第14話

土曜日の昼下がり。

待ち合わせたショッピングモールは、休日ということもあって人の波で溢れていた。


「じゃあ、今日は澪の服を選ぶんだな」


「うん……でも、悠真くんが一緒にいてくれないと、落ち着いて選べないから」


そんなことをさらっと言うから、心臓が変に跳ねる。

澪は普段の制服姿も十分目を引くけれど、今日は私服で少し大人びて見える。

白いニットに淡い色のロングスカート――その組み合わせが、柔らかい雰囲気をさらに引き立てていた。


「お店、どこから回る?」


「まずは三階のレディースショップかな。そこで気になった服があったら試着してみたい」


モールのエスカレーターを上がり、目的のショップへ向かう。

ガラス越しに見える店内は、淡い色合いのワンピースやブラウスが並んでいて、澪の好みに合いそうだった。


「じゃあ、ちょっと見て回るね」


澪は笑顔で店内へ。

俺は入口近くで待ちつつ、時折店の中を覗く。

服をハンガーから外して合わせ鏡の前に立つ澪は、まるでモデルみたいだった。


(……なんか、すげぇな。これ、男なら誰でも見惚れるだろ)


そんな時だった。


「おー、可愛い子見っけ」


背後から聞こえてきた軽い声。

振り返ると、数人の男子高校生が近づいてきていた。

その中心にいるのは、背が高く、髪を派手に染めた男――佐久間。


(……あれ? どこかで……)


見覚えはないはずなのに、なぜか胸の奥がざわつく。


佐久間は澪を見つけた瞬間、迷いもなく店内へ入っていった。

そして、ちょうどブラウスを手にしていた澪の前に立ちはだかる。


「ねぇ、君。可愛いじゃん。一緒にお茶しない?」


澪の表情が一瞬でこわばった。


「……すみません、人を待ってるので」


「人って……もしかして彼氏? いないでしょ?」


佐久間の仲間たちがニヤニヤ笑いながら、澪を囲むように立つ。

通路の客はいるけれど、みんな関わらないように避けていく。


「ちょっとくらい付き合ってくれてもいいじゃん」


佐久間が澪の腕に手を伸ばした瞬間――


「……やめろ」


気づけば、俺はもう店の中へ踏み込んでいた。

澪の手を引き、佐久間の腕を払いのける。


「彼女、嫌がってるだろ」


佐久間がこちらを睨む。

「なんだよ、お前」


「通りすがりのただのクラスメイトだ」


「は? じゃあ関係ねぇだろ」


「あるよ。俺は澪の“友達”だから」


自分でも驚くくらい、声がはっきり出た。

その一言に、澪の目がわずかに揺れる。


佐久間の口元に笑みが浮かんだ。

「へぇ……じゃあ、力づくで連れて行ったらどうなるかな?」


佐久間の仲間が二歩、こちらへ踏み込んだ。

嫌な空気が肌にまとわりつく。


「悠真、やめて……」

澪が袖を引くけれど、俺は足を止めなかった。


「澪、外に出よう」

そう言って、彼女の手を握る。


だが、佐久間が道を塞いだ。

「なに逃げようとしてんだよ。ちょっと話すだけだって」


(話すだけ、ね……)

その目は、どう見ても獲物を逃がす気がない。


「じゃあ、話は俺が聞く」

そう返すと同時に、通路側に体を入れて澪を背中にかばう。


「おいおい、邪魔すんなって」

佐久間が苛立ち混じりに肩を押すが、俺は踏ん張って動かない。


「澪、行け」


「でも――」


「行け!」


その一言で、澪は小走りに店の外へ出た。

俺はそのまま佐久間たちを睨みつけ、数秒だけその場に立ち尽くした。


(やるなら来いよ……)


けれど、店員が奥から出てきたことで空気が変わる。

佐久間は舌打ちし、「チッ……つまんねぇ」と吐き捨てて去っていった。


店を出ると、澪は少し離れた柱の影で震えていた。


「……大丈夫か?」


「……うん、ありがとう」

そう言いながらも、瞳の奥に恐怖が残っている。


「知ってる奴なのか?」


少し間を置いて、澪は頷いた。

「……一週目の、私の……旦那になるはずだった人」


その言葉に、思わず息を呑む。


「旦那って……」


「詳しいことは……全部話すから。だから――」

澪は必死に笑みを作る。

「だから、もう二度と、あんな目に遭わないように……守ってほしい」


胸の奥が熱くなる。

俺は真剣に頷いた。


「わかった。絶対に、守る」


その瞬間、澪の瞳から堪えていた涙が溢れた。

夕方の光が差し込み、彼女の横顔を照らす。


(こんな涙、もう二度と流させるもんか……)


強くそう心に誓った。

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