第4話 トラン村のミーシャ
相手の表情を見る限り、明らかにこっちの言葉が伝わっていない。
当然だ。国が違うどころか銀河すら異なる。
いきなり言葉が伝わる方がおかしい。
「―――――!」
獣人の女性は立ち上がると、俺に頭を下げて何かを呟いた。
向こうの言葉もまるで分からない。
言葉が通じないのはコミュニケーションをとる上で大きな問題だ。
まぁ、これは俺に助けてくれたお礼を言っているだろう。
(どうだ? なんとかなりそうか)
(もう少しサンプルが欲しいです)
(なんとかやってみる……)
ゼータが相手の言葉を解析を進めている間、なんとか場を繋ぐ必要がある。
せっかく遭遇した現地の人類だ。
少しでも情報を得たい。
咳払いをし、始末した猪を指さす。
そしてその後に齧りつくジェスチャーをした。
「――――――」
最初は不思議そうに俺を見ていた女性にようやく意図が伝わり、言葉と共に頷く。
どうやらこの猪は食えるらしい。
首を落としたので血抜きはできている。
近くに小川があったので、冷やすために猪の胴体をそこへ落とす。
星は違えど環境が近いせいか獲物の処理はそれほど変わらないようだ。
それからビームサーベルを使って木を切断し、皮を剥いてから板と車輪に加工して簡易的なコロを作成した。
(器用ですね)
(即席でろくに耐久力もないがな。とりあえず運ぶくらいは何とかなるだろ)
コロに冷えた猪の胴体を乗せる。
引っ張るための紐は皮を加工して作った。
「――――」
あっという間にコロを用意した俺を驚いた様子で見ている。
感心しているようだ。
(似たような言語を確認しました。完全に一致しませんが、補正の範囲内です)
(やってくれ。ジェスチャーだけでの意思疎通は疲れる)
「本当に危ない所をありがとうございました。なんとお礼を言っていいか……」
ゼータが翻訳機能を稼働させると、ようやく相手の言葉が理解できるようになった。
外見が似ている以上は言語も何かしら共通点や似る部分もある、ということか。
これが人間とは似ても似つかぬ相手だったらゼータの機能をもってしても理解不能だっただろうな。
「あー、こほん。それでなんだが」
ゼータの翻訳機能を通して喋る。
上手く伝わるといいのだが。
「あ、騎士様。喋れたんですね。てっきり遠い国の人かと思いました」
「騎士……? ちょっとこっちの言葉を思い出すのに時間がかかったんだ。この猪を分ける代わりに、どこか休める場所を紹介してくれないか?」
「それは私としてもありがたいですけど……」
かなり不自然な言い訳だが、命の恩人だからかそれほど気にはしていないようだった。
「ええと」
「あ、すみません。名乗ってませんでした。トラン村のミーシャと言います」
「俺はノーヴェだ。ちなみに騎士ってわけじゃない」
「そうなのですか? 立派な魔剣をお持ちなのに」
魔剣?
たしかにこれは普通の剣ではないが……。
ニュアンスの問題か?
「泊まる場所をお求めならトラン村まで案内しますね。あ、道すがら木の実なんかを取っても構いませんか?」
「それくらい構わない。どうせそれほど早く歩けないし」
「ありがとうございます。こっちにどうぞ」
ミーシャの案内で森を進むことになった。
地元の人間なのだろう。
案内役をゲットできたのは幸いだ。
俺には全く分からなかった道も彼女からすれば通いなれた道なので迷う心配もない。
彼女は木の実や果実を見つけては背中に背負っているカゴに入れていく。
「長い嵐のせいで森に食べ物を探しに行けなくて大変でした。魔猪も似たような状態だったみたいで、私を食べようと襲ってきたんだと思います。もっと周囲を確認するべきでした……」
「腹をすかせた獣ってのは危険だからな」
「ノーヴェさんが来てくれなかったらと思うとゾッとします」
軽く話しながら歩く。
コロは上手くできていたようで、歩くスピードもそれほどロスがなかった。
……そして俺の視線はミーシャのお尻の部分に移動している。
ふさふさの尻尾が服の穴から生えていた。
獣耳があるのだからおかしくはないのだが、歩くたびに揺れるのでつい追いかけてしまうのだ。
断じてお尻を見ているわけではない。
(露骨に見ていると相手に伝わりますよ)
(兵士の習性だ。動くものがあるとつい追ってしまう)
(傍から見ると女性のお尻を追いかけている不審者だと言っているんです)
「もしかして獣人は珍しいですか?」
「あ、いや。揺れる物を見るとつい目で追いかけてしまうだけだ」
「ごめんなさい、尻尾は意思とは無関係に動いちゃって」
「気にしないでくれ。慣れたら俺も大丈夫だから」
何が大丈夫なのかはよく分からない。
ミーシャはクスッと笑った。
カゴが一杯になる頃には彼女の住むトラン村に到着する。
森の中を切り拓いて作ったのだろう。
一応獣よけの柵はあるようだが、開放的な村だった。
数人の女性がミーシャに駆け寄る。
「大丈夫だったかい? 腹を空かせた魔獣がうろついてたりしたんじゃないかと心配だったよ」
「魔猪に襲われたけど、通りすがりの人が助けてくれたから大丈夫。ノーヴェさんっていうの」
「どうも。宿が必要なので彼女の案内で来ました」
どうやら森に入ったミーシャを心配していたようだ。
話の流れで俺が紹介される。
森に入った理由を聞かれたので、鉱石がありそうなあの山に行きたいことを告げると微妙な反応をされた。
あの山には何かあるのだろうか?
「採れた木の実や果実は村の共有倉庫に置いておくので、好きにとって下さい。私たちの分はあらかじめ取っておくので」
「ああ、助かるよ! ありがとうねぇ」
会話の間、チラチラとコロの上に乗っている猪に視線が向けられている。
どうやらこの村は嵐の影響で少し食料不足のようだ。
目は口程に物を言うとはよくいったものだな。
「あー……宿と火を貸してくれるなら、猪の肉を村にお渡ししてもいいのだがどうだろうか?」
せっかく得た獲物だ。
ただでは渡せないが、宿と調理する火。
それから情報と引き換えなら悪くない。
あっという間に村中の人が集まってきて、大鍋で猪の肉を煮ることになった。
(ノーヴェ、この村は……)
(ああ。男が子供と老人しかいない)
見た限りほとんどが女性ばかりだ。
男女比が歪すぎる。
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