので、周りは知らない人だらけだが構わず話しかけられるしこき使われた。

 気安いというかおせっかいというか。

 だが悪い人たちではなさそうだ。


 見た目は若々しいのだが、話を聞いていると彼女たちはそれなりに歳をとっているらしい。

 獣人はもしかして老化しないのかな。

 子供を産んだりするのには適している。


「見事なもんだねぇ。感心するよ。切ったのは鍋に全部入れておくれ」

「分かった」


 切った肉を大鍋に入れた。

 中の水は既に湯になっており、肉の色はすぐに白っぽくなる。

 そこに色々な草や実を入れていく。


(香辛料みたいですね。あれで肉の臭みを取るのでしょう)

(なるほどな。知識はあっても出されたものを食べることしかしなかったから勉強になる)


 生まれてこの方戦うことしかしてこなかった人生だ。

 それに悔いはないし、誇りすら感じるものの新しいことはそれはそれで刺激的だった。


 大鍋から漂ってくる匂いも、やや獣臭さはあるものの食欲を湧き立てる香りに変化している。

 そこに塩を入れて更にコトコト煮込んだ。


 肉が柔らかくなるまでこうして煮込むらしい。

 本当は野菜なんかも入れるらしいが、今回は肉がたくさんあるので肉のみだとか。

 ようやくミーシャが戻ってきた。

 まあ彼女と出会ったのも数時間前だし親しいわけではないのだが、少し安心する。

 彼女の隣には背の高い女性がいた。


「ミーシャを助けてくれたんだって。感謝するよ。私は村長代理のフアンだ」

「どうも、ノーヴェといいます。偶然襲われた場所に通りがかったもので」

「偶然、ねぇ……」


 ジロジロと見られて品定めをされている気分になる。

 さすがに立場のある人間はそれなりに疑り深いようだ。

 そう思っていると、突然ニカッと笑い肩をバンバン叩かれる。

 背が高いからか、凄い力だ。


「男衆が領主様の命令で戦争に駆り出されて、狩りもままならなかったから魔猪が増えちまったんだろうね。皆久しぶりに肉にありつけて嬉しそうだ。ミーシャも無事だったし、うちはあんたを歓迎するよ」

「ありがとうございます。人のいる場所があって俺も助かりました」

「何もない村だが、足休めくらいはしていってくれ。それにうちの猪汁は美味いよ。貰った肉はあまさず頂くから」

「そうして下さい。どうせ俺一人じゃ食べ切れないし。ところでフアンさん。あの山についてなんですが……」


 奥に見える山を指さす。

 料理をしている間に少し暗くなってしまったが、まだなんとか目視できる。


「ああ、あんたあそこに行きたいんだったね。人の手は入ってない山だし、普段なら問題ないんだけど……」

「今は問題がある、ということですか」

「あの山は今ちょうど領主様と揉めてる別の貴族様の領地にかなり近いんだ。今はちょっとのことでも刺激したくないんだよ。悪いけど」

「その戦争はいつ終わるんですか?」


 こっちはできるだけ早く艦の修理を済ませたい。

 他の採掘できそうな場所はかなり離れているので、できればあの山の調査くらいはしたいところだ。

 それにしても、人間同士で戦争するなんて。

 俺たちは会話も通じない相手で、降り掛かってくる火の粉を払いのけているだけだ。しかし対話できる相手であっても争いは起きるのか。


「冬を挟んでもう二年も続いてるんだよ。終わる気配はまだなさそうだ。最初は水の利権で小さな争いだったんだけど、次第に話が大きくなっていったみたい。うちの男衆も連れていかれてしまった」

「この村が女性ばかりなのはそういう理由ですか」

「ああ。……なんならうちの村に定住する? 人間と血が混じっても気にする住人はいないよ。それに今なら相手は選びたい放題。ハーレムだってできるよ」


 まるで戦地に行った男たちが戻ってこないとでもいうような。

 軽く言っているが、本気なんだろう。

 ニュアンスで分かる。

 それはそれで楽しそうだが、俺はコスモリンクの兵士だ。

 帰還できる可能性があるうちは諦めずに帰還を目指す。

 一人でも多くの兵が太陽系の平和を守るために必要だ。


 断っても村長代理のフアンは気にせず、手伝いをしてくれるならいつまでも居ていいと言ってくれた。

 しばらくはここが拠点になるだろう。とても助かる。


 最後に一人で森に入ったミーシャが怒られていた。


「フアンさんは村のことをよく考えて色々と気にかけてくれているんです。この村が纏まっているのもあの人のおかげだと思います」

「きっぷのいい女性だったな。頼りになる人だと思う」


 リーダーに向いている感じだ。

 彼女も内心は不安だろうに、明るく振る舞っている。


「あ。それでなんですけど、寝泊りは私の家を使ってください。この村はあまり来客がいないのでそういう家がなくて……。変な意味じゃなくてですね」

「雨風凌げるなら隅っこでも寝かせてくれるなら十分だ。よろしく頼む」

「あ、はい」


 ミーシャはなにやら小声でぶつぶつ呟いている。

 年頃の若い娘の家で寝泊まりするのはやはり抵抗があるのかもしれない。

 我慢を強いるようで申し訳ないな。


(刺されないように注意してくださいね)

(なんだ、虫でもいるのか? 未知の感染症とかはたしかに怖いな)


 ゼータのため息エフェクトが視界の隅に表示された。

 一体なんなんだ。


 煮込んだ猪肉は、ホロホロになるまで柔らかくなっており塩も効いてとても美味しかった。

 獣人らしく皆肉が好きなようで、巨大な猪を見事に骨までしゃぶりつくす勢いで奇麗に食べ切る。


 ……それにしても戦争か。

 自然に収まるのを待っていると長引きそうだな。

 あの山を調査するためにも、まずはそっちをなんとかした方がいいかもしれない。

 コスモラインとの連絡ができない以上、全て自分で考えて行動しないと。






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