第15話
ショッピングセンターの屋上駐車場。
夕暮れの空の下、俺と澪はベンチに並んで腰を下ろしていた。
紙袋には、今日選んだデート用の服が入っている。けれど――その中身よりも、澪の横顔の方がずっと重く胸にのしかかっていた。
「……あの人、佐久間っていうの」
ぽつりと、澪が名前を口にする。
「一週目……私の知ってる世界では、あの人と、結婚してた」
俺は思わず息を呑んだ。
澪は俺の反応を確かめるように一瞬だけ視線を寄こし、そして前を向いたまま続ける。
「最初に会ったのは……大学のとき。悠真くんがもう、この世にいなかった世界」
「……」
「高校の最後、悠真くんは……クラスから孤立して、ヒロインのみんなからも責められて……卒業式のあと、命を絶った」
胸の奥がひやりと凍る。澪は淡々と語っているのに、その言葉の一つひとつが刃物みたいに刺さってきた。
「私は……止められなかった。助けられなかった。その後も、ずっと後悔ばかりして生きてた」
「大学に入って、友達ができて……ほんの少しだけ前を向けるようになった。そんな時、合コンに誘われたの」
澪はそこで、深く息を吐く。
「でもそれは罠だった。友達だと思ってた子に薬を盛られて……気づいたら、知らない部屋で、全裸で、眠らされて……佐久間が、私の体を……」
声が震える。俺は拳を握りしめた。
「写真も映像も全部撮られて……それを武器に、一生逆らえなくなった」
「大学を卒業する頃には、佐久間は働かず、他の女と遊びまわり、私には体を使って金を稼がせた。……生活も心も、全部壊された」
澪はうつむき、かすかに唇を噛む。
「結婚してから半年後……もう、何もかも限界で……私も命を絶った」
淡々と語るその声には、感情を抑え込んだ静かな痛みがあった。
「だから、今日……あの人に会って、何事もなく帰れるなんて、絶対にありえないと思った」
俺は息を吸い込み、はっきりと言った。
「もう同じことはさせない。佐久間からも、誰からも……俺が絶対に澪を守る」
澪は驚いたようにこちらを見て、小さく笑った。
「……ありがとう、悠真くん」
その笑みの奥には、まだ消えない恐怖が潜んでいた。
けれど同時に、俺を信じようとしてくれている気配もあった。
澪の家の前まで来ると、彼女は小さく会釈をして玄関に消えていった。
カーテンの隙間から、そっとこちらを見ている気配がする。
……怖かったはずだ。それでも笑って「ありがとう」と言った澪の顔が、頭から離れなかった。
「……絶対に、守る」
自分に言い聞かせるように呟く。
ただの言葉じゃない。これは、俺の中で決定的な約束になった。
その頃――ショッピングセンターの立体駐車場。
コートの襟を立て、ポケットに手を突っ込んだ佐久間が、仲間の男たちと煙草をふかしていた。
「……チッ、邪魔しやがって。あのガキ」
「どうする? 警戒されてんじゃねえの」
「関係ねぇ。手ぇかけりゃ同じだ。……あいつ、昔と同じでチョロそうだったしな」
佐久間の口元に、嫌な笑みが浮かぶ。
「近いうちに、もう一度“再会”してやるよ」
男たちの笑い声が、冷たい夜風に溶けて消えていった。
さらに別の場所――
ショッピングセンターから少し離れたビルの屋上で、ひとりの少女が夜景を見下ろしていた。
栗色の髪が風に揺れ、街灯の光に照らされる。
神埼天音。現役トップアイドルであり、そして俺たちのクラスメイト。
「……面白くなってきた」
その瞳には、好奇心と計算が入り混じっていた。
澪と俺、そして佐久間。
全員の行動を、彼女は最初から観察している――そんな目だった。
その夜、布団に入っても、澪の声が耳から離れなかった。
「ハーレムルートだけは、絶対に選ばないで」
あの言葉の真意はまだわからない。
けれど、守りたいという気持ちだけは、誰よりもはっきりしていた。
俺は目を閉じ、深く息を吐いた。
もう二度と――誰も、あんな目には遭わせない。
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好きって言えなかった幼なじみは、ハーレムエンドでヒロイン全員が破滅したのを見ている。 あむ @UtaNoUta
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