優奈の異変

冴香は身長6980mに巨大化して西の大陸に上陸した。

「さ~て、優奈ちゃんはどこかな?」

今日は足元を気にしなくていいので少し気楽だ。優奈以外の巨人種の子たちは、今日から少しの間、美晴に引率されて東の大陸に行っているからだ。

これは、必要以上に巨大化しなければならない場合などの不測の事態に備えてのことだ。もし、10万倍の即席上位種が現れたら、最低でも1万倍に巨大化する必要があるからだ。

周りを見回すと100kmほど離れた少し内陸部に入ったあたりに向こうを向いて寝そべっている女の子の姿を見つけた。

「いたいた。寝そべって街遊びでもしてるのかな?」

冴香は横たわっている女の子に近づいていった。


何かが違う。違和感が冴香を襲う。あの寝そべってる子、優奈ちゃんじゃない。

じゃあ、他にあんなサイズの子・・・即席上位種?

冴香は瞬時に69.8kmまで巨大化した。


「しぶといわねぇ。どんだけ頑丈なのよっ!」

冴香が上陸する1分ほど前、優奈はほぼ同じサイズの身長6000mを少し超えるほどの巨人と取っ組み合いをしていた。

だが、持ち前の怪力は影を潜め、相手の女に簡単に組み伏せられてしまった。

(なんで?なんだかぜんぜん力が入らない。いくら殴られても全然痛くないのに、少しでも力が入ったらこんな子なんかに負けないのに、なんで?)

何故力が入らないのかがわからない。それでも、身体の強さは残っているらしい。どういうことなんだろう?

殴り続けてもキリが無いと思ったのだろう。女は優奈の首を締めにかかった。

同時に、上空が暗闇に染まった。


「なんだお前はっ!」

冴香が覆いかぶさるように見下ろすと、仰向けになっている優奈の首を同じくらいの大きさの女が締め付けていた。

すぐに女を握り潰そうと手を出したが、その瞬間女の姿が消えてしまった。

「どういうこと?」

だが今は優奈を保護する方が先決だ。冴香は片手で優しく優奈を掬い上げると、立ち上がってひとまず海岸線まで戻ることにした。


「冴香おねえちゃん・・・ごめんなさい。負けちゃった・・・」

地面に降ろされ、同じサイズになった冴香の顔を見て優奈は涙が止まらなくなった。

「謝ることないわ。それより何があったの?喋れるなら教えてくれる?それとも少し休む?」

優奈は首を横に振ると、その場に起き上がった。



冴香をどこで待っていようかと考えながら適当に歩き回っていた時、急に立ち眩みのような症状に襲われた優奈は、その場に座り込んで息を整えていた。

どのくらい時間が経ったかはわからない。いつの間にか、少し先に巨大な人影が見えた。

「冴香おねえちゃん?じゃないっ!」

優奈は慌てて立ち上がり、突っ込んで来た同じくらいのサイズの女を受け止めようとしたのだが、そのまま尻餅をつき組み伏せられてしまった。


「でも、おかしいんです。力は全然入らないのに、押し倒された時も殴られた時も全然痛くなくて・・・」

ひとまずこの日の作戦は中止し、優奈を連れて一度戻ることにした。



「こうしてみると本当に大きいわね。」

「そうだねぇ、まるで人間山脈って感じ。でもアタシたちもあの大きさだとあんな感じなんだろうね。」

「いや、私は山脈じゃないし・・・」

千鶴が少し赤くなって冴香の意見を否定するところが何となく可愛い。


優奈をいつもの基地の演習場に寝かせて、3人はいつもの部屋の窓からその姿を眺めていた。美晴も急遽予定を変更して巨人種の子たちを連れて戻っていた。

横たわる優奈の周りにいる巨人種の軍人たちがまるでガリバーの身体に群がるリリパット人に見える。

「特に異常はないわね。ナノマシンに皮膚の表面をスキャンさせたけど、人為的な穴とかは無いし、血液検査の結果も異常なし。外部から何かされた訳では無さそうね。」

千鶴が検査結果データを見ながら外的原因ではないと結論付けた。

「じゃあ、なんだろうねぇ。頑丈さはそのままだったみたいだけど。本人に聞いても心当たりないって言うし。」

「2,3日こっちで休ませて様子を見ましょうか。」

「そうだね。で、覚醒施設の殲滅はどうする?アタシ、行こうか?」

美晴が手を上げた。

「でも、優奈ちゃん、なんか責任感じちゃってるみたいでさ。回復するまで待ってくれないかな。」

「じゃあ、3日間様子を見る?それで回復しなかったら私と美晴さんで行ってくるから。それでいいよね。」

冴香のお願いに千鶴が折衷案を出す。

「そうだね。でも、がら空きには出来ないから先に西の大陸に行って留守番してるわ。」

千鶴の提案に美晴も同意して、この日は解散になった。


翌朝、緊急連絡で呼び出された冴香は呆然と基地の方を見上げていた。

「ど・・・どういうこと?」

まだ100kmほど基地から離れているが、基地の隣の演習場で寝ていた優奈が起き上がって座っている。元々6000mの巨体なのだ。座ったところで3000m級の山と座高は変わらない。だが、今向こうにいる優奈はとてもその程度の大きさとは思えなかった。

先に到着した千鶴が、巨大化して優奈と何やら話しているが、周り(特に足元)と比較すると恐らく1万倍、19.8kmになっているはずだ。その千鶴が軽く見上げているのだ。恐らく優奈の身長は50km近くになっているようだった。


「あ、冴香おねえちゃん・・・」

3000倍、20.9km に巨大化して近づいて来た冴香を見つけて、優奈は嬉しそうだ。

だが、満面の笑顔にはほど遠い。よほど昨日のことがショックだったのだろう。

そして、今の大きさにも少し驚いているようだった。


「それにしても大きくなったね~。」

冴香が優奈に近づいて見上げてみる。冴香の身長はお尻をペタッと地面につけて座っている優奈の肩より少し高いくらいだ。

「ねえ、優奈ちゃん。寝ている時に何か変な感じとかあったかな?」

千鶴が優奈の背中に回り込んで観察してみるが特に異常はなさそうだ。

「昨日、ここに来てから凄く眠くてそのままずっと寝てて、目が覚めた時に全身がムズムズってするなって思って起きたら、どんどん大きくなっちゃって・・・」

「普通種が巨人種に覚醒する時に似たようなパターンがあったよね。でも、その前に力が入らなくなるのは前例がないけど。」

千鶴にも思い当たる節は無さそうだ。

「そうだねぇ。調べるのは後でもいいんじゃない?優奈ちゃんも元気になったみたいだし、覚醒施設潰してくるよ。」

「そうね。少しは優奈ちゃんの気分も晴れるでしょうから行って来てくれる?」

「おっけぇ!じゃあ、優奈ちゃん、立ってみて。」

「あ、はい。」


ズゥゥゥゥンッ!ズゥゥゥゥンッ!

「はぁ・・・アタシ達って今普通種の1万倍くらいだよね。」

「そうね・・・」

冴香と千鶴は、視線の前にある今のふたりの身体よりも圧倒的に太い太ももを見つめている。つまり、優奈は普通種の2万倍以上もあることになる。

「あの・・・なんか、恥ずかしい・・・」

ふたりの頭上で優奈が少しはにかんだ顔で見下ろしていた。


「じゃあ、行ってくるわ。優奈ちゃん、ちょっと沖に出て大回りで行くからね。」

先に歩き出そうとした冴香がふわっと浮き上がる。優奈が冴香の両脇に手を差し込んで持ち上げたのだ。

「今日は、私が冴香おねえちゃんを運んであげる。」

優奈の顔が悪戯っぽく微笑む。少し気分が復活したような感じだ。ここは応じてあげないとだなぁ。冴香はそう感じたようだ。

「いいけど、怖いことしないでよ~。」

笑顔でそう言う冴香を肩に乗せて、優奈は水たまりのように浅い海を歩き出した。


「仲のいいことで、本当に姉妹みたい。でもなぁ・・・」

優奈の後姿を見送った千鶴が振り返ると、眼前には広大なはずの軍の演習場が完全に陥没していた。もちろん優奈が座っていた場所だ。

「埋め立てておかないと海水が入って湖になっちゃうなぁ。でも、巨人種だけにやらせるの、大変かも。」

千鶴はクスッと笑うと、小さくなりながら軍基地に戻っていった。

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