北の開戦

3人の上位種が打ち合わせをする場所は、この島国の首都から100kmほど離れた軍基地で行われるのが常だった。顔合わせ会が行われた基地でもある。

理由は簡単だ。ここからなら国内のどこであってもだいたい1000km以内だからだ。上位種が通常サイズで最速で移動すれば5分以内には国内どこでも到着することが可能だ。

ただし、そんなスピードで地上を走れば衝撃波で何もかも切り刻んでしまう。彼女たちはだいたい高度30000mまで飛び上がってから移動している。

10000mも上空であれば地表への影響はほとんどないのだが、空を飛び交う航空機のことも考慮してその3倍の高度を取ることにしていた。


この日もドールハウスの中で話し合いをしていたが少し状況が変わってきたようだ。

「悪い知らせがあるわ。西の上位種がひとり増えた。」

最初に口を開いた千鶴の話に、美晴と冴香は「へぇ~っ」という顔で応える。

「北と西が同盟国でしょ?合わせて5人。東が2人。じゃあもう均衡とは言えないね。」

ただ、この小さな島国は東の大国と同盟関係にあるので、単純な足し算なら同数になる。そこが、北と西が動かない理由なのだろう。

「お偉いさんはなんか言ってるの?」

冴香が尋ねる。

「あの秘書官の話だと、あたふたしてるだけみたいね。」

美晴の答えに、あ~、あのバリキャリって感じの姉ちゃんかぁ。と冴香は顔と雰囲気を思い出していた。


「じゃあまだしばらく睨み合いが続くのかなぁ。」

冴香は少し不満そうだ。暴れたくてうずうずしているらしい。

「そうでもないわね。北の上位種が徐々に移動してるみたい。東の動きがわからないけど、何か仕掛けて来そうよ。」

「じゃあ、アタシ行って来ようか?」

千鶴の話に冴香はノリノリだ。

「西の方は?」

今度は美晴が千鶴に尋ねた。

「動きはないわね。まあ、あそこが一番近いから動き出すのも遅いんでしょ?」

この国の西側から幅200kmを挟んだ先はもう西の大陸だ。北の大陸も北西から似たような距離になるが、大陸そのものの幅が広く、首都からこの国に隣接する東端まで約8000kmほど離れている。

一番最初に動くと思われていた東の大陸は、大洋を隔てて10000km以上離れている。そこに動きが無いのも少し不気味だった。


「北は私が行くわね。」

美晴が言い出した。

「だって、この中で一番ケンカ慣れしてるのは冴香ちゃんでしょ?複数相手にしてもひけを取らないだろうしね。冴香ちゃんは西が適任だと思うけどどうかな?」

「あ~、アタシもそれがいいと思う。北が一番最初に片付くだろうから、そのまま応援にも行けるしね。」

ふたりの話に、「まあ、獲物が多いならいっか。」と、冴香も悪い気はしていないようだ。

「東は千鶴ちゃんね。たぶん、情報戦も仕掛けてくるから、情報収集が早くてオールマイティに動ける千鶴ちゃんが適任だと思うんだけどどうかな?」

「わかった。でも、初戦は追い返すだけかもしれない。それでもいいかな。」

美晴と冴香は、問題ないという顔で頷いた。千鶴の母親の安全が最優先だからだ。



事態が動いたのはそれから数日後のことだ。自宅でのほほんとしていた美晴と、珍しく学校に行って指先で普通種をからかって遊んでいた冴香の許に同時に連絡が入る。

「北が動き出したわ。このスピードのままだと6分後に越境、9分後に上陸。予定地は○□市。西は・・・ちょっと待って、今巨大化したみたい。3分後に越境、4分後に上陸、冴香ちゃん、間に合う?」

「よゆうっ!」

冴香は一瞬で小さくなると校庭のど真ん中でジャンプして遥か上空に向かって行った。これならせいぜい校舎のすべての窓ガラスが割れる程度で済むだろう。

美晴も部屋を出て数歩進むと、冴香のように一度小さくなってジャンプする。

「初動は間に合うかな、あとは東か・・・どう出るのかな?って・・・ちょっ・・・」

ふたりにまとわりついているナノマシンの軌跡をトレースしながら(もちろんふたりの了承済)少し安堵しようとした千鶴が、東の動きに気付いて慌てて外に飛び出した。



北の大地はだだっ広い。この島国でさえそう感じるのだから、海の向こうの大陸など本当に広く感じるだろう。何しろ北の大陸の首都まで8000km以上もある。

「夏だっていうのにけっこう寒いよねぇ。着替えよっかな。」

身長528m、通常の100倍に巨大化している美晴は、着替え用ナノマシンを使って白Tシャツにオレンジのショートパンツ、サンダル履きと軽装だ。

海岸の対岸に見える巨大な人影は身長は目測で約3000m、ブロンドの髪でスタイルはかなりいい。しかも全裸だ。

「寒くないのかなぁ。ナノマシンあげたらこっちについてくれるかな。」

などと、腰より少し低い身長の巨人種の女性に話しかけるが、彼女を含め10人ほどの巨人種は自分たちより20倍近く巨大な敵の姿を見て少し震えていた。

「な~に?寒いの?」

「違います。武者震いです。」

無理しちゃって、と思わず美晴も笑顔になった。

「あなたたちは少し離れてた方がいいわね。」

美晴はそう言って、巨人種を30kmほど後退させた。



睨み合いが5分ほど続いただろうか。千鶴から通信が入る。サイズに合わせた腕時計型通信機だ。これもナノマシン製で、巨大化すると大きくなる。

いったいどういう原理なんだか。と、思ったが、同じ上位種でも千鶴は特に頭がよくひらめきが早い。自分自身でも時間をかければ理解して作れなくもないだろうが、こういうことは得意な者がやるのが一番だろう。

「私と冴香ちゃんはどちらかというと体育会系だからなぁ。」

以前、冴香とそんな話をしたことを思い出した。

「そろそろ来ると思うよ~、私のとこはあと15秒で到着みたい。」

千鶴からの第一声だ。

「こっちも4人のでかいのと睨み合ってる。いやぁ、なかなかの迫力だよねぇ。」

冴香が応じる。

「こっちも目の前だね。10秒経過、じゃあみんな、楽しんでねぇ。」

通信が切れると同時に、美晴の目の前、対岸の何かが突然拡大した。


ドンッ!

瞬時にさらに10倍、身長30kmという超大巨人となった北の上位種は、軽いひと蹴りで周囲10kmを荒れ地に変えて海峡を切り裂いて1秒もしないうちに対岸の島国に上陸した。

着地の衝撃もすさまじく、周囲20kmを粉砕して巨大なクレーターを作り出し、近くの港湾都市をほぼ壊滅させた。

全裸のブロンド美女が、体格に見合った巨大な胸を揺らして髪をかき上げあたりを見回す。クレーターの外側に何人かの巨人種が見えるが蟻のようなものだ。取るに足らない。

上位種の姿を探したがどこにも見当たらないようだ。

「巨大化する暇も無く潰しちゃったかしら、それとも、あれが限界だったのかな?」

上位種さえ片付けがあとは何も心配はない。もう少し小さくなっても、こんな小さな島国など簡単に征服できる。しかし、本国の命令は「できるだけ多くの地域を占領すること」だ。

他の2国に後れを取ってはならない。なぜなら上位種の数が圧倒的に少ないからだ。

彼女は今の大きさを維持できるまでこのままで蹂躙しようと一歩を踏み出そうとした時、上空から雷鳴が轟いた。そのくらい凄まじい音量だったのだ。

「あら、もう行っちゃうの?お楽しみはこれからだと思うけど。」

同時に彼女の周りに超大巨人の彼女を軽く呑み込むほどの影が覆いかぶさった。


通常の10万倍、身長528kmにまで巨大化した美晴は、足元に着地した北の上位種を少し観察した後で脚を摘まんで目の前で逆さ吊りにしていた。

「ふふっ、か~わいっ。あなた、上位種でしょ?もっと大きくなってもいいのよ。それともそれが限界?」

指先でジタバタしている金髪の上位種を挑発するように話しかける。

「でもさぁ、あなた、こっちに上陸しちゃったよね。ってことは、こっちも反撃していいわけだ。」

美晴は右脚を上げて、幅200kmはある海峡を軽くひと跨ぎして大陸にあっさりと上陸した。

だが、90kmはある超でか足の破壊力は凄まじかった。海沿いにあるいくつかの大都市は丸ごと踏み潰され、一瞬で海底に没した。

上位種の存在にあぐらをかいて避難など考えてもいなかった数百万の普通種と数十人の巨人種も街と同じ運命を辿った。


(さて、他の子たちはどんな感じかな?)

10万倍ともなると地平線の彼方まで見渡すことができる。もし、ふたりも10万倍に巨大化していれば姿は見えるはずだ。

「ねえ、見える?あなたたち、1万倍くらいまでしか巨大化できないんでしょ?

でも、私たちはもっと大きく強くなれるの。あなたたちが、何十匹束になっても私たちには全く歯が立たない。それでも攻めてくるって、国もおバカさんなのね。」

美晴は遥か彼方で10万倍に巨大化している千鶴の姿を、摘まんでいる北の上位種に見せつけた。それだけで、もう、完全に戦意を喪失している。

「お・・・お願い、たす・・・けて。。。」

「だぁめ、今助けてもどうせまた上位種が増えたら攻めて来るんでしょ?なので、この国には消えてもらいま~す。」

美晴は北の上位種を摘まんでいる指先に少しだけ力を入れて、下半身を使い物にならなくし、盛大に悲鳴を上げている小さな上位種を巨大な胸にしがみつかせる。

「振り落とされないように頑張ってね。」

そう言うと、ゆっくりと歩き出した。

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