第12話

翌朝、目覚ましの電子音で目を覚ました。

差し込む朝日、見慣れた天井。

だけど、なんとなく胸がざわつく。


昨日のデートがまだ夢の続きみたいに、頭の中に焼き付いている。

あの帰り道の澪の笑顔も、手の温もりも――全部が鮮明すぎる。


「お兄ちゃーん、起きた?」


階下から元気な声。妹の紬だ。

階段を下りると、いつも通り朝食の支度をしていた。


「おはよ、紬」


「うん。……今日も澪先輩、一緒に行くって」


「はやっ……」


思わず声が裏返る。

昨日デートしたばかりなのに、今日も一緒に登校か。


「なんかさぁ、最近の澪先輩……距離近くない?」


紬は唇を尖らせながら皿を並べる。

その目は、ちょっと不満げだ。


返事をする前に、玄関のチャイムが鳴った。

ドアを開けると、朝日を背に澪が立っていた。


「おはよう、悠真くん」


にこっと微笑むその顔は、昨日よりさらに柔らかい。

そして――いきなり腕を絡めてくる。


「えっ、ちょ、近……」


「幼なじみだもん。これくらい普通でしょ?」


普通じゃねえ……!

でも、拒否できない俺はそのまま歩き出す。

後ろから紬の視線が突き刺さる。


学校に着くと、教室はざわめいていた。

その中心にいるのは、もちろん神埼天音。


長い髪を整えるだけで教室中が華やぐ。

一周目の記憶なんてないはずなのに、なぜか背筋がぞくりとする。


「おはよう、悠真くん」


天音が軽く手を振る。

クラスが一瞬静まり返る。

隣の席の澪がぴくりと肩を震わせた。


「……お、おはよ」


(やっぱり……二周目でも火種は健在か……)


放課後。

澪に連れられて、俺たちは学校近くの公園に来ていた。

子どもたちの声が遠くで響く、春の夕暮れ。


「ね、悠真くん。今日も、楽しかった?」


ベンチに座る澪が、少し上目遣いで聞いてくる。


「……ああ、まあ」


「そっか。……じゃあ、明日も一緒に帰ろうね」


澪の笑顔は、どこか必死で、でも幸せそうで。

俺はその意味を、まだ知らなかった。


----------------


春の夕暮れ、公園のベンチはオレンジ色に染まっていた。

子どもたちの声はもうほとんど聞こえず、静かな時間が流れる。


澪は俺の隣に座って、空を見上げていた。

腕が、さっきからほんのり俺に触れている。


「……こうやって悠真くんと並んでると、落ち着くなぁ」


「そ、そうか?」


「うん。ずっと、こうしていたい」


ぽつりとこぼれた言葉に、心臓が跳ねた。

昨日のデートよりも、今日の方がずっと距離が近い気がする。


(なんだろ……澪、なんか必死じゃないか?)


そんな疑問が浮かんでも、口には出せない。


沈黙のあと、澪はそっと俺の手を握った。


「悠真くん……」


「ん?」


「私ね、もう絶対に、後悔したくないの」


顔は笑っていたけど、声はかすかに震えていた。


「えっと……なんの話?」


「ううん、なんでもないよ。ただの……独り言」


ごまかすように笑う澪。

でも、俺の手は離さないままだった。


ふいに、後ろの茂みがガサッと鳴った。


「うわっ……!」


思わず振り向くと、ポニーテールの影が飛び出してくる。


「……お兄ちゃん、なにしてんの?」


紬だった。

腕を組んで、じとーっとした目で俺と澪を交互に見ている。


「つ、紬!? なんでここに」


「なんとなく……嫌な予感がしたから」


言いながら、俺と澪の繋がれた手に目をやる。

無言の圧がすごい。


「べ、別にやましいことは……」


「ふぅん……」


紬はベンチにドカッと座り込み、俺の反対側にぴったりくっついた。


(お、おい……これもう修羅場の前兆じゃないか……?)


そのとき、公園の入り口からもうひとつの声がした。


「……あれ? 久城くん?」


振り向くと、長い髪が夕日に光る。

神埼天音だった。


私服姿の天音は、テレビで見るときよりも柔らかい雰囲気で、

でもその存在感だけで場の空気が変わる。


「偶然だね。散歩してたら見つけちゃった」


にこっと笑う天音。

その目が、俺と澪と紬を順番に見た。


澪の肩がぴくりと震える。

紬は明らかにむくれている。


(あ、これ……完全に三方向から圧かけられてるやつだ……!)


「……そっか。みんな仲いいんだね」


天音は何気なく言いながらも、どこか探るような声色だった。

澪は笑顔を貼りつけたまま、俺の腕をぎゅっと抱く。


「もちろん。悠真くんは……私の大事な幼なじみだから」


その言葉に、天音と紬の視線が同時に鋭くなった気がした。


(うわぁぁ……これ、近いうちに絶対修羅場になる……!)


心の中で叫びながらも、俺は逃げられない。

澪の手は、さっきよりも強く俺を握っていた。


日が沈むまで、俺たちはぎこちない時間を過ごした。

帰り道、澪は無言のまま腕を絡めて歩く。


「悠真くん……明日も一緒に帰ろうね」


「……あ、ああ」


俺はうなずくしかなかった。

でも胸の奥で、得体の知れない不安がじわじわと広がっていた。


まるで、見えない糸に絡め取られていくような――そんな感覚。

この二周目の世界は、もう静かじゃいられない気がした。

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