中学3年生、鏑木冴香の場合 5

数日後、冴香が通う中学校はちょっとしたパニックになっていた。

2週間ほど前に隣町の巨人種ふたりに連れ去られ、恐らく殺されてしまったと思われていた最強女子、鏑木冴香が突然姿を見せたのだ。しかも、巨人種に覚醒した姿で。


夏用の制服に包まれた途方もなく巨大な少女が凄まじい地響きを立てて足元の建物も車両も関係なく踏み潰しながら学校に近づいて来るのを見て、すべての教室がパニックになっていた。

バキバキバキッ!グシャッ!ズッズゥゥゥンッ!

体育館より巨大なローファーが学校の真横に踏み下ろされ、そこにあった数軒の戸建て住宅と木造アパートを簡単に踏み潰す。

ボコボコッ!メリグチャッ!ズッズゥゥゥンッ!

学校の敷地を挟んだ反対側に建っていたはずの10階建てのマンションもまるでおからで出来ているかのように粉々に粉砕され、踏み潰してしまう。

2度の地響きの衝撃で学校全体が大きく揺さぶられ、中の生徒たちは全員床に投げ出され、すべての窓ガラスが割れ落ちてしまった。

冴香はゆっくりしゃがみながら、真下にある校舎を見下ろした。

「おはよう。巨人種になっちまったけど、またよろしくね。そうそう、10秒後に校庭に座るから逃げといたほうがいいよ。」

しゃがんだ冴香の巨大なヒップが上空に浮かんでいた校庭では、そんな宣言をされる前からとっくに逃げ出し、冴香が座った時には誰も巻き添えになっていなかった。


途中もそれなりに踏み潰したし、今も学校の前を通る幹線道路に少しはみ出したローファーのつま先が交通渋滞を起こしているようだ。もちろん、靴の下は見るも無残な状態であろうことは冴香自身もわかっている。

(やっぱでかすぎたかなぁ。巨大化しないほうがよかったかも・・・)

そうは思ったが、巨大な身体で街中に出てみたいという思いには勝てなかったようだ。冴香が30倍に巨大化して登校することに決めたのは今朝だった。

(そういえば由美子さん、30倍の私を見てワタワタしてたなぁ。ちょっと悪いことしちゃったかな。)

と、ほんのちょっぴり反省はしていたが楽しそうな方を選んだのだ。


幹線道路にはみ出した左足のつま先の横で1台のダンプカーが立ち往生していた。

クラクションの音が聞こえて来たので気づいた冴香が手を伸ばしてダンプカーを摘まみ上げる。

(かるっ!)

10tダンプなのだが重さを全く感じない。お手玉のように軽く投げ上げ、そのままキャッチする。ダンプカーは真横から掌に叩きつけられるが冴香は全く痛みを感じなかった。

(今なら簡単に握り潰せるんだ。)

真由美が乗用車を握り潰した光景を思い出した。

横転したダンプカーを乗せた手を目の前に上げると、フロントガラスが割れ落ちた中にひとりの男がハンドルにしがみついて気付いてもらおうとしているのか必死にクラクションを鳴らし続けているのが見える。

「うるさいんだけど」

メリメリッ!クシャッ・・・

助ける気など全くない冴香が軽く手を握って開くと、そこにはクシャクシャになった鉄塊のようなものが転がっているだけだった。もちろん運転手の姿はどこにも見えない。たぶん潰れて鉄くずに塗れているのだろう。


「ん?」

冴香は股間の前にちんまりと建っている校舎の屋上に見知らぬ男子生徒が何人かいることに気が付いた。

「お前ら、なに?うちの学校じゃないよね。」

冷たい視線で見下ろされ、蟻のようにちまちまと逃げようとするこびとを見て、冴香は人差し指を伸ばすと指先で屋上への出入り口をクシャッと押し潰した。

「逃げたら同じように潰すよ。それともどこの学校か正直に答える?」

少し凄みを効かせて顔を近づけると、全員がその場に土下座していた。

彼らはあのふたり組の巨人種の学校の生徒だった。もちろんヤンキーである。ふたり組は冴香を襲撃した後、この学校に現れて支配することを宣言したらしい。もちろん逆らえるものはひとりもいるはずもなく、彼らがたまにこの学校を監視しにくるのだそうだ。

「ふぅん、で?うちの学校の生徒、ボコった?正直に言わないと潰すよ。」

『そんなことしてません。』『監視してただけです。』という声が聞こえる。

「そ、まあいいわ。で?あいつらは?学校?」

あのふたり組も巨人種特例で滅多に学校には現れず、巨人種用の住居にいるかどこかの街で遊んでいるかしているらしい。

「そ、じゃあ、とりあえず潰しに行ってくるかなぁ。」

独り言のようにそう言うと、冴香はゆっくりと立ち上がった。


冴香が住んでいる巨人種のコロニーはこの学校から10kmほどの距離にある。30倍に巨大化した身長209mの冴香にとってはゆっくり歩いても1分もかからない。

あのふたりが住んでいるコロニーは、この学校からだと30km、隣町の学校からだと15kmほどの距離だ。いずれにせよ5分程度で着いてしまう。

あまり足元を気にしないで、建物や車、逃げまどう蟻のように小さなこびとを踏み潰しながらゆっくり歩いて冴香は巨人種のコロニーに到着した。

腰ほどの高さの家が2軒ある。ということはあのふたりしか住んでないのか。ちょうどいいかな。そう思って、1軒の家の屋根に手をかけて簡単にベキベキッと引き剥がした。

覗き込むとひとりの巨人種の茶髪の女が全裸でオナニーをしていた。冴香もこれには苦笑してしまう。

「巨人種ってマジでエロくなるんだ。まあ、アタシもそうみたいだけどね。」

その声と自分を見下ろす顔にその女も気づいたようだ。

「あ・・・あ・・・アンタ・・・」

それ以上は言葉にならないようだ。

「この前はどうも。死ぬかと思ったわ。でもさぁ、でかくなってわかったけど、普通種ってマジで虫けらだよね。そりゃおもちゃにもしたくなるわ。」

「そ・・・そう、でしょ?ふ、つう種って、マジ弱すぎる・・・から、つい・・・で、でも、あなた、もきょじん、しゅ、になったんだから・・・仲間、よ、ね。」

自分を見下ろしている女は目測で3倍以上は大きい。しかも、ほぼ同じサイズだった時でも全く歯が立たないほど強かったのだ。こんな相手、勝てるはずが無い。

「仲間ねぇ、アタシから見たらアンタも虫けらみたいなもんなんだけど、アタシと対等だと思ってるんだ。」

冴香は手を伸ばして女の身体を掴むとそのまま目の前に持ち上げた。さらに、もう一軒の壁を空いている手で突き破り、中にいたもう一人を掴みだす。

「やっぱさぁ、ボコボコにしてもらったお礼はちゃんとしなきゃだと思うんだよねぇ。でも、そうだな、ハンデやるよ。好きなだけ殴っていいよ。巨人種って強いもんね~。ふたり掛かりだったら負けちゃうかも。」

冴香はクスッと笑うと、足元にふたりを転がした。突然掴まったもうひとりの金髪もようやく事態が飲み込めたようだ。

「あの・・・もう、二度と逆らいません。だから・・・」

ドゴォッ!!!

50mの巨体を精いっぱい縮こまセて土下座している金髪女を、冴香は指先で軽く弾き飛ばした。女は軽々と吹っ飛ばされ、住んでいた家に叩きつけられて家を完全に崩落させる。

「ひぃっ・・・」

それを見て小さな悲鳴を上げたもうひとりに顔を近づけた。

「そんなに死にたくない?」

「あぐっ・・・えぐっ・・・は、はい・・・」

泣きじゃくりながらもなんとか答える女を見下ろして、冴香も興が覚めたようだ。全壊した巨人種の家から金髪女を摘まみ出して茶髪女の横に転がした。気絶しているがまだ息はあるようだ。

「そ、じゃあさ、今日はこのくらいにしといてやるよ。」

拳を振り上げて、屋根が無くなっている茶髪女の家に軽く振り下ろす。

ズゥッドォォンッ!!

凄まじい音と地響きが轟き渡り、たったそれだけで巨人の住居が木端微塵に粉砕されてしまう。

「アンタもお仕置きはしないと不公平だからね。」

冴香が指先で茶髪女の肩を摘まむと、ポキッという音と女の悲鳴がほぼ同時に聞こえた。どうやら肩の骨を砕いたようだ。

「ありゃ、意外と弱いんだなぁ。巨人種ボコる時も気をつけないと。そうそう、また遊びに来るから。逃げてもいいけど無駄だと思うよ。じゃあね。」

それだけ言うと、冴香は立ち上がって歩き去って行った。


「冴香ちゃん、やってくれたわよね~。」

冴香が部屋でくつろいでいると、帰ってきた由美子の第一声がこれだった。

「ん?仕事ができたから嬉しいでしょ?でも、あのふたり、どこの病院に入れたの?私がいた病院に巨人種の病棟は無かったと思うけど。」

「軍病院。ひとりが全身打撲と腰骨の複雑骨折、複数の内臓破裂で意識不明の重体だけど何とか死なずに済みそうね。もうひとりは肩の骨が砕けて重傷だけど命に別状は無いわ。」

最初に聞いた方がデコピンした方だよなぁ・・・軽く弾いたつもりだったんだけど。

冴香は改めて自分自身の途方もない力に驚いてしまった。

「落とし前はちゃんとつけないとね。そうだ。あいつら、退院したら私のとこに連れてきてくれる?」

「上位種様の命令に逆らう気は無いけど、どうするの?」

「一緒に住んで舎弟、いや、下僕かな、にするの。よろしくね~。」

そう言いながら、冴香は自分の家に戻っていった。

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