反省会

あれから5日後、同じ基地の巨人種用の部屋の中で、3人の上位種が座っている。事情があって開催を遅らせたのだ。そこに、首相首席秘書官の巨人種と、大型バスを手に持った軍官僚の巨人種が入ってきた。

「お待たせしました。」

3人に一礼してバスをテーブルの上に乗せる。

「出て来なさい。」

美晴がそう言うと、バスの中からぞろぞろと政府要人が現れた。

内閣総理大臣を筆頭にした全閣僚、長官職以上の軍要人などそうそうたる顔ぶれだ。

「揃ったようね。本来ならアンタたちに報告する義務も無いんだけど、一応国として知っておいた方がいいと思って呼んだんだ。異議がある奴はいるかな?」

美晴の問いかけに誰も何も言わない。美晴は軽く頷くと視線を首席秘書官に向けた。


首相首席秘書官が一歩前に進み出る。

「では、改めて昨日の戦果を報告いたします。まず、北の大陸ですが、上位種を1名抹消。それと、移動して来た西の上位種1名も抹消。普通種、巨人種は3億人ほど抹消しました。また、保有していた大量破壊兵器は今朝までに全て破壊しております。現在、軍の巨人種5名を駐留させ、管理に当たらせております。」

「放置でいいんじゃない?別に占領しに行ったわけじゃないし。」

千鶴の意見に他のふたりも賛同した。

「承知しました。では、駐留中の巨人種には本日中に帰還命令を出します。」

首席秘書官が事務的に答えた。


「次に西の大陸ですが、上位種3名を抹消。1名を北に移送。これは美晴様にて抹消されております。普通種、巨人種は5億人ほど抹消しました。大量破壊兵器はこちらも全て破壊済です。」

「こっちも巨人種行かせてんの?」

冴香が尋ねる。

「いえ、こちらは当方から近いので特には、必要であれば駐留させますが。」

「そういうのいいから、近いし好きな時に巨人種とかが遊びに行ければいいんじゃないかな?」

「そうね、遊び場としても申し分ないわね。」

「うんうん。」

冴香の意見にふたりも賛同した。


「最後に東の大陸ですが、上位種2名を抹消。普通種、巨人種は・・・10億人ほど抹消しました。他にすべての生物が抹消されております。大量破壊兵器は・・・」

「あ~、恥ずかしいから、もういいわ。」

千鶴が少し慌てた顔で止めに入る。

「指でなぞっただけで10億殺すってやっぱ凄いねぇ!」

冴香が妙に感心する。


「合計で18億人、総人口比で約20%ほど減少しましたが、経済活動など一部支障はありますが一時的なものという試算結果が出ております。」

もう政府要人の顔面は真っ青である。だが、彼らの真の恐怖はこれから始まる。



「じゃあ、次の報告、お願いするわ。」

次の報告って、上位種3人がそれぞれの大陸の軍事大国を壊滅させた。それで終わりではないのか?他にいったい何が・・・その時、入り口のドアが開かれふたりの巨人種がそれぞれ腕に何かを抱きかかえながら入ってきた。

それを見た何人かの顔色が変わる。


「わ・・・我々は、退出したいのだが、これから閣議が・・・」

「何を言っているの?私たち主催の報告会とこびとの政府の閣議とどちらが大切なのかしら?」

スピーカーを通して何とかこの場を逃れようとした閣僚たちを千鶴の冷たい一言が制してしまう。その閣僚たちの視線の先、高さ100mはありそうなテーブルの中央に巨人種が持ってきたものが乗せられた。

「ご苦労様、どうだった?」

「はい、近郊の空港に目立たない様に隠されておりました。もう一機は残念ながら軍基地の格納庫の中にありました。護衛の者がいましたが、お言いつけ通り全て踏み潰しました。逃げた者はおりません。また、我々が視認してから中から外に逃げた者、外から中に入った者はひとりもおりません。現状を保存したままこちらにお持ちしております。」

美晴の問いかけに、身長200mを超える大柄な士官がやや緊張した面持ちで答えた。もうひとりも直立不動のままだ。そして、テーブルの上には明らかにこの国の航空会社のデザインではない大型旅客機が並べられていた。


「これさぁ、北と西の政府専用機だよね。なんでこんなものがこの国の空港にあるのかな?」

冴香が西の大国の国旗があしらわれたデザインの旅客機を握り潰さないように掴み上げ、中を覗き込むと、コクピットの中にいる怯えた顔のふたりの乗員と目が合った。

「誰が乗ってんの?」

コクピットの中に指を突っ込んで、ひとりをあっさりと押し潰す。それでも答えようとしないもうひとりを指をスライドさせてすり潰し、ついでにコクピットも完全に破壊した。

「ねえ、尋問は千鶴ちゃんがするんでしょ?ちょっとこの中で遊んできていい?」

「わかった。こっちは適当にやっとくね。」

冴香は旅客機をテーブルの上に戻すと、忽然と姿を消した。

直後にテーブル上に身長698cmの冴香が現れ、軽くジャンプして最前部の頑丈な気密ドアを簡単に蹴破って窮屈そうに中に入っていった。


千鶴は首相を摘まみ上げて手のひらに落とすと、それを目の前まで上げた。

「どういうことか説明してくれるよね。」

広大な手のひらの上に蹲っている首相は押し黙ったままだ。

「黙秘、なのかな?」

千鶴はクスッと笑うと、壁際に立っていた巨人種の首席秘書官に目配せをした。

首席秘書官は千鶴に近づき、右手を首相の近くに差し出す。指の間には身長3m近いが普通種の女性が挟まれ、泣き叫んでいた。

「次席秘書官とずいぶん仲がいいようね。不倫関係だったらしいじゃない。」

プチュッ・・・

千鶴が言い終わると同時に首席秘書官が次席秘書官を捻り潰した。バラバラになった四肢がテーブル上の閣僚たちの中に落下していき、あちこちから叫び声が上がっていた。

「き・・・貴様っ!なにをしたかわかっているのかっ!」

初めて首相が言葉を発したが、彼女は全く表情を変えなかった。代わりに千鶴が口を開く。

「説明が無いと次はあなたの大切なご家族が同じ目に遭うんでしょうね。お孫さん、小学校2年生でしたっけ?」

「ふ・・・ふざけるなっ!脅しているつもりかっ!おいっ!お前っ!私の部下なら何とかしろっ!」

首相の顔面は蒼白だが、なぜか目だけは血走っている。だが、首席秘書官が冷徹に止めを刺す。

「何か勘違いしていますね。確かに立場上はあなたの部下ですが、私がお仕えするのは上位種のお三方です。なぜ私が、お前のような虫けらの言うことを聞かないとならないのです?そうそう、千鶴様は脅しているわけではありません。お前が何も言わなければ今度は家族を殺す。そう宣言なさっているだけですよ。付け加えるなら身を隠している場所は既に軍の巨人種が見張っています。もちろん、私設秘書や警備員は全員殺害済です。ご心配なら連絡してみてはどうですか?」

首相はがっくりと肩を落とした。


「わ・・・私は、貴女たちを裏切ったとか騙したとは思っていない。国のために必要なことだと確信している。」

淡々と首相は話し始めた。自国の上位種の本当の実力を知らされていなかったが故に、勝った場合と負けた場合それぞれを想定して手を打っておく必要があったこと。

そのためのホットラインの維持だった。

そして、開戦当日の朝に首席秘書官から知らされた驚愕の事実。それを材料に相手国との戦後処理を有利に進めようと考えたこと。

ここまで話して、北の旅客機を弄んでいた美晴が口を挟む。

「戦後処理って、アンタ、そんな権限誰が与えたの?っていうか、処理する相手が滅亡するって考えなかったんだ。それともアタシ達の実力、過小評価した?」

バキッ!

美晴は主翼の付け根あたりでまっぷたつにへし折った旅客機の先頭を握り潰し、後ろ側を上にして中に潜んでいた普通種を手のひらの上にぶちまける。

総勢で30人ほど乗っていたようだ。

「こいつらに領土を残す約束でもして、アタシ達の弱点を探させる手伝いをさせようと思ってたんでしょ?北と東は諜報機関も優秀だもんね~。」

指先で尾翼の近くを摘まんでプラプラさせていた美晴が、「丸めといて。」と横に立っていた巨人種の士官に放り投げる。

ベキベキバキバキと、士官の女性が簡単に旅客機を押し潰してクシャクシャに丸めていった。


「まあ、私たちの情報を他国に流した罪は重いわよね。名前と顔はだいぶ前からバレてたみたいだしね。首席秘書官、アンタもよ。不用意に情報を閣僚に漏らしたのはアンタらしくない失策だったわね。」

千鶴のひと言に、壁際に下がっていた首席秘書官の顔が急速に青ざめる。

「でも、すぐに私たちに報告してくれたこと、後処理の手際の良さ、失点を挽回して加点に繋がったと思ってるわ。」

「あ、ありがとうございますっ!」

首席秘書官の顔がぱあっと明るくなり正確に90度上体を折り曲げた。


「で、こいつらの処分なんだけどさ。。。ん?」

千鶴が何かに気付いたらしい。同時に美晴の顔が綻んだ。

「冴香ちゃん、何やってんだか。」

西の大型旅客機の胴体の中央がメキメキと音をたてて変形していく。

すると、メリメリッと天井が裂け、そこから少し巨大化した冴香が顔を出したのだ。

さらに巨大化し続け旅客機の胴体部を完全破壊して、30倍、身長209mの姿でテーブルの上から降り立った。

「なにしてたの?」

「こういう狭いとこの巨大化ってやってみたかったんだよねぇ。でも、爆発したみたいにはなんなかったなぁ。」

「そういう時は一気に巨大化しないと。」

「そうだねぇ、今度頑丈そうなビルでやってみるわ。」

突然の緊張感のない会話に千鶴は少し呆れていたが、『冴香ちゃんってたまに凄く子供っぽいことするよなぁ。』と妙に感心していた。


「それで?西の首魁はいたの?」

千鶴が冷静を装って尋ねる。

「あぁ、いちおういたけど、ツラも同じだったし嫁っぽいのとガキも連れてたからね。でも、影武者だったかも知れないね。さすがにそこまではわからんかった。」


冴香が機内に侵入した時、盛大な機銃掃射の大歓迎を受けた。

「上位種にそんなもん効くわけないでしょ。」

四つん這いで銃弾の雨の中を突き進み、片腕で5人ほど纏めて粉砕する。残りも数秒も持たずに全滅し、後部との隔壁を破壊して後部に進むこと3回で、豪華な応接セットに固まって震えている首魁と家族を見つけた。

訳の分からない叫び声を上げながら突進してくる首魁を片手で簡単に叩き潰し、震えている家族には「面白いもの見せてあげるね。」とその場で巨大化を始めたのだった。


「で?そっちは終わったの?あ、まだだった?」

冴香が見回すと北の旅客機の姿は既になく、握り潰された機体前部が転がっている。美晴の掌に乗せられているのは旅客機に乗っていた連中だろう。何匹か銃撃しているが美晴は素知らぬ顔で平然としている。

千鶴が手のひらを差し出してきた。

「これからこいつを処刑するところなんだけど、冴香ちゃん、やる?」

「あ~、任せるわ。」

冴香が残骸と化した西の旅客機の機体前部、左右主翼、機体後部をかき集めて丸めながら答えた。


「首席秘書官、こいつら全員処刑してくれる?方法は任せるわ。罪名は情報漏洩の共同正犯と戦争犯罪人隠避の共同正犯でいいわ。」

千鶴の発言にテーブル上で震えていた閣僚や軍首脳が一斉に騒ぎ始める。口々に独裁だとか裁判を受けさせろとか言っている。

「上位種の決定はこの国の法律や最高裁判所の判断より優先される。そう言って私を国に協力させようとしたのはアンタたちでしょ?忘れたの?それに、一機が軍基地にあった以上、軍首脳の関与も看過できない。よって全員死刑。なんかムカついたから、私の目の前で執行してくれる?」

「畏まりました。」

首席秘書官が淡々とテーブル上を逃げまどう閣僚や軍首脳を摘まみ上げ、左手の上に落としていく。

「ついでにこれもお願~い。」

美晴が北の旅客機に乗っていた全員を首席秘書官の掌に転がり落とす。

最後に首相も千鶴の手から秘書官の手に落とされた。


「最後にいいこと教えてあげる。アンタたちの家族は不問にしてあげるよ。その後私たちに反抗したらどうなるかわかんないけどね。子供や孫が長生きできるように祈ってなさい。」

千鶴がそう言うと、首席秘書官の手がゆっくりと閉じていった。50人程度なら大柄な巨人種であれば一握りで処分できるのだ。彼女の指の隙間からいくつかの赤い筋が流れていた。



「あの、千鶴様、新しい内閣はどういたしましょうか。」

首席秘書官が赤く染まった手をタオルで吹きながら聞くと、千鶴も少し考えてしまった。少しして考えが纏まったようだ。横に立っていた旅客機を持ってきたふたりの士官に顔を向ける。

「アンタたちが巨人種の中で最上位だっけ?」

「はい。大佐です。彼女は中佐になります。」

ふたりのうち、少し小さいひとりがふたりの階級を答える。

「わかった。じゃあ、アンタが司令長官。そっちが参謀長官でいこうか。それと、首席秘書官。」

「はいっ!」

首席秘書官が思いきり背筋を伸ばす。

「アンタ、首相やんなさい。傍で見てたんだから政治の仕方くらいわかるでしょ?組閣は任せる。それと、私たちへの反逆とそれにつながる行為以外は何をしてもかまわない。でも、私たちの指示が最優先なのは変わらないから。それでいいよね。」

美晴と冴香が頷く。が、首席秘書官はポカンとしたままだ。

「あ・・・あの・・・私なんかで・・・」

「アンタ以外適任がいないと思ったからよ。それに、我慢しないで好きなようにしてもいいのよ。魅力的でしょ?」

千鶴が意味ありげににんまりと笑うと、首席秘書官改め首相閣下は顔を赤らめた。彼女が普通種を握り潰した時に一瞬見せた愉悦に浸った表情を千鶴は見逃していなかった。


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