中学3年生、鏑木冴香の場合 2
翌日、看護婦さんとは違う感じの地響きが病院全体を襲った。
冴香がベッドから起き出して窓に近寄ると、窓の外には一面の青い壁。その上空から女性の声が轟いた。
「あら、あなたが冴香ちゃん?あれだけの大怪我だったのにもう歩けるの?」
警官の制服を着た巨大な女性がしゃがんで12階の病室を見下ろしていた。
「うわっ・・・でかっ!・・・ってか、昨日助けてくれた婦警さん、ですか?」
巨大な婦警は笑顔で答える。
「そうよ。小坂真由美よ。よろしくね。身長は180mあるから、巨人種の中でもかなり大きいわね。でも、巨人種に面と向かって『でかっ!』とか言わない方がいいわよ。恨み買ってなくても殺されちゃうから。」
「す・・・すみません・・・」
巨人種に対する恐れと、昨日助けてもらった恩もあるので、冴香は素直に謝った。
「でも、元気そうで安心したわ。そうそう、昨日の車、持ってきたんだけど見てみる?」
「え?ああ・・・はい。」
目の前に差し出された掌に乗っていたまるでミニカーにしか見えない車はほとんど原型を留めていなかった。ボンネットはくの字に折れ曲がり、ドアが無くなっている助手席側は運転席側に大きく食い込んでいてシートも無くなっている。
後部座席の天井は半分以上押し潰されて、後輪は両方とも引き千切れたように外れていた。
「冴香ちゃんは比較的潰れてなかった運転席でぐったりしてたのよね。やっぱり運がいいのね。これ、いる?」
「いりません!」
「だよねぇ、じゃあ、潰しちゃうね。」
そう言うと、真由美の手のひらがゆっくりと閉じられていく。と、同時に、メキメリッ!ゴキョッ!グショッ!という金属の悲鳴が聞こえて来た。
「巨人の握力って凄いでしょ。」
笑いながら開かれた掌には、全長が半分以上潰れ、クシャクシャに丸められた感じの鉄くずとしか形容できないものが転がっていた。
それを見て、冴香の背中に冷たいものが走った。
「退院の時教えてね。しばらくの間あの子私が保護することになりそうだから。」
真由美は、たまたま冴香の病室で震えていた普通種の看護師にそう言うと、ゆっくりと歩き去って行った。
(やっぱ、巨人種には敵わないのかぁ・・・くっそぉ・・・)
冴香がさっき真由美がやったように片手を軽く閉じてみる。リンゴだって思いきり力を込めないと潰せないのだ。なのに、彼女は簡単に車を潰して見せた。
「はぁ・・・」
小さなため息と同時に病室のドアがノックされ、普通種の医師と看護師が入ってきた。
診察を受けていると、医師が何やら慌てて看護師に指示を出している。なんだろう?身体はあちこちが痛いだけで他は何とも・・・あれ、骨折られたんじゃ?
だが、両腕は普通に動く。どういうことだろう?と考えている暇も無く、急遽MRI検査が実施された。
「何といったらいいのか・・・悪いところが全く無くなってるんですよ。。。」
医師も困惑していた。昨日撮ったMRI画像と今撮った画像を見ると素人目にも違いがよくわかる。
「治った、ってことですか?」
「う~ん、昨日は左上腕部複雑骨折、肋骨が3本、それにいくつかの内臓損傷も見られて全治半年くらいかと思ったんだけどね。何か心当たり無いかな?」
「はぁ・・・」
確かに腕はへし折られたのは記憶している。でも、確かに今は何ともない。
「まあ、理由はわからないけど、退院おめでとう。」
「はぁ・・・」
なんだかキツネにつままれたような気分で、そそくさと着替えて病院を出ると、巨大な靴が待ち構えていた。冴香が見上げると真由美が笑顔で見下ろしている。
「さっきぶり~、まさか今日退院できるとは思わなかったよ。じゃあ、乗って。」
ゆっくりとしゃがみながら、冴香の前に手を差し出す。これって、さっき簡単に車を握り潰した手だよね。冴香が少したじろいでしまう。
「大丈夫だよ~、安心して。握ったりしないから、たぶんね。」
茶目っ気たっぷりにそう言うと、真由美は冴香をひょいと摘まみ上げて掌の上に乗せてしまった。
「さすがにまだ準備できてないから、今日は私の部屋に泊まってってね。」
立ち上がった真由美は、冴香に有無も言わせず、ズシンズシンと地響きを立てながら歩いていった。
「ただいまぁ!」
巨人用の住居のドアを開けて真由美が家に入ると、中から『おかえり~』と声がした。
「へ?巨人種ってみんなひとり暮らしなんじゃ・・・」
「そうね。でも、アタシ達はちょっと・・・ね。」
そう言いながら靴を脱いでリビングに向かって行って、冴香はテーブルの上に降ろされた。
「ちょっと着替えてくるから待っててね。」
真由美はそう言って隣の部屋へと消えていった。
ヒマになったので冴香は改めて見まわしてみた。途方もないサイズを除けば普通の平屋建て、というかマンションの一室みたいな感じの部屋だ。
そこに奥から別の女性の声がした。台所、と思われるところから出てきたのは、
「えっ!?看護師・・・さん?ってか、下着?えろっ・・・」
「やっほ~、昨日ぶり~!仕方ないわよ。巨人種の服なんかそうそう作れないからね。下着くらいはわがまま言わせてもらわないと。」
黒の下着姿の看護師さんが、テーブル前のソファに腰を下ろすと、冴香が軽く跳ね上がった。
同時に婦警の真由美さんが部屋から出てくる。こちらは白Tシャツとショートパンツ姿だ。
「やっぱそうじゃん!おねえちゃん、ただでさえエロい身体なんだから、こびとなんかみんな色気だけでやられちゃうよ。ノーパンノーブラだけどこっちの方がいいって。どうせ、こびとじゃ脱がせらんないんだから。」
真由美は看護師さんの隣にズドンッ!と座る。またもや冴香の身体が軽く跳ね上がった。
「あの~・・・おふたりはどういうご関係?」
したたかに腰を打ち付けた冴香が、出された飲み物(といってもひと抱えもあるバケツのような容器に入ったアイスティー)に少し口をつけた。
「あれ?おねえちゃん、言ってなかったの?」
「あ~、あの時は婦警さんとしか言ってなかったかぁ。え~っとね、私は小坂由美子。あの病院の非常勤の医師ね。このあたりの巨人種の怪我や病気はほとんど私の担当なの。まあ、怪我することはほとんど無いけどね。」
「え~っと、看護師さんじゃなくてお医者さん?で、同じ苗字ってことは・・・」
「姉妹で巨人種ってなかなかいないのよね~。」
あ~、確かに似てるかも。でも、ふたりとも巨人種の中でも大きい方だよなぁ。でも、なんでアタシがここに?まあ、両親離婚してひとり暮らしではあるけど・・・
「それ?じゃあちょっと説明するね。」
由美子は超特大サイズのノートパソコンをテーブルに置いた。
「本当かどうかはすぐわかると思うけど、まだ仮説だから。」
そう前置きを受けて由美子は説明を始めた。まずは、けがの状態を画面を見ながら説明する。画面の左が昨日のもの、右が今日のものらしく、比較がしやすい。
確かに、左の写真では砕けているように見える左腕の骨は、右の写真では何の問題もない。
内臓はよくわからなかったが、血だまりだと言われた黒い影は右の写真には全く見当たらない。
「それで出た結論なんだけど、驚かないでね。冴香ちゃん、覚醒したんじゃないかなって。」
覚醒!?それって・・・
「あっ!あのっ!アタシが、巨人種?」
「そっちだったらいいんだけどねぇ。怪我の治癒スピードが尋常じゃないのよ。以前のデータだと、ミサイル攻撃を受けた巨人種でも、骨折が治るまで1週間はかかるのよねぇ。なので、上位種様の可能性も捨てきれないの。」
「で、どっちにしろ、覚醒した時にひとり暮らしだったら色々大変でしょ?だから、一緒に居てもらって様子を見ようってことになったのよ。」
「はぁ・・・巨人種か上位種・・・違いってわかるんですか?」
「上位種様は謎が多いからね~。わかっているのは、巨人種よりも圧倒的に大きくて強いってことかな。同じサイズでも巨人種は上位種様には全く歯が立たないんだって。もし、冴香ちゃんが上位種様になったら、私でも瞬殺されちゃうね。」
真由美が笑いながらそう言ったが、目が少し笑ってない気がした。
「私が命の恩人を殺しちゃう薄情な女に見えます?」
「冴香ちゃんって、無闇に人を傷つけるタイプじゃないっていうのは聞いてるわよ。それに、覚醒しなかった時の身辺保護も兼ねてるの。わかるでしょ?」
由美子がそれとなくフォローを入れる。冴香も誰から守ってくれるかはすぐに理解した。
「そっか、必ず覚醒できるかわからないんですよね。」
「そうね。でも、心配することは無いわ。どっちにしろ3日も経てばわかるから。」
そんなわけで、冴香は巨人種の姉妹に保護されることが決まった。
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