第9話(白崎澪視点)
春の陽射しがまぶしい。
けれど、私の胸は少しも温かくならなかった。
高校を卒業してから、もう一年が経つ。
私は今、県内の私立大学に通っている。学部は文学部。
表向きは普通の大学生――のはずだ。
「澪ちゃん、また男の子に見られてるよ」
昼休み、学食で向かいに座る女子がクスクス笑う。
彼女の名前は彩花(あやか)。
大学に入って初めてできた友達だった。
「……そうかな」
曖昧に笑って、視線を落とす。
スマホの画面には、もう使わないはずの連絡先が並んでいた。
悠真くん――あの人の名前だけが、消せない。
高校を卒業した日のことは、今でも夢に見る。
卒業式の夜、彼は――いなくなった。
遺書なんてなかった。
ただ、彼の部屋には、私があげた古いペアのキーホルダーが置かれていた。
まるで「これで終わりだ」と言わんばかりに。
その光景が、ずっと頭に焼き付いて離れない。
「澪ちゃん、今週の金曜さ、合コン行かない?」
彩花の声で現実に引き戻される。
「合コン……?」
「うん、うちのゼミの男の子たちとさ。澪ちゃん、可愛いし絶対モテるよ!」
私は少しだけ迷った。
大学に入ってから、こういう誘いはいくつかあった。
でも全部断ってきた。
――だって、そんなことしていいのかな。
あの人を置き去りにして、笑っていいのかな。
だけど、彩花の期待に満ちた笑顔に、私は結局うなずいてしまう。
「……わかった。行ってみる」
金曜の夜。
居酒屋の個室に、四人の男の子と三人の女子が集まった。
乾杯の音が響き、笑い声が飛び交う。
私は笑顔を作るけど、心は遠くにある。
グラスに映る自分の顔が、他人のように見えた。
「澪ちゃんってさ、彼氏いないの?」
「……うん、いないよ」
「信じられなーい。こんな可愛いのに」
周りは盛り上がるけど、私の耳には届かない。
ふと、頭の片隅であの夜の雨音が蘇る。
――どうして、あのとき止められなかったんだろう。
二次会のカラオケで、彩花がこっそり耳打ちしてくる。
「ねえ、澪ちゃん。今日、いい感じの人いなかった?」
「……どうかな」
「せっかくなら、楽しまなきゃ損だよ」
笑う彩花の目が、一瞬だけ冷たく光った気がした。
でも、その意味を、私はまだ知らなかった。
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合コンの夜、終電が近づくころ。
私たちは駅前で解散することになった。
「澪ちゃん、この後さ、もうちょっとだけ飲んでいかない?」
彩花が自然な笑顔で提案する。
隣に立つのは、二次会でやたらと話しかけてきた男子――背が高く、軽い口調の男。
名前はたしか……佐久間。
「え、でも……」
終電の時間を気にした私に、彩花が囁く。
「大丈夫だよ、駅前のバーでちょっとだけ。ね?」
断る理由を探せなかった。
大学に入って、ようやく「普通の生活」が戻るかもしれない――そんな小さな期待が胸をかすめた。
駅前の小さなバーに入ると、落ち着いた照明とジャズが流れていた。
カクテルが一杯、また一杯と私の前に置かれる。
「澪ちゃん、お酒強いの?」
「……あまり飲まない、かも」
「じゃあ、これくらいなら平気だよ」
笑いながら佐久間が渡してきたグラス。
甘くて、少しだけ苦い味がした。
三杯目を飲み終えたころから、世界がぐにゃりと歪み始めた。
視界の端が暗く、遠くなる。
(……なんだろ、これ……)
「澪ちゃん、顔赤いよ?」
彩花の声が遠くで響く。
身体が思うように動かない。
まぶたが重くて、ソファに沈み込む。
最後に見たのは、彩花の顔だった。
笑っているのに、冷たい目。
――あ、裏切られたんだ。
その瞬間だけ、はっきりと理解した。
目を覚ましたとき、薄暗いホテルの部屋だった。
頭が重い。
腕も足も、鉛のように動かない。
「……っ」
視界の端に、スマホのライト。
誰かが私の動画を撮っていた。
「いいね……澪ちゃん、ほんと綺麗だよ」
佐久間の声。
その手には、私のブラウスのボタンが外されていた。
ぼやけた視界の中で、彩花の姿も見える。
彼女はスマホを構えて、無表情でこちらを見下ろしていた。
「ねー、佐久間これ終わったら ちゃんと振り込んでよね。 こいつと仲良くなるの大変だったんだから」
「わかってるさ こいつならもっと稼げるからな」
その夜の記憶は、断片的にしか残っていない。
誰かの体温、耳元でささやく声、笑い声。
そして、光るスマホのレンズ。
翌朝、目が覚めたときには全てが終わっていた。
「澪ちゃん、これ……消してほしかったら、わかるよね?」
佐久間のスマホに映る映像。
眠る私に覆いかぶさる影。
全裸の私の写真と動画。
そして、眠っている私に行われる、欲望を満たすための行為の数々。
薬のせいなのか、行為のせいなのか、おなかがいまだにおかしい。
喉がからからに渇いて、声も出なかった。
「……う、そ……」
「いい子にしてれば、誰にも見せないよ」
「けど佐久間の言うことは聞きなよ?」
彩花が優しく微笑む。
その笑顔は、もう私の知っている友達のものじゃなかった。
その日を境に、私の大学生活は地獄に変わった。
電話が鳴れば、心臓が止まりそうになる。
メッセージが届けば、手が震える。
「次は、野外でだよ、澪ちゃん」
「ちゃんと笑って。じゃないと動画、拡散しちゃうかも」
彼らの命令に逆らえなかった。
逆らえば、すぐに終わる。
私の人生が、全部。
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リアルが忙しく投稿遅れて申し訳ありません。
また、投稿していきますので、よろしくお願いいたします。
また、新規の小説も執筆中です。もうしばらくお待ちください。
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