覚醒施設

「うっそ・・・優奈、ちゃん!?」

身長528m、100倍で海沿いの半壊した街の中で遊んでいた美晴は、遥か向こうの海上から歩いて来る人影を見て、手に持っていたダンプカーを落としてしまった。

その姿がどんどん近づいて来るにつれて、若干恐怖を感じてしまう。

いちおう千鶴から連絡は受けていたが・・・

(肩に乗ってるのが冴香ちゃんかぁ、すっごくちっちゃく見えるけどそれなりに巨大化してるよなぁ・・・って、やばいじゃん。アタシなんか虫けらじゃん。踏み潰されちゃうって・・・)

美晴はさらに100倍、52.8kmに巨大化した。


冴香が優奈の肩から飛び降りて、街に止めを刺すと69.8km、いつもの1万倍に巨大化した。

「美晴さん、ビックリした?」

「いや~、ビックリなんてもじゃないよ。なんでまたこんなに大きく・・・って、1万倍のアタシよりでかいじゃん!」

今の優奈は美晴が軽く見上げ、冴香が軽く見下ろすくらいの大きさだ。身長およそ60kmというところだろう。歩いている間にも徐々に大きくなっていたらしい。

「美晴おねえさん、その・・・ご迷惑をおかけしました。」

巨大な妹分がぺこりと頭を下げた。


簡単に事情を聞いた美晴が、任せても大丈夫そうだと判断したのだろう。

「じゃあ戻るね。覚醒施設のこと、よろしくね。」

と言って、戻っていった。

「じゃあ、こっちも行こうか。って言ってもこの大きさだとのんびり歩いてもすぐだね。それと、体調悪いなって思ったらすぐ言うんだよ。」

「はい。」

普通種の3万倍以上の巨人が3人もいたこの街は、ほぼ壊滅、というより、消滅していた。それを完全に踏みにじりながら超巨大なふたりの女の子が内陸部に向かって歩いていった。


300kmという距離もふたりにとってはたったの数歩だ。歩きながらおしゃべりする暇も無い。昨日優奈が具合が悪くなってしまった街を見下ろしていた。

「優奈ちゃん、気分とか悪くない?」

「うんっ!大丈夫っ!」

「そっかぁ、何だったんだろうね?急成長の前触れだったのかな?」

「わかんない。けど、今日はなんだかすっごく気分がすっきりしているんです。」

ズゥッシィィィンッ!!!

優奈が軽くジャンプして街のど真ん中に着地する。

10kmはあろうかという超でか足ふたつが、街のほとんどをたったそれだけで踏み潰し、周りは爆風で完全消滅させてしまう。

「調子良さそうだね。」

「はいっ!」

ふたりはさらに内陸部に進んでいった。


「あら、」

街を見下ろしていた冴香の目に、3人の人形サイズの女の子の姿が入ってきた。

「巨人種よりは大きいわね。上位種かな?」

冴香は腰を曲げて手を伸ばすと、3人まとめて掴み上げた。小さくて可愛い悲鳴が耳をくすぐる。

「あっ、冴香おねえさん、その子っ!黒髪の一番おっきい子、私にください。」

優奈が何かに気付いたようだ。

「ひょっとして昨日の子?」

他の2人の倍ほどの身長の子の脚を摘まんで逆さ吊りにする。黒髪で気の強そうな顔。そう言えばこんな感じだったっけ。確かに身長は昨日の優奈ちゃんくらいありそうだ。でも、今日の優奈と比べるとたかだか十分の一の人形サイズだ。冴香はその女の子を優奈に向かって放り投げた。


「うふふ、見つけた。昨日のお礼しなきゃね。」

優奈が手の上で震えている人形サイズの女の子に話しかける。

「ほら、昨日みたいに殴っていいよ。」

胸元に近づけて、女の子の全身を呑み込んでしまえるほど巨大な胸に軽く押し付けると、何かが折れる音と小さな悲鳴が聞こえた。

「ずいぶん弱くなっちゃったね。」

女の子の片脚を摘まんで逆さ吊りにして、目の前まで上げて揺らしている優奈の顔は可愛らしい笑顔だが、瞳の奥の残酷さがいつもより強く感じると冴香は感じていた。


「あれ?」

優奈に逆さ吊りにされていたはずの女の子の姿が見えなくなった。いや、急激に小さくなったのだ。そうか、昨日も消えたわけでは無く巨大化が維持できなかったのか。

「もうおしまいかぁ、つまんないなぁ・・・」

優奈は豆粒サイズにまで小さくなった女の子をポイッと放り上げると両手を広げた。女の子の可愛い悲鳴が耳をくすぐる。

ドォォォンッ!!

女の子が目の前まで落下してきた時、姫乃が両手を叩いて即席上位種の女の子を叩き潰したのだ。手のひらには小さな赤い染みが貼りついていた。


「こっちも限界かぁ。確かにつまんないね。」

冴香の手のひらに乗せていたはずの中指ほどの身長のふたりの女の子も豆粒以下に小さくなっていた。それを見下ろすと冴香は簡単に握り潰した。


「巨人種も量産できるのかな?」

ふたりの大巨人がしゃがんで街をみおろすと、そこかしこに巨人種の姿が見える。

ざっと見渡しただけで100人はいるだろうか。相当な数だ。

冴香が指先を使って、ぐるりと円を描く。街を完全に取り囲み、後背の山脈を突き崩してほぼ円形に巨大な溝、というよりも幅500m近い深い谷間が作り上げられた。


「じゃあ、ちょっと行ってくるね。優奈ちゃんは、そうだなぁ、寝そべって巨人種と遊んでてくれるかな。それと、巨人種が沢山いるあの辺にアタシが行くから、そこの建物は潰さないでね。」

「はい、行ってらっしゃい。」

優奈が答えると同時に冴香がスルスルと小さくなり、巨人種より少し大きめのおねえさんが街の中に入っていくのを見下ろしていた。


冴香が街に入ると、次々に巨人種が襲い掛かって来た。それをひと蹴りひと殴りで沈黙させズンズンと進んでいく。と、ひとり、他の巨人種よりも明らかに大きな女の子の姿が目に付いた。

「こんにちは~。」

ぼうっとした表情で立っていた、698mの冴香とほとんど変わらない身長の女の子にあえて声をかけてみる。

「え?あ・・・あの・・・お願いです。これ以上、ひどいこと、しないで・・・」

見た感じは後背で寝そべっている優奈と変わらない年齢だろうか。

だが、話している言葉は間違いなく彼女の母国語ではない。

「ひどいことって言われてもねぇ。こんなにいっぱい上位種とか巨人種作られて私たちのところに攻めてきたら、大変じゃない。だから元を断ちに来たんだけど。」

背後から襲い掛かる巨人種を簡単に蹴り飛ばしながら冴香は答えた。

「止めさせます。だから、お願い・・・ああっ・・・」

振り返って彼女が見つめる方を見ると、優奈が指先で街の手前側を薙ぎ払っているところだった。凄まじい轟音と地響きがここまで届いて来る。

「じゃあ、まずはあなたが知っていることを全部教えてくれる?」

女の子は頷くと、その場に座って話し始めた。



彼女が覚醒施設に連れてこられたのは約1週間前だ。比較的無事だった地域を中心に10代の女の子ばかり数万人も集められたらしい。

その頃には何人かの巨人種が既にいて、街の警備に当たっていたという。

「ちょうど連れてこられた日に、私、上位種に覚醒しました。」

「あなた、自然に覚醒したの?」

女の子は黙って首を縦に振る。


施設にそのことを話した彼女は、その日のうちに様々な検査を受けさせられ、何回も血液採取をされたと言う。痛いし辛いしもう嫌だと思って、100倍に巨大化してすべてを拒絶したらしい。

「潰そうとは思わなかったんだ。」

「お友達もいっぱい連れてこられたから・・・」

なるほど、暴れるわけにはいかないか。


その子は覚醒研究についても知っていることを話してくれた。

どういうメカニズムで覚醒させるかまでは知らないが、巨人種覚醒の成功率は1%未満、上位種は知っている限りたったの4人だったらしい。

(4人ってことは、あれで全部か。ちょっとひと安心ね。)

「失敗したらどうなるの?」

「たぶん、死んじゃいます。」

積み上がった死体の山から一番仲がいい友人を見つけた時、涙が溢れて止まらなかったことも話してくれた。


「でもさぁ、だったら尚更この街は放っておけないんだよね。」

「はい、だから、この街はもういいです。でも、他の街は・・・おもちゃに、しないで・・・お願いです。」

冴香は少し考えた。話している限りは素直ないい子で敵意もないように思える。

「じゃあ、こうしましょう。あなた、小さくなれるわよね。アタシと一緒に来てくれる?覚醒施設の正確な場所がわからなくてね、案内してくれるかしら。

そうしたら、あなたのお願いを聞いてあげられるかを他の上位種と相談する。」

「わかりました。こっちです。」

女の子はゆっくりと立ち上がると、冴香を先導するように歩き出した。


「あなた、お名前は?」

「ラン、ラン・メイです。」

冴香より少し背が高い幼い感じの女の子が、あまり足元を気にせずに歩いている。

本当にこの街のことは諦めてるみたい。足元を逃げまどう膝より低いくらいの身長の巨人種を蹴り飛ばし、建物も平然と踏み潰していた。

「アタシは・・・」

「知ってます。サエカさん、ですよね。」

あら、有名人なのね、アタシ。

「ランちゃんは、アタシ達のこと憎くないの?」

ランの足がピタッと止まる。振り返った顔は半べそのような顔だった。

「憎いです。大嫌いです。でも、故郷を守るためにはこうするしかないじゃないですか。無理やり上位種を作ったって全然敵わない。施設の人は『隙を見て敵国に攻め入って出来るだけ多くの巨人種や普通種を殺せばいい』って言いますけど、そのあとどうなりますか?絶対に仕返しされる。そうしたら今度こそ私の故郷は・・・」

「全滅するだろうねぇ。」

「だから、昨日から寝ずに考えたんです。ほんの少しでも故郷を守れる可能性を。」


巨人種の数が少し増えた気がした。目標は近そうだ。

「ここです。」

ふたりの足元にはかなり新しいビルが何棟か建っていた。

「優奈ちゃん、全部聞いてたよね。この辺に巨人種が近づけないようにしてくれるかな?」

「は~い。」

上空から間延びした声が轟く。と、同時に肌色の巨大なものが急速に近づいて来た。

ズゥゥゥンッ!!!

優奈の人差し指が、近づいて来る巨人種も無事だった建物も何もかもすり潰しながら移動していく。

「やっぱ・・・勝てるわけ、無い・・・」

ランがそう呟く間に、街全体を取り囲む谷の内側に施設を取り囲む、外周の谷とほぼ同じ幅と深さの円が作られた。

「ランちゃんもあのくらい巨大化できるんじゃないの?」

「1万倍までは巨大化してみましたけど、街を壊したくなかったんですぐ小さくなりました。でも、同じ大きさになれても勝てるとは思ってないです。」

「そうなんだ。まあいいわ、じゃあ、施設の中、案内してくれる?」

ランは小さく頷くとだんだんと小さくなっていった。冴香も小さくなってランの後に続いて覚醒施設に入っていった。

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