東の消滅
千鶴は腰のあたりを摘まんでいる人形サイズの少女を東の大陸の中央付近に近づけていった。首都はこの大陸の東側にあるが、まだ直接の被害は受けていない。
だが、それも千鶴の指の動きひとつでどうにもなる距離だ。
身長2000kmの超巨大女が、幅200kmの指先に挟まれて空から降って来る。地上の人間たちはそれに気付いたところで何もできない。
神に祈る暇も与えられず、百を超える大小の都市と少なく見積もっても1億人が東の上位種の下敷きになり、消滅した。
最悪の事態に備えて大都市の政府施設や軍基地の地下数百mに作られたシェルターに予め避難していた者たちも同じ運命を辿る。
超巨大女の質量は、数十もの地層を押し潰して地面を数十kmも陥没させ、地殻をも粉々に押し砕いたのだ。たかだか数百m地下など敢え無く押し潰されてしまう。
千鶴も星そのものに対する影響を考えて、なるべくそっと地面に置いたのだがそれでさえ、甚大な影響を与えていた。
「自転軸、ずれちゃったかな。後で直しとかなきゃ。」
涼しい顔で球体の上に乗せた小さな上位種とその周辺を見下ろしていた。
「どう?自分の大切な国を自分で蹂躙する気分は?」
千鶴はなるべくゆっくりと指先を滑らせるが、それでも数秒で大陸の東端、首都辺りまで瞬く間に東の上位種の巨体を通してすり潰していった。
どうやら巨大化のタイムリミットが来たようだ。ほとんど一瞬で東の上位種の大きさは千鶴の小指の爪ほどになっていた。巨大化率が大きいと反動も大きいらしくさらに小さくなっていく。
「もう終わりか・・・つまんないな。」
プチュッ・・・
アリンコと遊んでもつまらない。そう思った千鶴は、人差し指の先で完全に隠れている上位種を押し潰した。
「あっ・・・やばっ・・・」
押し潰したのがまずかったらしい。人差し指の先は地殻を完全に貫いて、100kmほど沈み込ませてしまった。マントルの生暖かさが指先を通じて伝わってくる。
というより、約1000℃以上の超高温を生暖かい程度にしか感じないということが改めて巨大化した上位種の途方もない強さを物語っている。
人差し指を引き抜くと、海岸沿いだったため大量の海水が流れ込んでいくのが見える。このままだと、この大陸の中央以東は完全に水没する。そして、大量の海水が流入することで全体的な海面降下が起きてしまう。少なからず全世界の気候や生態系にも影響するだろう。
千鶴はまず人差し指を海岸沿いに寝かせて海水の流入を阻止し、空いている左手でまだ比較的無事で山岳地帯も多い西側の海岸沿いから地面を抉らない程度に指を滑らせて、大陸丸ごとすり潰して夥しい量の土砂を、数十kmも地面を掘り下げてしまった一帯に移動させ、ものの数秒で埋め立ててしまった。
「ちょっと気候が変わっちゃうかな。。。」
東の大陸は綺麗に平らに均され、山も川も湖も全て消失した。ついでに言うとすべての動植物も消滅している。文字通りのまったいらな荒れ地と化していた。
たったひとりの上位種の指先だけで・・・
「ただいまぁ。おっ、千鶴ちゃん、ずいぶんでっかくなったね~。東の上位種100万倍だったんだって?」
既に小さくなって基地に戻っていた千鶴が、一緒に戻って来た美晴と冴香をバツが悪そうな顔で出迎えた。
「うん・・・でもちょっと、やりすぎちゃった。」
「いやぁ、アタシ達でもあのでかさになるしかなかったんじゃないかな。東の大陸を平らにしただけで済んだんだから上出来じゃない?」
あの状況だったら同じだろうと冴香も思う。100万倍同士が惑星上でぶつかり合ったらそれこそ被害は計り知れないからだ。
「そうなんだけどね。あ、そうそう、自転軸のずれ、ふたりで直してくれたんでしょ?ありがと。」
戻る途中で自転軸が少しずれていたことに気付いたふたりは、東の大陸のちょうど反対側に行って、微妙な力加減でずれを直してきたのだ。
「この辺かなぁ。」
身長69.8kmの冴香が水深5000mの海上に立って軽く海底を踏みしめている。といっても、冴香の足の甲を軽く濡らす程度の深さでしかない。
「もうちょい右?かな。」
約200km離れた場所で、身長52.8kmの美晴が太陽の位置と月の位置と水平線を見比べながら指示を出す。こちらは水深数百mとかなり浅くなっていて、美晴は気づかずに島を三つほど踏み潰して沈めてしまっている。
「そこでちょいジャンプしてみて。」
「わかったぁ!」
冴香が軽くジャンプすると、ズズンッ!と重苦しい地響きが海底から轟き、海上は大しけを超えた大嵐になってしまうが、ふたりにとっては足元の大惨事など些細なことだ。自転軸を戻しておかないと世界規模の大惨事につながりかねないからだ。
「うん、いい感じかも。でも、地上からだとわかりにくいよねぇ。宇宙に出ればもうちょっと簡単なんだけど、踏み台無いしなぁ。」
視界の範囲に大型船の姿は見えない。地上から大ジャンプをすればいいのだが、それだとさらに変な方向に自転軸がずれてしまい、収拾がつかなくなりそうだ。
「今の半分くらいのパワーでもう一回ジャンプすればだいたい元通りかな。」
「おっけー!」
という感じで、超巨大千鶴がずらした自転軸をふたりは遊び半分で直して帰って来たのだった。
「まあ、とりあえず、外国の上位種は全滅かな。ついでに面倒な軍事大国も消したし。そう言えば大量破壊兵器は?東は結果として全部潰しちゃったけど。」
いつも打ち合わせで使っている巨人種用の部屋で、千鶴が北と西の大陸に広がる夥しい数の赤い点を巨人用のモニターに映し出した。もちろん、今の3人は巨人種サイズで、他に巨人種の女性官僚が緊張した面持ちで立っている。
それはそうだろう。モニター越しとはいえ、ついさっきまで三ヶ所の大陸で大虐殺を繰り広げて来た3人の姿をまざまざと見せつけられたのだ。恐怖を感じない者はよほどの鈍感に違いない。
モニターに映された赤い点が、美晴と冴香の進路に沿って消えていく。ついでに、冴香が蹴り飛ばした上位種の進路上の赤い点も消えた。当然だが、東の大陸に赤い点はただのひとつも存在しない。
「で?これの処理は進んでるの?」
千鶴が壁際で突っ立っていた女性官僚の方を向いた。
「は・・・はい。ぐ、軍の、巨人種を総動員して、破壊作業を進行中です。」
彼女の言う通り、北の大陸の南東側と西の大陸の東側に赤い点の無い地域が広がっていた。リアルタイムで連動しているらしく、話している間にも赤い点がひとつふたつと消えていった。
「しばらくは安心かなぁ。少しはのんびりしたいもんね。」
美晴が言うと、千鶴が半分真顔で応じた。
「美晴さん、忘れちゃったの?反省会するって言ったじゃん!」
「忘れてないよぉ、千鶴ちゃんの意地悪ぅ・・・」
猫なで声の美晴は本当に可愛いひとだな。と冴香は少し笑ってしまう。同時に、自分があんな顔したらみんな引くだろうなぁ。とも思う。
「で?開くのは明日でいいの?」
今度は冴香が女性官僚に声を掛けた。
「はい、ゲストも既に拘束済みです。なんなら本日でも大丈夫ですが、いかがしましょうか。」
「私パス~、シャワー浴びたい。」
真っ先に反対した美晴に冴香も同調した。別に疲れてはいないが、けっこう汚れているし少し汗もかいたかもしれない。
「私も思いっきり紫外線浴びまくったからちょっとケアしたいな。」
宇宙空間に出たせいで、普通の人間なら致死量を軽く超える紫外線を浴びまくった千鶴も、肌荒れは気になるらしい。
「では、明日開催ということで準備を進めておきます。」
そう言うと巨人種の官僚は部屋を退出した。
モニターを見る限り大量破壊兵器の撤去も順調そうだ。明日にはあらかた片付いているだろう。
「じゃあ、今日は解散しますか。」
「そうね。」
「じゃあ、また明日。」
そう言って、3人はそれぞれ部屋を後にした。
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