第13話
朝の教室に入った瞬間、視線を感じた。
左隣の席では澪がにっこり微笑んでいる。
右隣ではトップアイドルの神埼天音が髪を整えていて、教室の空気がふわっと華やいでいた。
そして、後ろからは妹の紬の視線が突き刺さる。
(なんだこの配置……俺、クラスの地雷原に座ってるのか?)
ため息をつく間もなく、澪が机に身を乗り出してくる。
「おはよう、悠真くん。今日は一緒にお昼、食べよ?」
「あ、ああ……」
自然に返事が出る。
最近の澪は、なんというか……距離が近い。
昔はこんなにベッタリじゃなかったはずなのに。
「お兄ちゃんは、私と食べるんだよね?」
すかさず背後から紬の声。
澪と紬の視線がぶつかる。
「……悠真くんは、私と約束してるから」
「でも、家族優先でしょ?」
笑顔なのに、二人の声は低くてピリついていた。
周囲のクラスメイトが「また始まった……」みたいな目でこっちを見ている。
(……これ、絶対に近いうち爆発する)
昼休み前、さらに追い打ちがかかった。
「悠真くん」
顔を上げると、神埼天音が目の前に立っていた。
クラスが一瞬静まり返る。
「放課後、ちょっとだけ付き合ってくれない?」
「えっ……俺?」
「うん。プライベートで話してみたくて」
天音はにこっと笑う。
教室の男子が一斉に嫉妬の視線を送ってくる。
そして、澪と紬の気配が一気に冷えた。
(え……なんで俺、今日に限ってこんなフラグ立ててんだ……?)
昼休み、俺は逃げるように屋上へ向かった。
扉を開けると、そこには澪が立っていた。
「……悠真くん、さっきの……聞いてた」
「ああ……天音のやつか。別に変な意味じゃ――」
「私ね、悠真くんが誰かに取られるの……もう嫌なの」
小さな声だけど、はっきり届いた。
風が吹き抜ける中、俺は息を飲んだ。
澪はそっと俺の袖をつかむ。
「お願い、今日だけは私を優先して」
胸がざわついた。
ラブコメのはずなのに、なんでこんなに心臓が重くなるんだろう――。
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放課後のチャイムが鳴った瞬間、教室がざわついた。
部活に行く者、友達と帰る者、そして――俺の席の周囲に漂う妙な空気。
「悠真くん、行こっか」
澪が立ち上がる。
いつもより少しだけ声が強くて、まるで「早く私を選んで」と急かしているみたいだった。
「えっと……その……」
言葉に詰まった瞬間、後ろから紬の声が飛ぶ。
「お兄ちゃん、今日は私も一緒に帰るからね」
「えっ、紬も?」
「もちろん。家族だから、優先でしょ?」
にこっと笑うけど、目は笑っていない。
澪の頬がぴくりと引きつる。
(うわぁ……これ、間違いなく修羅場の前兆……)
さらに追い打ちをかけるように、教室の扉が開いた。
「悠真くん、もう帰る?」
神埼天音が立っていた。
制服姿のまま、教室の空気をさらっと独占するオーラ。
廊下にいたクラスメイトたちが、驚きと興奮の入り混じった視線を向けている。
「えっ、あ……うん」
「よかった。少しだけ話したいことがあって」
さらりと自然に言うけど、その視線は真っ直ぐ俺を捉えていた。
クラスの男子が一斉に「なんでだよ……!」という目をしている。
教室に、見事に三方向からの視線が交錯する。
澪:腕を組んでこちらをじっと見つめる。
紬:半歩前に出て、俺の腕を取ろうとする。
天音:相変わらず微笑んでいるけど、目は鋭い。
(お、おぉ……これもう逃げ道ないやつだ……!)
「悠真くんは、私と先に帰るんだよね?」
澪が先手を打つ。
「ううん、お兄ちゃんは私と――」
「でも、私とも少しだけ話すんだよね?」
澪と紬と天音の声が重なった瞬間、背筋が凍った。
(おいおいおい、これ一周目の悪夢みたいな光景だぞ……!)
いや、一周目の記憶はないはずなのに、なぜか本能的に悟った。
ここで間違えると、何か取り返しのつかないことになると。
結局、俺は三人に囲まれたまま下校することになった。
校門を出ても、三人は俺の左右と後ろをしっかり固めている。
周囲の生徒がヒソヒソと視線を送ってくるのが痛い。
「ねぇ、お兄ちゃん。今日の晩ごはん、何作るの?」
紬が腕を組んで話題を変える。
「えっ……あ、まだ決めてない」
「じゃあ私、オムライス食べたい」
「ふふ、いいなぁ。悠真くんの手料理、食べたくなっちゃう」
天音がさらっと追い打ちをかける。
澪の眉がぴくりと動いた。
途中の交差点で、澪が俺の手をぎゅっと握った。
「悠真くん、明日の放課後、絶対に私と一緒にいてね」
声は小さいけど、拒否を許さない迫力があった。
「……あ、ああ」
うなずくしかない俺。
そのやり取りを、紬も天音も無言で見ていた。
(あ、これ……近いうちに爆発する)
そんな確信だけが、夕暮れの胸に残った。
その夜、ベッドに横たわっても、昼間の光景が頭から離れなかった。
澪の必死な笑顔、紬のじっとりした視線、天音の静かな圧。
二周目の日常は、ラブコメの皮を被った地雷原だった。
そして俺は、知らないうちにその中心に立っている。
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