上位種のお礼参り

「ふぅ・・・」

濃紺の競泳水着姿の千鶴が、横向きに寝そべってため息をつく。

同時に、口許近くの何かとても小さなものが、ぱぁっと舞い上がり、数千数万もの塵のようなものがひらひらと舞い落ちていく。


北の大陸の国境沿い。他国との境界線に近い大都市はたったひとりの上位種のたった1回のため息によって、数百万人が一瞬で吹き飛ばされ引き千切られてほぼ壊滅状態になった。

身長198km、10万倍サイズの千鶴にとっては、たかだか10km四方に展開する普通種の都市など手のひらサイズだ。地殻ごと掬い上げて握り潰してもいいし、軽く平手打ちして叩き潰してもいい。今みたいにため息ひとつで吹き飛ばしたって結果はほとんど変わらない。

「あ、やば・・・考えごとしてた。」

千鶴としては破壊する意思は無かったようだ。この都市は運が悪かっただけだった。



「本当に潰さなきゃいけないのはこっちなんだよね。」

独り言を言いながら千鶴は胸元に広がる大都市を見下ろす。ほぼ円形に広がっている街の千鶴側が間断なく小さな光を発している。

かれこれ彼らの猛攻は10分以上は続いているだろうか。

この街を胸元に置くように寝そべり、指で空港をなぞって使用不能にして、さらに街の周囲をなぞって地上からも誰一人逃げられないようにする。

街の周囲に幅1km、深さ1kmにもなる巨大な谷が数秒で作られたのだ。しかも、谷の両側には、標高500mにもなる連山が作り上げられていた。当然、脱出に成功したものなど皆無だ。

千鶴は街の中で光る小さな光の中に人差し指を軽く突き立てて引き抜いた。指先にはビルなどのたくさんの瓦礫に混ざってざっと数十両の戦闘車両が貼りついている。

指の幅は1kmあるのだ。それが街の中に押し付けられてその程度の被害で済むのは軽い方なのだろう。


「やっぱ。屈辱的におっぱいで潰すかなぁ。でも、あのふたりの破壊力には絶対勝てないし・・・う~ん、悩む。」

あのふたりとは、美晴と冴香の超爆乳コンビだ。10万倍に巨大化した状態ならば、どんなに広大な大都市でも片乳だけで瞬時に全滅させることができるのは既に実証済みだ。

とはいえ、千鶴だってFカップの美巨乳の持ち主である。今のサイズだって20km四方、この眼下の大都市程度は片乳を乗せただけで全てペシャンコにできるのだ。

比較対象が呆れるくらいでかいと、張り合うだけ無駄だと普段は思っているのだが。


ズゥッドォォンッ!!!

結局千鶴は腹ばいに寝そべった。凄まじい衝撃が地上を襲う。

胸元にあった大都市は、完全に千鶴の、というより千鶴の右胸の下敷きになり、影も形も見えない。さらに、左胸は少し離れた隣国との国境を兼ねる山岳地帯に襲い掛かり、山よりも遥かに巨大な美巨乳が、いくつもの山々を纏めて下敷きにしていた。

「あっけないよなぁ。」

確かにもう少し小さい状態で破壊するという手もあったのだが、他の国の見せしめにするという目的もあったのだ。『ただ寝そべっただけでアンタたちの国も同じ目に遭うんだよ。』というメッセージの意味も込めていた。



数日前、千鶴の家に賊が押し入ったのだ。生憎千鶴は不在で、代わりに普通種の中でも特に優秀な兵士が4名、千鶴の母の護衛に当たっていた。

急報を聞いて駆け付けた巨人種の兵士の機転で、母親は2階の窓から巨人種の掌に乗り移り(相当渋ったらしいが)そのフォローをしていた普通種の兵士が母親を庇うために殉職している。

賊は3人が普通種との銃撃戦で射殺され、1人が重傷を負った。逃げ出した3人は纏めて巨人種に踏み潰された。残った3人が無条件降伏した。


千鶴の怒りは激しかった。全世界を滅亡させる勢いの怒りを美晴と冴香で何とかなだめ、まずは実行犯の組織の洗い出しから始まった。たった数時間で割り出された組織の場所は北の大陸にあった大国の一番西寄りの隣国との国境付近だった。

勢力の復活に躍起になっていることは知っていたが、いくらなんでも組織的な反抗を企図するには早すぎる。黒幕がいると考えた千鶴は、たった1日で黒幕だった国を突き止めた。

「あ~、あそこかぁ。確か巨人種の数もそれなりだし大量破壊兵器も持ってるんじゃなかった?」

冴香が言うと美晴が反応する。

「数が少ないから放置してたけど、今回のは見逃せないね。でも面倒だなぁ、周りに余計な国が取り囲んでる。」

「余計な国って?あ、全部アタシ達に絶対服従を誓約した国かぁ。でも、無条件で通過できんじゃん。」

「いらっしゃる前に一声いただきたいって言ってたじゃん。一声かけてたら、その間に黒幕が逃げ出すでしょ?」

千鶴は沈黙したままだ。それに美晴が気づく。

「どうしたの?」

「潰してくる・・・」

千鶴はすっくと立ちあがると、巨人種用の会議室を後にした。

慌てて美晴と冴香が追いかけたが、既に飛び出した後で、数秒後に遥か向こうに巨大な千鶴の後姿のシルエットが浮かび上がった。

「どうする?追っかける?」

「まあ、世界中敵に回しても大丈夫だからいいんじゃない?」

美晴の問いに、冴香はわかりやすいくらい豪胆に答えた。


それから1分もしないうちに、千鶴はテロリストたちの前線基地の大都市に到着し、3分もしないうちに結局乳で丸ごと押し潰すという暴挙に出たのだった。



千鶴は起き上がって、脚をハの字にしてペタン座りで地表を見下ろしていた。

競泳水着の胸元にこびり付いていた小さな塵やごみをパパッと払い落とすが、それらは数m~数十mもある瓦礫や潰れた車両などだ。人間などあまりにも小さすぎて塵にもならない。

「あとは黒幕かぁ。どうするかなぁ、この国は属国だから蹂躙しても文句は言われないけど・・・」

千鶴としては他の国が二度と変な気を起こさないようにしなければならないと思っていた。つまり、なるべく絶望的に黒幕の国を抹殺したかったのだ。

「これが一番効果的かな。」


突然現れた上位種が隣国を蹂躙する様が山岳地帯の反対側の国からは手に取るようにわかった。

首都では、何としてもあの国の指導者にコンタクトを取らなければならないが、当の『本当の支配者』のうちのひとりが現れているのだ。

逃げる?どこに?遥か彼方で座り込んでいる恐ろしく巨大な少女は数百kmも離れている場所にいるのにすぐ目の前にいるような大きさで聳えている。

国民たちも同様だ。恐怖と絶望しかない。今あの上位種が立ちあがってこちらに歩いてくれば、たった数歩でこの国は壊滅してしまう。そんな数秒の間にどこに逃げればいいのか?人々は固唾を飲んで、超巨大美少女が次に何をするのかを見上げるしか術が無かった。


テロを仕掛けた黒幕の国の指導者の狼狽はそれ以上だった。何の情報も兆候ももたらされないうちに突然ターゲットの娘である上位種が現れたのだ。

作戦が失敗したということは明白だった。失敗が分かった数分後には機上の人になる手はずも整えていた。だが、それを当事者の出現で知ることになるとは夢にも思わなかったのだ。だが、まだ手段はある。ここまで1000kmも離れているのだ。

上位種出現と同時に首相府を逃げ出した指導者たちはそれぞれ空港に向かい、もう到着するところだ。到着と同時に緊急離陸して飛び去ってしまえば、逃げ出したことにも気づかれないはずだ。そう思ったのだ。



千鶴の姿を色々な思いで見ていた誰もが目を疑った。座ったままの上位種の姿が瞬く間に拡大していく。大陸の西端だけでは無く、さらに遠くまでが一気に暗闇に染まっていった。


「こんくらいでいいかな。」

さらに10倍、1980kmに巨大化した千鶴が北の大陸の元大国の西側のほとんどを巨大な尻の下に敷いて座ったままで大陸の西端までを見下ろしている。

ゆっくりと前屈みになり手を伸ばせば、テロの黒幕国家まで届いてしまう。

揃えられた4本の巨大な指がズブズブと地面に突き刺さり、周囲に『地震』という表現では言い表すことができないほどの天変地異が襲い掛かった。


地面が割れ、途方もない広さがズブズブと周りの地面から引き剥がされていった。

テロの黒幕国家の領土のほとんどを千鶴は片手で掬い上げたのだ。

いち早く逃げ出していた指導者の乗った旅客機は地面が大揺れする直前に車輪が滑走路を離れ、脱出に成功したかに思えた。

だが、離陸後に上げていく高度よりも遥かに地面がせり上がる速度が勝っていた。

指導者がホッとする間もなく、旅客機はボロボロに崩れた滑走路に叩きつけられて爆発、四散し、さらに上昇加速度による風圧で完全に押し潰された。


手のひらに乗せられた大地の上にいた数千万人が同じ運命を辿っていた。上昇加速度に耐えられず、すべての生命が押し潰された。車両や建造物も同様だった。


千鶴は掬い上げたテロ国家を胸元に寄せて見下ろしてみる。たぶん、ほとんどが死んでいるだろうとは思ったが、バクテリア並みの生命力を持っている人間がいるかもしれない。全世界に見せつけるようにそれを目の前まで上げると、満面の笑顔で握り潰した。



「やっぱさぁ、怒らせると一番危ないのは千鶴ちゃんだよねぇ。」

翌日、いつもの軍基地に3人の上位種が集まっている。話題はもちろん、千鶴の大虐殺だ。冴香が面白半分に煽っても、その当事者はなかなか他のふたりと視線を合わせようとしない。

「でもさぁ、遊び心あるよね。千鶴ちゃん、おっぱいドーザーやった感想は?」

「か・・・感想って・・・ちょっと、気持ち、よかった。」

美晴と冴香が顔を見合わせてにんまり笑う。

「でしょぉ!」

「でっ・・・でもっ!ふたりみたいにバカでかくないから、可愛いもんだと思うけど。」

「ほぉ~、300万匹以上おっぱいで圧殺して可愛いもんなんだ~。」

「その後、3000万匹だっけ?握り潰してるもんね。」

美晴と冴香がからかうと、千鶴の顔が赤くなった。

「いっ、いいでしょっ!だいたい、上位種に逆らうとか一億年早いのよっ!

いい見せしめでしょっ!」

そう言ってさらに赤くなる千鶴を見て、美晴と冴香は、やっぱ可愛いなぁと思ってしまった。

千鶴が話題の中心から外れるのは、もう少し先になりそうだ。

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