東の急襲
千鶴は少し焦っていた。東がそんな戦法を取って来るとは思っていなかったからだ。
しかし、千鶴は計算も早ければ判断も早い。ナノマシンを操作して制服姿から競泳水着姿に着替えた。何故競泳水着にしたか。あのふたりのボリュームを前にビキニはあり得ない。とはいえスク水というのも・・・という訳で、冷静な中にもちょっとした乙女心がにじみ出る年頃である。
そのまま海に入って、一度振り返る。まだ何秒かあるはずだ。
「アンタたち、波にさらわれないように気を付けなさい。」
そう言って歩き出しながら1980mの巨体を凄い勢いで巨大化させていった。
衝撃波を計算に入れると、少なくとも100km以上は沖合いに出ていないとまずい。
(気を使ってはいられないか。。。)
普通種はかなりの広範囲を避難させている。巨人種は・・・高さ数百m程度の波であれば何とかなるだろう。それよりも・・・
一気に10万倍、身長198kmにまで巨大化した千鶴は水たまりのような深さの大海原に大きく一歩踏み出した。
「きた・・・」
受け止められなければ最悪身体で止めるしかない。まさか上位種が1万倍に巨大化して超高速で突っ込んで来るとは思わなかった。いや、たぶん、もうひとり覚醒した上位種が投げ飛ばしたのだろう。
(そうすると向こうも10万倍か・・・こっち側でやり合うとまずいな。)
ドォォォンッッ!!!
千鶴が差し出した右手に衝撃が走る。相当強い衝撃だが右手を持っていかれるほどでは無い。だが、激突の衝撃はかなりのものだったらしく。瞬時に海上が切り刻まれ泡立っていた。
右手を目の前に上げてみると想像通りだった。身体を丸めた1万倍相当に巨大化した金髪の少女が痙攣している。
恐らく激突したのが柔らかな地面か海上だったら、上位種の強靭さもあり軽い打撲程度で済んだかもしれない。しかし、その場合の地上の惨劇は計り知れないだろう。恐らく最低でも半径500km圏内は完全消滅したはずだ。
激突したのが自身よりも10倍も巨大な上位種の手だったため、彼女は全身骨折と全身打撲で既に満身創痍だった。何とかうっすらと開けた目には美しい黒髪の美少女が冷たく見下ろしている。それはこうなるよね。。。半分死を覚悟した。
(軍の情報部も当てになんないわね。どこがせいぜいアタシと同じくらいよ・・・
でも、あの子だったら勝てるかな。)
1万倍に巨大化した自分を虫けらのように扱える、もうひとりの上位種の残酷な笑顔を思い出した。
「ったく、ふざけた作戦を考えるものね。でも、意表をつかれたのは褒めてあげるわ。」
千鶴は右手の上位種を一度だけ見下ろすと、正面を見据えた。
眼前、遥か彼方にもうひとりの上位種が立っている。しかし、大きさが途方もない。
(参ったな、100万倍とはね。せいぜい10万だと思ってたけど、ちょっと思い上がってたかな・・・)
バキバキボギッ!!!グシャッ!
掌の虫けらを相手にしている暇はない。千鶴は掴んでいた東の上位種を簡単に握り潰すと、グシャグシャになった肉片を海上にまき散らす。
このあたりは3人の中で一番合理的な判断をする。そして、一切躊躇わないのだ。
身長約2000kmの上位種がその気になれば、恐らくここまで1秒もかからないだろう。しかし、その場合向こうの国の沿岸部も彼女が蹴りだす時の衝撃で壊滅、というか消滅してしまうだろう。千鶴の想像した通り、遥か向こうの大陸に聳え立っている少しくすんだ金髪の全裸の少女は、ゆっくりと左足を上げるところだった。
(あれでも数歩で着いちゃうか。。。どうするかな、同じ大きさでやり合ったらこんな星粉々になっちゃうし・・・)
千鶴の視界の片隅に、恐らく偵察か援軍のために近づいていた東の大陸の大艦隊が映っていた。
荒れ狂う海に翻弄される旗艦の艦橋からは、数千km彼方の味方の上位種の姿が仰ぎ見え、一方の至近距離には敵の上位種の姿が聳え立っている。至近距離に思えるほど遠近感が狂っているが300kmは離れているはずだ。
指揮席に座る司令官に参謀長が笑顔を向ける。
「敵の上位種があれほどとは思いませんでしたが、あれが限界でしょう。こちらのほうが10倍は大きい。勝ちましたな。」
「そうかな、こちらの巨大化限界はどの程度か。」
「およそ1分ほどですが、それだけあれば十分です。」
だが、何を思ったのか敵の上位種が向きを変え、こちらに一歩踏み出してくるのが見えると状況が一変する。
「て・・・撤退だぁ!」
司令官が艦内マイクを掴んで叫んでいた。
千鶴はあと一歩で敵の艦隊群を丸ごと踏み潰せるところで大きく深呼吸した。
失敗すれば星への影響は計り知れないだろう。でも、これしか方法がない。
その瞬間、超大巨人の姿がレーダーからも目視からも完全にロストした。
何が起きた。どこへ行った?右往左往する艦橋が大きく揺さぶられる。
彼らの目の前には肌色の巨大な柱が2本、聳え立っている。身長198mの千鶴が旗艦の艦橋の目の前にそっと降り立ったのだ。上空から女の子の声が轟く。
「何とかうまくいったわね。そうそう、アンタたち、これから本物の地獄を見せてあげる。でも、この船の人は見れないか。すぐ沈んじゃうからね。」
恐ろしく巨大な美少女が、しゃがみ込んで艦橋を覗き込みながら宣言する。
司令官が何か反論しようとしたがそれは叶わなかった。
ドンッッッ!!!
千鶴はこのサイズのままかなり本気でジャンプしたのだ。
瞬く間に空の彼方に消えていく美少女、そして、踏み台にされた戦艦は艦橋の目の前を綺麗に踏み抜かれ、真っ二つになって海中へと沈んでいった。
驚愕すべきはその沈降速度で、千鶴がジャンプした数秒後には5000mの海底に船体が叩きつけられていた。上位種の破壊力の前には深海の水圧などまるで意味を持っていないかのようだった。
身長2000kmにもなる東の上位種も敵の上位種が突然消えたことは気づいていた。
(消えた?勝ち目がないと思って逃げ出した?それとも巨大化が維持できなくなった?まあいい、私もあと30秒くらいしかこの大きさを維持できないし。
でも、そろそろ足元は気にしなくて良さそうね。)
彼女は一度振り返ると、本国との距離がかなり離れたことを確認した。
これで少しは速く動ける。そう思って前方を注視する。西の大国も北の大国もあの小さな島国の上位種に蹂躙されている。壊滅的打撃だろう。そしてその上位種もこの私が・・・
その時、彼女の腰のあたりを強烈な圧迫感が襲い掛かった。
「なんとかうまくいったみたい。」
千鶴は目の前に浮いている大きめのバランスボールに乗っている小さな人形を摘まみ上げていた。その人形とは身長2000kmを誇る東の上位種だ。
千鶴は戦艦を踏み台にして大ジャンプで大気圏外に飛び出し、そのまま1千万倍、身長19800kmに超巨大化したのだ。惑星の直径の約1.6倍、本当に星がバランスボールに見える。
(でも座ったら粉々だよね・・・)
西の大陸にいる冴香、北の大陸にいる美晴の姿も見える。ふたりとも両大国の首都近くまで進出しているので、順調なのだろう。
「ねえ、もっと巨大化してもいいのよ。宇宙空間だったら心置きなく遊べるでしょ?」
だが、目の前まで上げている指先に挟んでいる小さな上位種は口をパクつかせているだけだ。
「ひょっとしてそれが限界?ちょっと他の子より大きくなったから少し期待したのに。まあいいわ、アンタにはその小さな身体で自分の国を蹂躙してもらうから。」
千鶴は、強靭な指の圧力から何とか逃れようとしている東の上位種を、ゆっくりと東の大陸の中央近くに近づけていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます